余命100日と宣告されて無敵モードになった九十九君が「ごめんなさい、実は誤診でした」という連絡を受けるまであと99日
「百川さん、今一人なんだ。ちょうどよかった」
九十九君がそう声をかけてきた。
放課後の教室には、私一人が残っていた。
外の雨がもうすぐやみそうだったので、たまたま残っていただけ。
そこに突然現れたのが、クラスメイトの九十九君だった。
「実は、聞いてほしいんだけど」
と九十九君は私に言った。
「俺、余命があと百日なんだ」
「は?」
私は九十九君の血色のいい顔を見返した。
「ヨメイ?」
その言葉が上手く頭の中で漢字に変換できなかった。少し考えて、それが余命のことかとようやく気付く。
「余命って、生きられる時間のこと?」
「うん」
九十九君は真剣な顔で頷いた。
「百日後に俺は死ぬ」
「ぴったり百日後?」
「うん」
「それはその、お気の毒に」
何と言えば分からなくて、私はとりあえずそう返した。
九十九君が何も言わないので、微妙な空気が漂う。
「ええと、ごめん。ちょっと整理させて」
私は右手を上げた。
「本当ならそれってかなり重い話じゃない? どうしてそんな話を私にするの? 私たち、同じクラスだけどほとんど話したこともないよね?」
「百川さんなら秘密を守ってくれると思って」
九十九君は言った。
「自分一人じゃこの秘密を抱えられそうになくて、誰かに打ち明けたかったんだ。だけど、誰に言っていいか分からなくて。クラスで一番口が堅そうな人って誰だろうって考えたときに、百川さんの顔が浮かんだんだ。百川さんは秘密を軽々しくばらす人じゃないと思ったんだ」
「そ、それはありがとう……?」
ありがとう、なのだろうか。
別に私は口が堅いわけではない。
ただ、大きな希望を抱いてこの高校に入学してたった二か月で大きなケガをして、今までの人生の全てだったサッカーを部活ごと辞めることになったときに、目標も目的も見失って、それから高二の九月、つまり今に至るまで、やりたいことも親しい友達も何もないまま無為に過ごしているというだけのことだ。
「ええと、病名、とか聞いてもいいのかな」
まだ半信半疑の私にも一応、言葉を選ぶくらいのデリカシーはあった。
「嫌なら、別にいいけど」
「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病」
「なお……?」
「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病」
舌を噛みそうな病名を、九十九君はすらすらと繰り返した。
「ごめん、聞いたことない。その病気」
「そうだろうね。三十五億人に一人の確率と言われてるらしいから」
それは、いま世界に二人いるかいないかって感じなのだろうか。
「めちゃくちゃ珍しい病気なんだね」
「うん。小腸に小さなひずみが生じる病気で、それがだんだん大きくなって、臨界点を越えると爆発するんだ」
「爆発?」
「だから、俺の身体は百日後に爆発四散する」
「ちょ、ちょっと待って」
また理解が追いつかなくなった。
「百日後に、何て?」
「俺は、爆散する」
九十九君はきっぱりと言った。俺は変身する、みたいにかっこいい口調で。
「ひずみの大きさは、今は0.2ミリ。これからの成長速度は『今津と田中の成長曲線(2011)』で計算できるから、それによって俺の余命も正確に計算できるんだ。今日からあと百日後、ひずみは臨界点である3センチに達し、そして俺は死ぬ」
すらすらと何だかよく分からないことを九十九君は言った。
「それ、お医者さんの診断なの?」
「ああ。鬼門医院の鬼門徹先生の診断だから、間違いはないよ。鬼門先生はNEBの世界的権威なんだ」
「NEB?」
「ナオシール・エクリクシス・バオジャー病の略だよ」
「ああ……」
NEBも鬼門先生も知らないけど、きっとその方面では有名なのだろう。それがどの方面なのかすら私には分からないけど。
「治療はできないの?」
「残念だけど」
まるで他人事のように、九十九君はさらりと答えた。
「ひずみが外気に触れたら、その時点で爆発してしまうからね。今の医療技術では、治療はできないんだ」
「そうなの……」
「だから百日目には、なるべく身体が飛び散っても迷惑にならないところで最期を迎えようとは思ってるよ」
テントの中とか、と九十九君は言った。
