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第四話 小説?詩?ジャンル論争勃発!

 しとしとと細い雨が降り注ぐ。その雨もかれこれ三日は続いている。

 じっとりとした汗が首筋を伝い、ポケットからハンカチを取り出して拭う。もうすっかり梅雨だ。これが明けたら本格的に夏が始まるだろう。

 特別棟の廊下を歩いて部室に向かう。この生活にも徐々に慣れてきたようだ。

 そう思いながら部室の扉を開けると、

「おい、お前一つくらい寄越せよ!」

「ばかばかばか、残り一個しかねぇのに誰がお前にやるかよ!」

 いつか聞いたやりとりが耳に入ってくる。仲渡先輩と香藤先輩だ。

「あ、一ノ瀬くんいらっしゃい」

 そんな二人を気にも留めず、柳井部長は呑気な声で俺を出迎えた。

「部長。お疲れ様です。……仲渡先輩と香藤先輩はどうしたんですか?」

 俺の問いに、部長は手にしていた本から目を離して二人の方を見る。ゲームしてないの、珍しいな。

「いつもの食べ物の喧嘩だよ。放っておけばいいよ」

 そういうと部長はまた本へと視線を戻した。

「おい香藤、たまには譲ってくれてもいいじゃねぇか!」

「お前なぁ、学生の小遣いで買った分の食べ物は貴重なんだぞ! 自分で買え!」

 まだ喧嘩している二人を尻目に、俺は自分のノートを棚から取り出す。机の上には残り一つになったチョコレートが置いてあった。

 今日は橋口先輩と大沢先輩以外全員出席していた。二人はどうやら遅れるらしい。他の先輩たちは今日のノルマをこなしたり、本を読んだりしている。真城先輩は、何か……絵を描いている。

