40 アイス
それから数日間は穏やかに過ぎて行った。体調が戻ってからは付近を整地してアパートを建てたり、にわかに増えてきた人々に対して住居や衣服を仮支給したりと大忙しだった。
制服を与えるのはやはり契約を交わした従業員に限るが、それ以外の人達を見捨てるのも紳士としてはできない。人道的支援には二つあると言われている。
それは前世地球で言うところのキリスト教の精神的隣人愛に基づいた施しをチャリティと言い、フィランソロピーは主に企業における優れた個人への選択的寄付や慈善事業、地域社会へのボランティア活動などの社会貢献活動だ。
似たようなものにメセナがあり、これは文化・芸術活動を支援するという意味があるそうだ。現代では企業や政府による文化擁護を意味しいるが、古代ローマ帝国で文化擁護政策を行なった政治家マエケナスの名にちなんでおり、歴史的にはメディチ家による作家の庇護を指すが、現在では主に企業による芸術文化支援活動に対して使われるそうだ。今のところはちょっとそれどころじゃない感じなんだが、一段落したらこの辺りの活動もしていきたいと考えている。人はパンのみにて生きるにあらずだからね。
そんなことを考えながら過ごしていると、煙突掃除のアマンダの弟であるジョナスが、なにか言いたげにこちらをちらちら見ているのに気が付いた。
「おおどうしたジョナス、なにか話があるのか?」
「……あの、そのええと」
「ん? なんだ言ってみてごらん」
「その……あの時言っていたアイスって、どうなったのかなって」
「……あっ!」
ヤバいすっかり忘れていた。クエストでも発生していたが、最近では数が増えたので緊急で重要なもの以外はすっかり見落としていた。アイスってどうやって作るんだっけ、教えてアンサー!
『はいマスター、簡単に作るには牛乳と砂糖があれば可能です。大きめのフライパンか鍋に牛乳と砂糖を入れて中火にかけ、木べらなどでかき混ぜながら内容物を煮詰めます。湯気が出てきたら沸騰する前に弱火にし、全体を混ぜながらさらに煮詰めます。はちみつを使う場合は煮詰めた後に加えます。
容器に移した後はしばらく置いて粗熱をとり、冷めたら冷凍して三~五時間冷やし固めて完成となります』
「ほーんそうか、煮詰めるのや冷蔵は問題ないとして、砂糖は在庫があるからあとは牛乳か。買いに行かなきゃ売ってないんだよな」
「アル様、なにを当たり前なことを言っているのですか? その年にしてボケましたか?」
「失礼な。レイラ、ちょっと町中まで牛乳買ってくるよ」
「ではお供します」
「すぐそこまでなのに過保護だなー」
「アル様はここ最近で何回死にかけたと思っているんですか?」
「それを言われると辛い。みんなーちょっと牛乳買いに行ってきまーす」
「「はーい!」」
集まっている人達に説明をしていざ町の市場へと繰り出す。と言ってもそれほど離れてはいない。どやどやと出かけて行って、早速牛乳売りのおっさんと牛乳缶を見たので買おうとするが、アンサーから待ったがかかった。
『マスター、それを購入するのはやめた方が良いでしょう』
「なんでさ」
『内容物に相当量の混ぜ物がなされているようです、それに牛乳そのものの鮮度が良くありません。ありていに言いますと病原菌が繁殖して腐っています』
「なんだって……」
「おうなんだ小僧、お使いか?」
「あ、いえ違います」
「チッ、冷やかしかよ」
悪態をつかれてそそくさとその場を離れた。その後市場にいる牛乳売り業者をしれっと道すがらアンサーに鑑定してもらったのだが、現状はどこも似たようなものだった。混ぜ物は水で薄めるならまだ良心的で、でんぷんやチョークといったものもかさ増しのために混入されていた。
これが困るのは一人の悪徳業者の所業ではなく、ほぼ全ての業者がやっていることだ。おそらく衛生意識のない環境だから、畜舎の様子も推して知るべしだろう。この世界のこの時代でもミルクは体に良いとされているけど、へたしたら健康に気を使って飲んだミルクで死ぬ人がいたんじゃないかな。
一般的家庭にあるティーカップに直接熱湯を注ぐとすぐに割れることから、一度ミルクを入れてから紅茶を注ぐなどのミルクティーが流行っているらしいし、チーズやバターといった加工食品は料理には欠かせないものになっている。
自然とここロンネルでもミルク自体の価値と需要が多くなっているし、ミルク自体が古くから万能栄養食だという神話めいたものがあるのは確かだ。
それでも人々が農村に暮らしていた時代だったら自分達で作るか村の顔見知りから買っていたから、まだこんなことにはなっていなかっただろう、だが産業革命期を迎えて粗悪品が出回っているようだ。そしてなにより問題なのが。
『地球の産業革命期と同様に、ここでも乳幼児に与えるのが牛乳が基本となっているようです』
「……それじゃあなにかい? 高すぎる乳幼児の死因率の一つが、牛乳だって訳かい?」
『例えばマルバフジバカマという草を食べた牛のミルクを飲んだ人はミルク病という病気にかかります。かのリンカーンの母親もこれで命を落としています。しかしモンスター被害と魔法産業の発展により、母親は労働力として駆り出され、ホルモンバランスを崩して母乳による育児は無理でしょう。汚染されていたとしても牛乳を使わざるをえません』
「グレートスコット! なんだそれは! 救いはないんか!」
『粉ミルクを使えばあるいは』
「おお!」
『しかし一般的に牛乳で割って使うことを奨励されています』
「それじゃあ意味ないやないかい!」
『なければ作ればいいのですよ』
「安全な粉ミルクをかい?」
『そうです。ですが汚染された水で割っても意味がありません』
「じゃあ家庭用浄水器的なのも作って安く売ろう、こうなったら採算度外視だ! はぁ……せっかく手に入ったはずの金が飛んでいくな」
一人で百面相をしている理由をレイラに聞かれて理由を話すと、よくよく損をするのがお好きですねと呆れて言われてしまったがしょうがない。紳士はつらいぜ。
その後は僕のアイテムボックスを信用して比較的良さそうな牛乳缶を購入し、LVアップで進化したアイテムボックス内で殺菌して異物を分離した後に仲間内だけでアイスクリームを作って振る舞い、今後の新しい事業計画を話した。粉ミルク製造部門と浄水機部門を作るぞー! おー!
グレート・スコット!(Great Scott!)は、驚きや落胆を表現する英語の感嘆詞だそうで、日本語には「なんたることだ!」や「まさか!」みたいに使うそうです。シャーロック・ホームズ映画でのワトソン博士の台詞やバック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズのドクなどが劇中で使っています。