「そうすれば、掃除のとき楽だろ」
「どうしてそんなに冷静なの。だって、もうすぐ死んじゃうんでしょ」
死が目前に迫っているとは思えないほどの冷静な態度。
そのせいで、九十九君の話が本当のことに思えない。
「もちろん俺にも色々と葛藤はあったけど、仕方ないと今は割り切ってる。残り百日の人生を楽しむことだけを考えることにしたんだ」
そして、九十九君はにこりと笑った。
「だから、百川さんだけは知っておいてほしい。九十九彰は、今日から百日後に死ぬんだってことを」
九十九君は、基本的に全然目立たない男子だった。
友達がいないわけでもないけど、そう多くもなさそう。
部活には多分入ってなくて、勉強も運動も取り立ててできるわけではない感じ。
クラスで何か面白いことを言うわけでもないし、秀でた特技があるわけでもない。
ほとんどの人の人生において、モブに近い役割しか与えられなそうな男子。何年かしたら、ああ、そういえばそんな人もいたねって言われるような。そんな感じ。
でも、今の私よりもましだと思う。
私には友達と呼べる人は一人もいないし、クラスでもいつもぽつんとしている。ただ、そこに存在しているだけ。
多分、この学校を卒業して二か月も経てば、みんな私の顔も名前も忘れてしまうだろう。そんな人もいたね、じゃなくて、そんな人いたっけ?の方。
以前は違った。
部活をしていた頃の私だったら、多分、失礼だけど九十九君のことなんて眼中にもなかっただろう。
全国大会に何度も出場している強豪の女子サッカー部に入るためにこの学校に来て、一年の春からいきなりレギュラーを取った。前途洋々だった。
当然、クラスでは一目も二目も置かれていたし、友達は勝手に増えた。
けれど、怪我で全てが変わった。
今の私は、まともに走ることすらできない。
そんな不甲斐ない自分と向き合うことができなくて、私は部活を辞めた。そうしたらそのあとには、何も残らなかった。
別人みたいに暗くなった私から、友達はどんどん去っていった。だけどそれは私自身が望んでいたことでもあった。
生きる目標を見失ったのに、元の自分のままでなんかいられない。こんな自分を友達に見られたくない。だから、どうか私から去っていってください。
二年生になった頃には、クラスも変わって、私がサッカー部にいたことなんて知らない子がほとんどになった。
私はただの暗い子。ヒエラルキーで言えば、九十九君よりもさらにずうっと下だろう。
***
「はいっ」
九十九君が元気よく手を挙げた。
クラスは今、来月十月に行われる体育祭に向けた話し合いの最中だった。
せっかくだから盛り上がりたいよね、というグループと、体育祭なんてだっるいよなあ、というグループ。クラスの雰囲気は二分されている感じだった。
私も中学校までは、体育祭まかせといて、何でも出るよ、というタイプだったけど、今は違う。
あんなに速く走れた亜子がすっかり走れなくなって、なんて部活の子たちに同情交じりの目で見られることを考えると、当日は仮病で休もうかとさえ思う。
種目決めは、なかなか進んでいなかった。
盛り上がりたい子たちも、基本的にはみんな受け身であることに変わりはなくて、「〇〇、リレー出なよ」「私より〇〇の方が速いじゃん」「〇〇は障害物競走だよな」「俺はいいよ、お前出ろよ」みたいな会話がだらだらと続いていた。
出たい種目ややりたいことがあっても、それを自分から言うことが恥ずかしい。一人だけやる気を出したら、サムい。イタい。もし失敗した時に格好がつかない。
だからゆるい種目に希望が殺到し、ちょっと面倒そうな種目には誰の手も挙がらなかった。
これなら、最初から先生にでも決めてもらった方がいい。そうすればみんなも、文句を言いながらも諦めるだろう。
だけど先生は、生徒の自主性を尊重するという美名のもと、教室に来もしないで職員室で他の仕事をしている。
だから九十九君が元気に手を挙げたとき、みんなの注目が集まった。
なんだ、こいつ。という感じで。
「俺、障害物走出ます!」
九十九君は言った。
花形のリレーと違って、障害物走はどっちかというとお笑い要素の強い、ムードメーカーの子たちが出るイメージの種目だ。
地味で笑い一つ取ったことのない九十九君が出たんじゃ正直、盛り上がらない。
だからクラスはざわついた。
どうせクラス一のお調子者の佐藤君がみんなから推薦されて、渋々といった感じで「仕方ねえなあ」とか言いながら出ることになるのだろうと思っていたからだ。
