45 ナイジェル
僕は疲れた体を引きずりながら家に帰ってきた。シュタイン伯爵との一件で頭が疲れ切っていたが、みんなの顔を見たら元気が出てきた。
「ただいまー」
「アルおかえりなさい! なんか元気ない?」
「ガウ!」
ミーナとフェルが明るく出迎えてくれた。僕は大きな溜め息をつく。
「はぁ……まあ色々あってね、急だけどみんな集めてくれる? 今日のことを説明したいんだ」
レイラが手の空いている従業員達を呼び集めると、僕はシュタイン伯爵とのやり取りを説明した。伯爵の横暴ぶりを聞いて、みんなは怒り出した。
「なんて奴だ! アルはみんなのことを考えて動いてるのに、自分のことしか考えてねぇじゃねぇか!」
オリバーが憤慨する。アマンダも眉をひそめて言った。
「私達のような暮らしをしている人にとって社長が作ってくれる浄水の水差しは希望となるはずなのに」
僕はわかりやすく肩を落として嘆いた。
「魔石を入手する方法がなくなっちゃったよ……これからどうしよう」
すると、ハンナさんが諭すように言ってくれた。
「アル君、そんなに落ち込まないで。高くつくかもしれないけど、魔石を買うこともできるわ。地道にやっていけばいいのよ」
「そうだね」
僕は少し元気を取り戻した。そうだ、こんな時はみんなでいっちょ派手に騒ごう。僕は立ち上がって声を張り上げた。
「よーし今日は宴会だ! みんな準備をしろー! 出せる肉は全部出せー!」
日本のある自動車メーカーの創業者は、新しい事業を始める際に大きな宴会を開いて仲間同士の結束を高めたという。今は僕もそれを見習おう。
僕が楽器の心得がある人を募ると、彼らはフィドルやコンサーティーナを持演ちだしてきたので演奏してもらうことにした。彼らはまだモンスターの脅威が今ほどではなかった頃に周囲の都市を回って演奏していたそうで、落ちぶれた今でも最後まで楽器だけは手放さずにいたそうだ。まさに人はパンのみにて生きるにあらずだな。今日はこの人達に盛り上げをお願いした。
「最低限度の飲み物や食べ物はふるまうけど、酒は自分で用意してね」
「なんだよ、ケチくせえな」
ガスコインが文句を言ったが、レイラにすごまれて必死に言い訳をしていた。その様子を見てみんなで笑った。
早上がりした娼婦達も集まって踊り、場に花を添えてくれた。ミーナやローナ、ナンシーの年少組も楽しそうに踊りながら笑っている。ここいらは都市城壁の外でありほぼ見知った者が暮らしているから苦情も来ないだろう。もし来たとしても食糧などを分けてあげると大体わかってくれる。
宴会が盛り上がってきたところで、オリバーが僕に話しかけてきた。
「それにしても俺も見てみたかったぜ、シュタインって奴が裸になって笑われているのをさ」
「裸になったのはシュタイン伯爵じゃなくて、その部下の衛兵達だっつーの」
「そうなのか、つまんねぇの。でもレイラの姉御が欲しいとかマジで命知らずだな」
「うんうん」
「あなた達、それはどういう意味ですか?」
突然背後にレイラの声が聞こえて、オリバー達は慌てて謝った。
「うへぇすんません!」
アマンダは言わんこっちゃないという顔をして笑っている。宴会が落ち着いてきたところで、僕は改めてダンジョンでの魔石の入手方法について考え始めた。
「ロンネルのダンジョンで魔石を手に入れても、規則で手放さなければいけないか。これからどうしたもんかな」
するとオリバーが提案してきた。
「ポーチの収納に入れちまえばバレないんじゃないか?」
僕はそれを断固として否定する。
「それは企業倫理にもとる行いで紳士的ではないよ。悪法もまた法なのだから、守らなければいけない。きっとなにか他に良い方法があるはずだ」
「かーっ紳士様はまじめだねぇ」
「仮にも企業の代表だからね、先の先を考えると舐められたり付け入られる隙は少ない方が良いのさ」
そう言いつつも、僕は内心でアンサーに助けを求めた。
『だからアンサー、なにか良い方法はないかな?』
『すぐ私に頼るのは感心しませんね』
案の定アンサーからは色よい返事がもらえなかった。ちなみに現在は「魔石を求めて」というクエストが進行中だそうだ。
それでもアンサー曰く、せっかくなので広く意見を聞いてみればどうですかと言うので、集まったみんなに魔石やダンジョンの情報を聞いてみることにした。