 俺も鞄の中から筆箱を取り出すと、シャーペンを構えた。今日は特に何もなかったし、何を書こうかな……。

 そんなことを考えていると、入口のドアが三回ノックされた。

「おーい、柳井いるかー?」

 ノックした割に誰の返事を待たずに扉が開かれる。声の主は担任であり、顧問でもある安藤先生だった。

「はい」

 部長は本を閉じて立ち上がって入口まで歩み寄った。安藤先生も中に入って部長に一枚の紙を差し出した。

「これ、夏の合評会の参加申し込み用紙な。来週の月曜までに提出を頼む」

「分かりました」

 部長にプリントを渡した安藤先生は、机の上のチョコを見て「おっ」と声を上げた。

「美味そうだな。一つくれないか」

 安藤先生はまたも香藤先輩の返事を待たずに、チョコに手を伸ばした。「あっ……」と香藤先輩が声を上げると同時に、先生は手に取ったチョコをそのまま口の中に放り込んだ。

「……」

 虚無感を漂わせる香藤先輩をよそに、安藤先生は部室から出て行った。部長は渡されたプリントを眺めながら席に戻り、本を鞄の中に入れて代わりにプリントを置く。

「みんなー、今年の合評会どうする? 参加する人」

 部長の呼びかけに、その場にいた先輩たちは全員手を挙げた。その様子に俺は戸惑いを隠せず「え? え?」と辺りを見回した。

 そんな俺の様子に、部長は「あ、そっか」と声を上げた。

「一ノ瀬くんは初めてだもんね。夏に他の学校の文芸部の人たちが集まって作品の批評会をするの。参加する?」

 へぇ、そんなイベントがあるんだ。

「一ノ瀬、お前まさか行かないとか言うんじゃないだろうな?」

 チョコを食べられた虚無感から脱したらしい香藤先輩がいつもよりも低い声で話しかけてきた。いつの間にか背後にいた仲渡先輩が肩に手を回している。

「おい、お前そんなつれないこと言うつもりか?」

「まだ何も言ってないじゃないですか!」

 仲渡先輩の言葉に、俺は少し焦って答えた。

「そうだぞ、仲渡。急かしちゃだめじゃないか」

 喜多川先輩の助け舟に、俺はほっと息を吐く。さすが喜多川先輩、頼りになる。

「なんだと、喜多川。こういうのは人数が多いのがいいんじゃないか」

「そうだそうだ!」

「はいはい、まだ時間はあるからゆっくり考えさせてあげなさい」

 部長がパンパンと二回手を叩いて二人をなだめた。部長の言葉に香藤先輩と仲渡先輩は渋々といった様子で押し黙った。

「みんな、ジャンルはいつも通りでいい?」

 部長が先程の紙にペンを走らせながら問う。先輩方は「はい」とか「いいです」とか思い思いに口にした。異論を唱える人はいなかった。

「そういえば申し込みの締め切りって月曜って言ってましたが大丈夫なんですか?」

 紀藤先輩の言葉に部長は「あ」と声を上げた。ちなみに今日は金曜日である。

「そっか。じゃああんまりゆっくり考える時間もないね」

「参加費とかはかかるんですか?」

「いや、部費から出るからお金の心配はないよ」

 部長のその言葉に、俺はじゃあと心を決めた。

「参加します」

 俺の言葉におぉ~と何故か歓声が上がった。真城先輩に至っては立ち上がって拍手までしている。

「よし、じゃああと二人には後で聞くとして……。一ノ瀬くん、ジャンルはどうする?」

「ジャンル?」

 さっきも出てきたけど、ジャンルってなんのことだろう?

「小説とか、詩とかそういうやつのことだよ。合評会ではジャンルごとに分かれるから、最初に申請が必要なんだ」

 なるほど、と俺は頷いた。

「そういえば一ノ瀬くん、作品って何書いてるの?」

 滝井先輩の問いに、俺はうっ……と言葉を詰まらせた。

「まだ何も書いてないです……」

 怒られる。そう思って言葉が段々と小さくなるのが自分でも分かった。

「おっ、そうだったのか?」

「じゃあ今から決めないとね!」

 だが予想に反して、先輩達の反応はなんだか嬉しそうだった。

「小説で決まりだな」

「詩で決まりだね!」

 仲渡先輩と滝井先輩の声が重なった。言い終わってから二人が顔を見合わせる。

「滝井、ここは小説だろ」

「いやいや、一ノ瀬くんはどう見ても詩向きでしょ!」

 二人は一歩も譲らずバチバチと火花が散るんじゃないかと思うくらい睨み合っている。あの、俺を挟むのは止めてください。

「仲渡、それを決めるのは一ノ瀬だろ?」

「そうよ、滝井ちゃん。それは一ノ瀬くんが考えて決めないと」

 喜多川先輩と紀藤先輩がそれぞれ宥める。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

「そうだな。一ノ瀬、どうするんだ?」

「どうするの? 一ノ瀬くん」

 滝井先輩と仲渡先輩がお互いの顔から視線を外して俺の方を見る。加えて喜多川先輩と紀藤先輩の期待を込めた視線も突き刺さる。これ、どっちを取っても角が立つのでは……。

「いやぁ、なんだか面白そうなことになりましたなぁ」

 呑気な真城先輩の声が響き、俺はため息を吐きたくなった。どこが面白いんだか。

 思わず俺は部長の方を見る。部長は手を口に当てて何かを考えこんでいる様子だった。

 そして何かを思いついた様子で顔を上げると、口を開いた。

「よし! じゃあジャンル別にプレゼン大会しよっか!」

 その言葉に、先輩達が一斉に部長の方を見る。真城先輩は「お、いいねぇ」と笑いながら頷いた。

「二年生が一ノ瀬くんを対象にそれぞれのジャンルの魅力をプレゼンしてもらいます。ここじゃ狭いから、どうしようかな……。真城くん悪いけど安藤先生に言ってどこか空いた教室使う許可、貰ってきてくれない?」

「分かった、任せて」

 真城先輩は張り切って立ち上がり、部室を出て行った。

 まだ俺プレゼン受けるなんて言ってないんですけど⁉

「何としてでも一ノ瀬を小説に引きずり込むぞ!」

「がんばって詩に誘い込もうね、滝井ちゃん」

 張り切っているのは真城先輩だけじゃなかった。二年の先輩方の意気込みを聞いて、俺は諦めてノートを閉じて筆箱を仕舞った。



 真城先輩が職員室から帰ってきて、俺たちは部室から移動することになった。

 なんでも安藤先生にプレゼンのことを話したら乗り気で視聴覚室の使用を許可したそうだ。なんだか目に浮かぶ。

「あ、そうだ。二人に書置きしておかないとね」

 部長はプリンターの上にかかっていた布を取ると、中から一枚紙を取り出した。そしてマジックを手に取ると大きく『視聴覚室にいます』と一言だけ書いて入口のドアに貼りつける。確かにこれで橋口先輩と大沢先輩も分かるだろう。

 ぞろぞろと廊下を歩いて移動する俺たちを、何故だか他の部活の生徒たちが不思議そうにこちらを見ていた。先輩たちはそれに構わず視聴覚室に向かってどんどん進んで行く。やっぱりうちの部って有名なんだな。変な意味で。