「あ、九十九ね」
前に出て司会進行をしていたクラス委員の水谷君が、副委員の羽山さんと顔を見合わせる。
「ええっと、ほかにはいない?」
佐藤君が一瞬出たそうな顔をしたが、手を挙げなかった。
「じゃあ、九十九で」
羽山さんが九十九君の名前を書き終えると、九十九君がまた「はいっ」と手を挙げた。
「俺、応援団長もやります!」
その日の放課後、下駄箱のところで九十九君に声を掛けられた。
「百川さん、体育祭は何に出ることになったんだっけ」
「綱引き」
「それだけ?」
「うん」
「俺、障害物競走と二人三脚とリレー。あと応援団長もやるよ」
「知ってるよ、見てたから」
九十九君の突然のやる気は、クラスにちょっとした波紋を広げていた。主に、あまり良くない方向で。
「九十九のやつ、急に張り切っちゃってどうしたの?」「なに、体育祭デビュー?」「あいつ、そんなに足とか速くないっしょ。やばくね?」「サムいよな」「私、途中から共感性羞恥に襲われてあの人の顔見れなかった」
ホームルームの後でそんな会話が交わされていたのは、私にも聞こえていた。余命の件を知っているだけに、ちょっといたたまれない気持ちになった。
「ずいぶん張り切ってるんだね。そんなに走ったりして、身体は大丈夫なの?」
「むしろ調子はいいよ」
九十九君は力強く頷く。
「だんだん体調が悪くなるっていう普通の病気とは違うから。むしろ、ひずみの副作用で運動能力の向上が見られるっていう研究結果もあるくらいなんだ。せっかく最後の瞬間まで身体は動くんだから、今まで本当はやりたいのにやらなかったことを全部やろうと思ってる」
「体育祭の障害物走が、それなの?」
「そう」
九十九君は微笑んだ。
「あとリレーと二人三脚と応援団長もね」
「さすがにやりすぎじゃない?」
みんなに引かれてたよ、と言おうとした私の言葉は、彼の次の言葉に霧散した。
「いいんだ。俺、どうせあと九十六日で死ぬんだから」
体育祭での九十九君は、私の危惧やクラスメイト達の悪意ある予想に反して、大活躍だった。
帰宅部だったから知らなかったけど、九十九君は実は運動神経がかなり良かった。
一応、秘密を打ち明けられた手前、障害物走のスタートと同時に「九十九君頑張れー」と言っておいた。小さな声だったので聞こえてはいなかったと思うけど、まあ気持ちということで。
だけど彼が最初のネットに引っかかって最下位になった時点で、みんな「あー」という顔になった。私も苦笑いで応援していたのだが、そこからの巻き返しがすごかった。
トップを走っていた他クラスの生徒が平均台から落ちたりして手こずっているうちに、九十九君は残りの障害をノーミスで走り抜けて、一気に逆転して一位になってしまった。
さすがにこれにはクラスのみんなも盛り上がった。競馬好きの森君が「捲った! 九十九が捲った!」と騒いでいた。
二人三脚でも佐藤君と快走した九十九君は、休む間もなく学ラン姿でクラスメイトたちの競技を全力で応援し続け、そのまま元気にリレーに出場すると、四位から二位に一気に順位を上げてまたまた歓声を受けた。森君が「九十九の末脚が! 末脚がやばい!」と騒いでいた。
結果、うちのクラスは最初あんなに熱量が低かったにもかかわらず、九十九君のパッションに押される形でどんどんみんなも熱くなり、なんと総合優勝までしてしまった。
そうなると現金なもので、放課後の教室はみんなで打ち上げに行こうと大いに盛り上がっている。
優勝の立役者になった九十九君は、今はクラスの中心の輪から外れて、自分の席で何だかぼんやりとしていた。
「お疲れ様」
私は九十九君にそう声を掛けた。
「大活躍だったね」
「ああ、百川さん」
応援しすぎた九十九君の声は、すっかりしゃがれてしまっていた。
「みんなカラオケに行くって言ってるけど、俺もう一曲も歌えないよ」
そう言って笑う。
「たくさん声出してたもんね」
「まあね」
「足、速かったんだね。知らなかった」
「ああ、俺、帰宅部だからね。知らなくて当たり前だよ」
九十九君は頷く。
「中学までは一応、スポーツやってたから」
「何を?」
「サッカー」
「そうなの?」
私と同じだ。知らなかった。
「うん」
九十九君が私を見上げる。なぜだか、どきりとした。
「よっしゃ、それで決まりな!」