「みんな、魔石を手に入れる良い方法はないかな?」
すると様々な意見が飛び交った。
「町の外に出るモンスターを地道に倒していくのはどうだ?」
「A&Aの新商品を売って魔石を購入するってのもありじゃないか?」
「魔石と引き換えに商品を交換するのもいいかも」
それなりにみんな真剣に考えてくれているのでちょっと感激していると、オリバーに言われた。
「俺達の運命は、そのままお前にかかってるんだから当たり前だろ」
ふと気が付くと、みながじっと僕を見つめている。肩にずしりと重い責任を感じながらも僕は不敵に笑った。
「ある歴史家曰く、名君が生きる時代に共に生きていた者は幸福だそうだが、君達が体験するのはそれ以上のものだ。有史以来考えられないような刺激的でやりがいのある人生を約束しようじゃないか。超紳士の名に懸けて」
オリバーが、またアルのビッグマウスが出たよと笑っている。そんな時飲んだくれのガスコインが、隅の方で丸くなって項垂れている男にも話を聞いてみろと言ったので、その通りにしてみることにした。
「やあ、楽しんでるかい? 僕はここの責任者のアルだけど、見ない顔だね、いつ来たんだい?」
「……俺のことは放っておいてくれないか」
これにはすかさずガスコインが嚙みついた。
「おいおいそれはねぇだろ、お前はズタボロの状態でここに来て水を飲ませてもらい食うものも寝るところも世話になってるはずだ。見たところ貴族だったくせに礼も言えないのかよ」
普段不真面目な奴が良いこと言うとかっこいいという謎の法則があるが、ガスコインがその意味でジャイアンに見えて仕方ない。てかお前は酒の量を控えろ。今日何杯目だそのスコッチ。
その男ははっとした顔をして立ち上がり、じっと僕の目を見て胸に手を置いて謝罪の言葉を口にした。
「すまなかった。故郷を失ってから卑屈になり、最低限の礼節すら忘れてしまっていたようだ。俺はナイジェル・ピアーズ・コルバーンだ。ほんの二か月前までパースの自領で領主の次男坊として暮らしていたんだが、突然ダンジョンから出てきたモンスターによって一夜にしてパースの町は陥落してしまった。両親も兄ももういないし領地を失ってしまい、残されたものはなにもないんだ。生き残ったのは自分だけ、こんなことになるなら俺もあの時あの場所で死んでしまいたかった」
泣き出すナイジェルに少し同情したのか、ガスコインが安酒を分けてやっている。いいとこあるじゃん。しかしパースか……前世でも聞いたことがあるような。もしかして。
「な、なぁナイジェル。君の領地ってさ、温泉があるんじゃないか?」
「あぁよく知ってるな、その通りだ。昔ローマン帝国に支配されていた頃に掘られて湧き出した源泉がある」
「まだ出てるんだろ?」
「それはそうだが、中には入れないぞ。モンスターがいるからな」
「……」
「おっおい、どうしたんだ?」
「グレートスコット! みんな喜べ! 温泉だぞ温泉! うひょーーーー!」
ここで言うパースとはイギリスでのバースのことだろう。バースは古くから温泉が出る観光地として有名だった。よしよし、これで異世界でも温泉に入れるぞ! 温泉地巡りが好きだった僕にとってこんなに嬉しいことはない!
「ナイジェル、もう領主の一族は君しか残っていないと言っていたな?」
「ああそうだ」
「じゃあもし僕達がパースの街を開放したら、ダンジョンと温泉の利権をくれないか? もちろん独占しようってんじゃないから安心してくれ、公正でお互いに理のある取引をしようじゃないか!」
「あ、あぁ、それはいいんだが……でも無理だと思うぞ」
「なんでだよ」
「今パースの中心街に居座るのはたった一体のモンスターだ。だがそいつは恐ろしい強さで強欲だ。先祖代々蓄えた財宝を少しでも持ち出そうとするなら、焼け付く炎で全てを消し炭にしてしまうんだ」
「じゃあそのモンスターって言うのは……」
「ああーードラゴンさ」
この瞬間、僕の頭の中であの音が響いた。
『追加クエスト パースを開放せよ! が発生しました』
人はパンのみにて生きるにあらず
人々は物質的な衣食住の目的だけで生きているのではなく、精神的な満足感を得られてこそ充実した人生を送ることができるというキリストの垂訓。