 しかし、先輩たちはその噂を知っているんだろうか……。

 そんなことを思いながら歩いていると、あっという間に視聴覚室に着いた。鍵を預かっていたらしい部長が入口の扉を開ける。

 中は黒いカーテンで覆われているせいか部室に比べて少し涼しかった。やっぱり部室と比べたら広い。部長が電気をつけながら言った。

「じゃ、みんな。ジャンル毎に分かれて10分作戦会議をして。その後順番にプレゼンをしてもらうから」

 部長の言葉に二年の先輩達は二手に分かれた。男性陣は前の方、女性陣は後ろの方に移動する。部長と真城先輩は部屋のちょうど中間ほどの席に座った。

「男女できれいに分かれているんですね、先輩方」

 あぁでもない、こうでもないと作戦会議をする先輩達を見て、俺は部長と真城先輩に話しかけた。先輩達の作戦会議が終わるまで暇だ。

「ん? あぁそうね。たまたまだと思うけど」

「部長と真城先輩は何を書かれてるんですか?」

「私と真城くんは小説だよ。それであとの二人が詩」

 なんだか予想通りだ。

 部長は時計を見て時間になったのを確認すると、再び立ち上がって言う。

「はい、もう時間だから作戦会議終わり! 一ノ瀬くんは前の方の席に座って」

「分かりました」

 俺は部長の指示通りホワイトボードの前の席に座った。

「先に小説やる? 詩からにする?」

「じゃんけんしようぜ!」

 部長の言葉に仲渡先輩が声を上げた。小説組から出たのはもちろん仲渡先輩。

「紀藤ちゃん、頼むね!」

 対する詩組は滝井先輩に背中を押された紀藤先輩。静かながらもどこか堂々とした立ち振る舞いだ。

「いいか? 最初はグー……」

「じゃんけんぽん!」

 仲渡先輩はパー、紀藤先輩はグーを出した。

「よっしゃ、俺らからだ!」

 まだじゃんけんで勝っただけなのにその場で小躍りしている仲渡先輩を、紀藤先輩は呆れた様子で眺めていた。

「ごめん滝井、後攻になっちゃった」

「ううん、全然いいよ~」

 そんな会話を交わしながら、滝井先輩と紀藤先輩は俺の後ろの席に座った。

「じゃあプレゼン始めるか! 喜多川、書記やってくれ」

 仲渡先輩が張り切って言う。喜多川先輩がはいはい、と返事をしながらホワイトボードのマーカーを手に取った。

「持ち時間は十五分ね。じゃあ、よーいスタート」

 部長の掛け声で、とうとうプレゼン大会が始まった。



「それじゃあ小説の魅力ポイントだが、まず、自分の想像した物語を書けるってところだな」

 仲渡先輩が先陣切って喋り出す。先輩にしてはまともなこと言うな。もっとなんだか中二病っぽいこと言うのかと……。

「剣も魔法も、秘められた闇の力ってのも何でも書き放題だ!」

 あ、やっぱり先輩は先輩だった。

「仲渡、一ノ瀬が若干引いてるぞ」

 香藤先輩が仲渡先輩の肩を軽く叩きながら言う。

「はぁ⁉ そんなことないよな、一ノ瀬」

 俺に振られても……。

「まぁまぁ。仲渡落ち着いて」

 書記係の喜多川先輩が、マーカーの蓋を閉めて教卓の前に立つ。

「あとはそうだな……。自分の感情をそのまま形にするっていうより、登場人物に自分の気持ちを乗せて書くことが多い。だから自分の気持ちを素直に出すのが恥ずかしいって人には小説がおすすめだね」

「なるほど……」

 俺は喜多川先輩の言葉に納得の声を上げた。起承転結とかを考えるのは難しそうって思っていたけど、確かに俺は自分の感情を表に出すのはちょっと苦手だから良いかもしれない。