教室の向こうで大きな声がした。スマホを覗き込んで盛り上がっていたみんなが、大人数でも入れそうなカラオケ屋を見付けたらしい。
リレーのアンカーだった男子サッカー部の飛田君がこっちを振り向いた。
「九十九、お前もそれでいいだろ?」
「ああ、いいよ」
「今日はお前がいないと始まらないもんな」
飛田君はにやりと笑った。
目立たない生徒だったはずの九十九君が、一軍男子の飛田君から了承を求められている。すごい光景だ。昨日までなら考えられない。
「百川さんも来るよね」
九十九君に言われ、私は首をかしげた。正直、気は乗らなかった。
「私は、ほとんど活躍してないし」
出たのは綱引きだけ。それだって膝のことが気になって、ろくに踏ん張れなかった。
「そんなの関係ないよ。行こうよ」
九十九君は言った。
「ね。あと八十二日でいなくなる人間のわがままを聞いてよ」
そう言われると、何も言えなくなった。
「それ、ずるいよ」
そう抵抗してみた。
「それ言われたら、断れないじゃん」
「使えるものは何でも使わないと」
九十九君はそう言って笑った。
打ち上げのカラオケボックスで、私は隅の方で大人しくしていたけど、
「百川さん来てくれたんだ、珍しい」
と何人かから話しかけられた。
私も以前はこういう場が大好きだった。けれど、ケガをして部活を辞めてからは、多分一度もカラオケなんてしていない。
順番に歌うことになったので、仕方なく一曲だけ歌って、それからはまた大人しくしていた。
そうしたら、隣に九十九君が来た。
「百川さんの歌、初めて聞いた」
「わざわざそんなこと言いに来るほどの歌じゃないでしょ」
私が歌ったのは、中学の頃に少し流行ったアイドルの歌だ。たかが三年前くらいのことだけど、みんな「懐かしい」と言ってくれた。
「いや。良かったよ。いつもとのギャップっていうのかな。可愛かった」
九十九君はなぜか、可愛かったに力を込めた。
「そう言えば、今日の障害物走で」
私は照れくさくなって、そう話題を変えた。
「九十九君、最初のネットで引っかかったでしょ。あそこでもうだめだと思ったよ」
「ああ、あれ」
九十九君は照れたように笑った。
「百川さんの、頑張れって声が聞こえたから。それで動揺した」
「え」
「俺も焦ったよ。最下位になったから」
「聞こえてたの?」
「うん」
九十九君は頷く。
「聞き逃さないよ」
そこに突然、競馬好きの森君が割り込んできた。
「九十九、お前の末脚ヤバすぎだぜ! ディープインパクトの菊花賞かと思ったぜ!」
「ごめん、俺、競馬はよく分かんない」
「まさかお前がこんな脚を持ってるとはな!」
森君のテンションはすごく高くて(多分、知られざる名馬を見付けたみたいな気持ちだったんだと思う)、それでその話はおしまいになった。
九十九君はその日を境にがらっと変わった。
別に髪型とかを変えたわけじゃないんだけど、何と言うか、中から溢れ出るオーラみたいなものがキラキラしている感じというか。
それをクラスの他の子たちも感じ取ったんだと思う。
「なんか、九十九変わったよね」
っていう評価がじわじわと浸透してきた。
当の九十九君は、そういう雰囲気を感じているのかいないのかその辺は分からないけど、いろんな子と遊びに行ったりして、とにかくやりたいことを毎日楽しくやっている気配は伝わってきた。
私自身は相変わらずだったけど、九十九君はちょこちょこ私のところにやってきては何かしら話していった。
やがて、文化祭の季節になった。
十一月の頭に二日間の日程で行われる文化祭では、クラスごとに教室を使って展示や模擬店をする。
うちのクラスは、お調子者の佐藤君が「ホストクラブやろうぜ」って言い出して、みんなも面白がってそれに乗っかったんだけど、先生からさすがに高校の文化祭でホストクラブはまずいっていう横槍が入って白紙に戻った。
そっちの方向で盛り上がっていただけに、すぐには新しいアイディアも出なくて、みんなの間には白けた空気が流れていた。
「もう休憩室でいいんじゃね?」
一軍男子の飛田君が言った。
「俺も部活の方の模擬店で忙しいからさ」
確かに、そういう意見の子もちらほらいた。部活の出し物がある子は、結局クラスよりもそっちが優先だ。私としては正直、どっちでもよかった。
ただ、文化祭ということは他校からもお客さんが来るわけで、中学時代までの知り合いに今の私を見られたくないなあという気持ちはあった。
亜子、変わっちゃったね。どうしたの?
そんな風に聞かれるのが一番嫌だった。だから、目立たないことであれば何でもよかった。
「はいっ。じゃあさ」
元気に手を挙げたのは、九十九君だった。
「ホストクラブがまずいなら、執事喫茶にしようよ」
みんなが「は?」という顔をする。
九十九君の提案はこうだった。
男子が黒服の執事に仮装して、お客さんを「お帰りなさいませ、お嬢様」と出迎える。男子だけじゃなく、女子の中でもイケメン度の高い宮瀬さんや、可愛い笹川さんにも男装してもらう。
確かにそれならホストクラブとは違うから、先生の許可も下りそうだ。
「あ、それなら私のおじいちゃんが昔着てた服持ってくる」
今井さんが言った。
「え、今井。お前のじいちゃん執事だったの?」
目を丸くする佐藤君に今井さんは首を振る。
「そんなわけないでしょ。うちのおじいちゃん、若い頃バーテンダーやってたんだけど、その時の服が執事っぽいんだよね。まだうちに何着かあるんだ」
「おお」
一気にクラスは活気づいた。
たちまちいろいろなアイディアが飛び交い始める。
盛り上がるクラスメイト達を教室の後ろから見ていたら、ふと九十九君と目が合った。
九十九君は私を見てにこりと笑った。
文化祭当日、執事喫茶は大盛況だった。
背の高いバスケ部の登坂君が一番人気だったけど、九十九君も隠れた人気があった。
「そんなにイケメンじゃないのに、なぜか目で追っちゃう」
とお客さんの女の子が言っていた。
その気持ちは何となくわかる。
多分、九十九君の内面から溢れる明るいキラキラしたもののせいだろう。
途中、私まで執事の格好をさせられた時間帯があった。
「私はそういうのはいい」と断ったんだけど、「百川さん、絶対似合うから」と九十九君に半ば強引に着させられた。
九十九君に「あと五十三日でこの世からいなくなる人間の頼みだと思って」と言われたら、私も断り切れなかった。
なぜか私の執事服姿はクラスの男子にも女子にも好評だった(普段から喋らないから、イメージが物静かな執事と合うのだとか。多分、女子にしてはがっしりしているところも影響しているんだろう)。
私が接客に出ているときにたまたま中学の同級生に出会った。
彼女は私がサッカーを辞めたことを知らないらしく、「亜子は相変わらず人気者だね」と言って笑顔で帰っていった。
後夜祭もすごく盛り上がって、いつの間にか九十九君はクラスの輪の中心にいた。
もう完全に私とは違う世界の住人になったな、と思っていたのに、なぜだかちょくちょく私をかまいに来る。
もしかしたら、私が誰かに秘密をばらしてしまわないか、心配だったのかもしれない。
「大丈夫、誰にも話してないよ」
と言うと、九十九君は少し困ったように笑った。
クラスの一軍グループとあんなに楽しそうにしている九十九君を見ていると、本当にあと二か月足らずで死んでしまうなんてとても思えなかったし、九十九君がすごくかわいそうだった。
夜の暗さに紛れて、私は少し泣いた。
彼の代わりに、私がそのなんとかっていう病気で死んでしまえたらいいのに。
その頃にはもう、九十九君の余命が尽きる最後の日はちょうど十二月二十五日だっていうことは私にも分かっていた。
九十九君は来年を迎えることなく、クリスマスの日にばらばらに吹き飛んで死んでしまうんだ。
それなのに、九十九君は毎日楽しそうに笑っている。
それでだんだん、あれは九十九君の嘘だったんじゃないかって思えてきた。
あの何とかっていう長い名前の病気で余命いくばくもないというのは、私を驚かすための単なる嘘なんじゃないかって。
それくらい、九十九君は元気だった。
だけど、ある日そんな私の疑念を吹き飛ばすような事件が起きた。
もう、季節はすっかり冬になり、九十九君が爆散してしまう日まで二十日を切ろうという日のことだった。
午後の授業中、やけに学校の外でサイレンの音がうるさいな、と思っていた。
そうしたら、突然教室のドアが乱暴に開いた。
そこに、グレーのスウェット上下の、はげたおじさんが包丁を持って立っていた。
現実感のない光景に、みんな一瞬ぽかんとした。
「てめえら全員、ぶっ殺してやるう!!」
とか何とか、そのおじさんは叫んだ。
完全に目がいっちゃってる感じだった。包丁の刃のぬらっとした輝きが、すごく生々しかった。
教室は一瞬で大パニックになった。
お調子者の佐藤君が、「え? ドッキリ?」とか言ってたけど、誰も構わなかった。
女の先生が「みんな逃げてー!」って叫んで、先生も含めてみんなが後ろのドアから逃げ出した。
だけど、笹川さんが逃げ遅れてしまった。興奮したおじさんは包丁を振り上げて、恐怖で動けなくなっている笹川さんに迫った。
そこに立ちはだかったのが、九十九君だった。
九十九君は包丁なんか全然怖がってないみたいに、おじさんを睨みつけた。