「以上だ、なんか質問あるか?」

 え、それだけ⁉

「そうですねぇ……起承転結の作り方ってどうやってるんですか?」

「……さぁ?」

 俺の質問に仲渡先輩は首を傾げた。

「え? 先輩、小説書いてるんじゃないんですか?」

 俺の言葉に仲渡先輩はうーんと腕組みをして唸った。

「俺は大体感覚で書いてるからなぁ……」

「確かに具体的に言えって言われたら難しいな……」

 喜多川先輩も困った顔で考え込んだ。

 そういうものなのか……。

 俺がそう思っていると、今度は香藤先輩が口を開いた。

「俺は自分の書きたい部分が先に浮かぶから、どこをどうしたらその部分が一番盛り上がるかを一番に考えてる」

 香藤先輩から意外な言葉が出て、俺はびっくりして先輩の方を見る。いつになく香藤先輩の表情が真面目なものだった。

 香藤先輩がそんな真面目な発言をするなんて意外だな。

 そんなことを思っていると香藤先輩はこちらを見て聞いてきた。

「他に何かあるか?」

「いえ、あとは大丈夫です」

 何故だか自然と背筋が伸びた。

「はい、じゃあ交代ね」

 部長の言葉を皮切りに、先輩達が移動を始めた。教卓の前に滝井先輩と紀藤先輩が立つ。

「はい、それでは詩の番ということで! 紀藤ちゃん詩の魅力をたっぷり伝えて下さい!」

「え……私?」

 いきなり滝井先輩に話を振られた紀藤先輩は戸惑い気味に答えた。

「うーん……そうだなぁ、さっき喜多川が自分の感情をキャラに乗せるって言ってたけど、詩は逆に自分の気持ちを素直に出せるところかな」

 紀藤先輩が静かに話す。滝井先輩が紀藤先輩の話したことをホワイトボードに書き出した。

「そうだね、あとは小説より短いし、字数に制限があるわけじゃないから初心者でも始めやすいかも」

 滝井先輩がホワイトボードに書きながら語る。

「詩には決まった型はないからね」

「小説よりも表現の幅が広いかも」

「おい、それじゃ小説が不利になるじゃねぇか!」

 仲渡先輩の野次が飛ぶ。香藤先輩も「そうだ、そうだ!」と加勢した。喜多川先輩はどうしていいか分からない様子でおろおろしている。

「あーはいはい、そんなこと言わないで! プレゼンにならないでしょ!」

 部長が慌てて静止の声を上げるが、二人の勢いは止まらなかった。

「やっぱり一ノ瀬、お前小説書け!」

「仲渡それはずるいよ!」

 先輩たちがぎゃあぎゃあと好き放題言い続ける。そんな中入口の扉が開いた。

「何やってるの?」

「みんなお疲れ様!」

 入ってきたのは橋口先輩と大沢先輩。

「廊下まで聞こえてたよ」

 橋口先輩が顔を顰めて言う。未だにぎゃあぎゃあ騒ぐ先輩たちを部長が「静かに!」と一喝すると、先輩たちはようやく静かになった。

「ちょうど今一ノ瀬くんのジャンルを決めるのにプレゼンしてもらってたの」

 部長が橋口先輩と大沢先輩に説明すると、「へぇ、面白そう!」と大沢先輩が声を上げた。

「そうなんだ。でもさ、これプレゼンっていうの?」

 橋口先輩が教室内を見渡して言う。確かにこれじゃプレゼン大会じゃなくて討論会だ。

「だって先輩、滝井たちが小説に不利になること言うんですよ!」

 仲渡先輩が滝井先輩を指差して叫ぶ。部長が「人を指差さないの!」と叱責した。

 そんな中、口を開いたのは大沢先輩だった。

「うーん、そうだなぁ。それじゃいっそのこと両方書いちゃうってのはどう?」

 その言葉に先輩たちが一斉に大沢先輩の方を振り返った。それに怯む様子もなく、大沢先輩は続ける。

「迷ったら、書いてしまおう、二つとも、だよ!」

「いいんじゃない?」

 大沢先輩の提案に、橋口先輩も同意して頷いた。

「大沢さんにしては良い提案なんじゃない?」

 真城先輩の言葉に大沢先輩が「にしてはって何よ!」と噛みつく。

「うん、確かに。何も一つのジャンルにこだわることないもんね」

 部長は大沢先輩と真城先輩の喧嘩をスルーして笑顔で言い、「どう? 一ノ瀬くん」と俺を見た。確かにそれだとどこにも角は立たない。

「……一度に両方っていうわけじゃないですよね?」

 一応確認のために聞いた問いに部長は笑顔のまま答える。

「もちろん。部誌ごとに合わせてもらって大丈夫」

「分かりました。じゃあ両方書きます」

 俺の言葉に先輩たちが歓声を上げた。ちょっと大変になるかもしれないけど、これで良かったんだ。

「よし、一ノ瀬鍛えるの楽しみだな!」

 仲渡先輩の言葉に、橋口先輩の目が異様に光る。

「ビシバシしごいてあげないとね!」

 ……本当に良かったんだろうか?




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