「邪魔すんなぁ!!」
おじさんは叫んだ。
「俺の人生はもう終わりだ、お前らも道連れにしてやるぅ!!」
「ふざけんな!!!」
九十九君の叫びは、おじさんよりも何倍も大きかった。おじさんの身体がびくっと震えたのが分かった。
「お前なんかまだまだ何年も生きられるくせに、何がもう終わりだ! ふざけんじゃねえ!!」
九十九君はずんずんとおじさんに突っ込んでいった。
「生きたくても生きられねえ人間だっているんだよ!!」
おじさんはびっくりしたように目をぱちくりさせた。九十九君はその頬を思いっきり殴り飛ばした。
おじさんは、ぶぎゃ、とか何とか声を上げて、床にひっくり返った。
「九十九君!」
私はみんなを押しのけて、思わず彼に駆け寄っていた。
「大丈夫!?」
九十九君は答えなかった。目を見開いて、私の顔を見ていた。
我に返ったクラスメイト数人が駆け寄ってきた。佐藤君が包丁を蹴飛ばして、宮瀬さんが笹川さんを助け起こして、飛田君や登坂君たちがおじさんを取り押さえた。
そうこうしているうちに、制服の警察官がたくさんやってきて、おじさんは逮捕された。
その間ずっと、九十九君は青白い顔をして立っていた。ずっと肩で息をしていた。
「百川さん」
しばらくして、九十九君はやっと口を開いた。
「走ったね」
「え?」
「俺の方に走ってきたでしょ、さっき」
「あ、うん」
そう言われてみれば、そうだっただろうか。夢中だったからあまり覚えてないけど、走ったのだとしたら一年生の春に怪我をして以来かもしれない。
「よかった」
九十九君はそう言って、ようやく微笑んだ。
その事件の後、九十九君は一躍ヒーローになった。
テレビの全国ニュースにもなったし、新聞にも載った。警察から表彰状ももらった。
九十九君は他の学年どころか他校からまで見に来る人が出るくらいの有名人になってしまった。
だけど、彼本人はというと、それで調子に乗ることもなく、かといって変に慎重になることもなく、いつも通りの明るく元気な九十九君だった。
私は、彼の病気が嘘ではないかと疑ったことを後悔した。
包丁を恐れずに彼が飛び出すことができた理由は、明白だった。
九十九君が、死ぬことを恐れていなかったからだ。
自分に未来がないと知っていたからだ。
突然ばらばらに吹き飛んでしまうくらいなら、包丁で刺された方がまだましだ。きっと、九十九君はそう考えたんだ。
笹川さんが九十九君に告白したけどフラれた、という噂を聞いた。
九十九君は、他に好きな人がいるんだと断ったらしい。
きっと、それは体のいい言い訳だろう。
あんな可愛い笹川さんの告白を断る理由なんてないし、そもそも九十九君は笹川さんの危機だからこそ、あんなにも勇敢に飛び出したのだろうから。
九十九君は、あと少しで自分が死ぬということを知っている。笹川さんを悲しませるわけにはいかない。
だから、断ったんだ。
「百川さん」
もうすぐ冬休みというある日の放課後、九十九君に声を掛けられた。
「今日、一緒に帰らない?」
「え?」
「駅まで一緒に帰ろうよ」
九十九君は笑顔で言った。
「ね」
「いいけど……」
私たちは連れ立って学校を出た。九十九君は、遠回りして帰ろう、と言って駅とは違う方向に歩き出した。
九十九君が私を連れて行ったのは、私が女子サッカー部だったころにはよくランニングをした、河川敷の道だった。
冬の太陽はもう川の向こうに沈みかけていて、河川敷のグラウンドには白い照明が灯っていた。
「ここを女子と歩いてみたかったんだ」
はしゃいだ声で、九十九君は言った。
「ここってうちの高校のカップルがよく歩いてるんだよ。知ってる?」
「うん、まあ」
部活のランニング中に、よくうちの制服を着たカップルとすれ違っていた。
その当時はそんなの全然羨ましいとも思わなかったし、そっち側に行きたいとも思ってなかったけど。
「……そういえば百川さん、この前走れたでしょ」
「え? ああ……あの日のこと?」
刃物男が学校に侵入して暴れた日。私は九十九君に駆け寄った。と言っても、それはごく短い距離のことだ。
「膝は大丈夫?」
「うん、平気」
「よかった」
九十九君は微笑む。
「百川さん、ほんとは走れるんだね」
「走れるっていうか……」
怪我をする前のようには走れない。それは事実だった。
だけど、全く走れないわけじゃない。多分。
身体ではなくメンタル面の原因が大きいと、お医者さんも言っていた。
走るのを怖がっている、と。
それは確かだった。
だって、本当に怖かったから。
急に膝が自分の身体じゃなくなったみたいに言うことを聞かなくなって、力を失って、ぐにゃりと倒れてしまったときのあの感覚。
自分の全てを奪われるようで、本当に怖かった。
また走れる? でも、もしもう一度ああなってしまったら?
その時は、歩くことすらできなくなるかもしれない。
それが怖かった。
どっちにしたって、もう今までのようなプレイはできないことは確かだった。
だから私は、サッカーを辞めた。
「走れるんだよ」
九十九君が言った。
「俺、あの時すごく嬉しかった。ああ、俺がこの世界に生まれてきた意味があったって、そう思った」
そんな大げさな、と思ったけれど、九十九君の命があとわずかだということを考えると、そうも言えなかった。
歩きながら九十九君は、河川敷のグラウンドでサッカーをしている小学生くらいの子供たちに目を向けていた。照明がその顔を白く照らしていた。
「俺、ここで結構何回も百川さんとすれ違ってるんだけど、覚えてる?」
「え?」
私はちょっと慌てた。
全然記憶になかったからだ。
「百川さん、よくランニングに来てたでしょ」
「あ、うん。でも一年以上前だよ。サッカー部だった時のことだもん」
「俺、いつもあの辺に座って待ってたんだ」
九十九君は河川敷へ下りる階段を指差した。
「で、女子サッカー部がランニングに来ると何気ない顔ですれ違ってた」
「どうして……」
「百川さんとすれ違いたかったから」
九十九君の顔は真剣だった。冗談を言っているふうではなかった。
「そこから何か始まるんじゃないかって、そう思ってたから」
「え……」
「まあ、何にも始まらなかったけどね」
九十九君は表情を緩めた。
「ごめん」
何でか分からないけど、私は謝っていた。
「全然、気付いてなかった」
「当たり前だよ」
九十九君は明るく笑う。
「何にもしないで偶然を待ってたって、何も起きるわけないんだ。そんな当たり前のことに気付いたのは、病院で余命宣告を受けてからなんだけどさ」
九十九君が私を見た。
「だから、ちゃんと動こうと思った。今まで何となく逃げてきたこととかほったらかしてきたことに、全部真っ正面から取り組もうって思った」
九十九君の話を聞いているうちに、私はなんだか胸が苦しくなってきていた。
うまく息が吸えなかった。
「俺も中学までサッカー部だったんだ」
「うん。知ってる」
私は頷く。
「この前聞いたから」
「あ、そうだっけ」
九十九君は、ばつが悪そうに笑う。
「高校でサッカー部に入らなかったのは、別に何か理由があったからじゃないんだ。部活に入ると忙しいから、高校はのんびり過ごそうって思ってた。毎日授業が終わったらすぐに家に帰って、三年間だらだらしようって」
そのせいなのかな、と九十九君は言った。こんな病気になったのは。
「時間って有限だったんだよな。だから、生きてるうちに一番やりたかったことをしようと決めた」
「一番やりたかったこと……」
私もおずおずと九十九君の顔を見た。
「……って、何?」
「俺、わがままで自己中だからさ」
九十九君は笑顔で言った。
「忘れてほしくないと思った。好きになった子に、ずっと俺のことを忘れないでいてほしかった。俺が死ぬとき、その子にめちゃくちゃ泣いてほしかった。だから、自分はもうすぐ死ぬくせに、その子に俺のことを好きになってもらおうと思った」
九十九君は、足を止めた。
私が立ち止まってしまったからだ。
胸が苦しくて、どういう顔で九十九君を見ればいいのか分からなかった。
九十九君は穏やかな声で続ける。
「でもどうすれば、ただのクラスメイトとは違う目で俺を見てくれるんだろうって思った。一生懸命考えて、俺にはこれしか思いつかなかった」
九十九君は自分の左腕の腕時計を私に見せた。そこに表示されている日付を指差す。
12月18日。
「俺の余命はあと七日」
九十九君は静かに言った。
「自分の秘密を、百川さんにも共有してもらうこと。サッカー部を辞めてから人を避けてるように見える百川さんに、少しでも俺のことを考えてもらうには、自分の病気を利用するしかないと思った」
私は九十九君のことを、すごくいい人だと思っていた。
笹川さんを悲しませないために、九十九君は告白を断ったんだって。
だけど、違った。
九十九君だって、聖人君子じゃなかった。
九十九君も、自分の計算で動いていた。
けれど、その事実が私には全く不快ではなかった。裏切られたとも思わなかった。
不意に、ぽん、と足元に軽い感触があった。
サッカーボールが転がってきていた。
「すいませーん」
河川敷のグラウンドで小学生が手を振っている。
「取ってくださーい」
どうしようかと思う間もなく、
「蹴り返して、百川さん」
九十九君がそう言って、一歩退いた。
「俺、見たい」
私はためらった。
足元のボールを見て、それからもう一度、九十九君の顔を見た。
九十九君は小さく頷く。
「余命あと七日の同級生の頼みだと思って」
と九十九君は言った。
「ね、いいでしょ」
私は息を吸った。
「九十九君」
「ん?」
「あのね、九十九君の余命があと三日だって一年だって、たとえ百年だとしたって、九十九君が見たいって言うなら私、見せるよ」
「え」
私は足先でボールをちょんと蹴り出すと、踏み込んだ。
足を振り抜くと、スカートがふわりと翻った。
こんな風に自分の足を使うのは、本当に久しぶりだった。
足は、まだ私の命令通りに動いてくれた。
きれいな放物線を描いて自分の足元に戻ってきたボールに、小学生が「すげえ!」と歓声を上げた。他の子たちからも拍手が上がる。
「だから、もう言わないで」
私は九十九君を見た。
「余命が何日とか。九十九くんの価値は、そんなところにはないよ」
九十九君はしばらく黙っていた。
それから小さな声で、
「ありがとう」
と言った。
「百川さん、24日の終業式の後、俺に時間をください」
グラウンドの照明から顔を背けた九十九君の表情は、私には見えなかった。
「そのときに告白するから。返事は、百川さんの思った通りでいいから。同情とかは、無しで」
九十九君はそう言うと、ぺこりと頭を下げ、走り去っていった。
12月24日。
終業式。クリスマスイブ。
そして、九十九君の余命最後の一日。
明日から冬休みということもあって、クラスの雰囲気は浮きたっていた。
「九十九、お前も大みそかの夜、一緒に初詣行こうぜ」
九十九君は、飛田君たちのグループに誘われていた。
「諏訪町の神社。女子も来るし」
「ああ、いいよ」
九十九君は笑顔で答える。
もうそのときには、この世にいないのに。
ふわふわとした雰囲気のまま、二学期最後のホームルームは終わった。
みんながわいわいと教室から出ていく。
私はそれを見るでもなく、自分の席にぼんやりと座っていた。
しばらくすると、教室に残っているのは私一人になった。
みんなの賑やかな声が遠ざかっていく。そして、九十九君が入って来た。
三か月前、私に自分の余命を告げたときと同じように。
「ごめん。待った?」
「ううん」
「よかった」
九十九君は私の席の前に立った。なんとなく、私も立ち上がる。
「ええと」
九十九君はわざとらしく咳払いした。それから、両手を制服の腰あたりで拭いた。
「手汗が」
と言って、照れ笑いを浮かべる。
私も緊張で顔が強ばっていたが、なんとか笑顔を浮かべると、九十九君は少し安心したように笑い、それから表情を引き締めた。
「百川亜子さん」
「はい」
「俺、百川さんのことが好きです。河川敷で初めてあなたが走ってるところを見たときから、ずっと好きでした。今年同じクラスになれて、めちゃくちゃ嬉しかったです。だから、ええと」
九十九君は右手を差し出した。
「付き合ってください、俺と」
私はその手を見た。少し震えているのが分かった。
「私、もう九十九君が好きになってくれた頃の私じゃないと思う」
私が言うと、九十九君は首を振った。
「そんなことない。親しくなって、もっともっと好きになった。百川さんはずっと、俺の好きな百川さんだよ」
「ありがとう」
「忘れないでほしいんだ」
九十九君は言った。
「告白の返事は、どっちでもいい。ただ、俺のこと忘れないでほしい。それだけはお願いします」
「私でいいの?」
私はもう涙声になっていた。目の前の九十九君が涙でぼやけてしまってよく見えなかった。
これが最後なのに。元気な九十九君の姿を、ちゃんと見なきゃいけないのに。
「百川さんがいいんだ」
九十九君は言った。
「自分の心に嘘をついてる時間は、もう俺には残ってないよ。だから」
「うん」
私は九十九君の手を取った。自分で言った通り、汗でびっしょりだった。でもそれは私もだから、お互い様だった。
「私も、九十九君が好き」
九十九君は、「ああ……」と息を吐くように声を出すと、そのまま何度も瞬きをした。泣くのを堪えているみたいだった。
「二人とも、手汗がやばいね」
私がそう言って泣き笑いすると、九十九君は無理に笑顔を作った。
「そんなに無理しないで」
私は言った。
「九十九君も、泣いて。私ばっかり泣いてるじゃん」
「最後は、笑ってお別れしたいんだ。かっこつけさせてよ」
私の手をしっかりと握った九十九君の手は、まだ震えていた。
「もしも生まれ変わったら、そのときは俺と結婚して」
「うん。する」
私は頷く。
「絶対に見つけてね」
「当たり前だろ」
九十九君が堪えきれなくなったように、私の手を離して両腕を広げた。
私を抱きしめようとしたその時、ぴろろろろ、と間の抜けた音が響いた。
そのタイミングがあんまりだったので、二人で顔を見合わせて噴き出す。
「ごめん。俺の携帯」
九十九君はきまり悪そうな顔でスマホを取り出して画面を見て、
「病院からだ」
と言った。
「出た方がいいよ」
私は言った。
「絶対、大事な話だよ」
「うん……もう今さらだけど。ごめん」
九十九君は電話を耳に当てた。
「はい、九十九です。ええ、そうです、分かってます。今日が最後で、明日はもう……え? 数値が? 一桁違っていて? は? すみません、それってどういうことですか」
しばらくごちゃごちゃと話していた九十九君は、やがて呆然としたように電話を切った。
「……どうしたの」
私はおそるおそる尋ねた。
もしかして、余命の計算が間違っていたのだろうか。今日、この後すぐに死んでしまう、とか。
「どうしよう」
九十九君が私を見た。その目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。顔がくしゃっと子供みたいに歪んだ。
それは私が初めて見る、九十九君の涙だった。
「誤診だって」
九十九君は言った。
「俺、死なないみたい。どうしよう、俺」
そのあと、九十九君が何を言おうとしていたのかは分からない。
それよりも先に、彼に抱き着いた私がその唇を塞いでいたから。