4 いざテムス川
さぁやってまいりましたテムス川。あたりを見渡せば工場から煙突の煙がもうもうと出ており、排水溝からはファビュラスでレインボーな汚水がだくだくと本流に流れ込んでいます! そして目と鼻を突き刺す刺激臭! どうですかみなさん! これが大都会の醍醐味ですよ! ってマジでしゃれになっとりゃせんのだが。
なんとかレイラを説き伏せて見送った後でやって来たテムス川だけど、予想以上に汚くて座っているだけでいろんな意味で苦しい。面白がって途中までついてきたミーナもテンションがダダ下がってしまい、今はフェルと一緒に恨めし気な顔をして川から離れて見守ってくれている。なんかごめん。
僕は適当な布切れを収納インベントリから取り出すとまず口と鼻を覆い、ギャングの様になった。これで少しはましになる、今度防臭マスク的なものでも作っておこう。そして次に家で作っておいた自信作を取り出すと軽く竿先をしならせた。
そうなのだ、僕は釣竿を作ったのだ。
素材はその辺のゴミの寄せ集めなんだけど、ちゃんとリールもついてるし、僕のクラフトには派生スキルとしてエンチャントができるようになっている。今のところ一つの付与しか成功していないけど、付ける効果はもちろん頑丈だ。
耐久値を上げればそれだけ糸が切られなくなるし、一つだけ付けるならばこれ一択だろう。釣り方は餌釣りにするか迷ったけどルアーに決めた。耐久値を上げれば手返し良く量が釣れると思ったからだ。
普通釣りにおいては魚を上げる時に網でもって引き上げるんだけど、材料的にも制作不能なのでかかったら一気に抜き上げるしかない。これをすればロッドが折れたり糸が切れたりするらしいけど、そこは頑丈のエンチャントを信じるしかない。まぁ最悪壊れても気軽に修理できるし気楽だ。さっそく釣りを始めよう。
「てい!」
自分なりの渾身の力で振るったロッドは山なりにルアーを飛ばしてチャポンと泡立つテムス川に着水した。本当ならマメにしゃくったりアクションしながらキャストを繰り返すのがルアーフィッシングだけれど、こちとら健康優良虚弱体質児なので、早速地べたに座り込む。たまにスラムの住人連中がこんなドブ川でなにやってんだとさげすむような目で見てくるのが悲しい。ははは、ハロー。
しかし水面に糸を出していると、次第に子供の頃祖父に連れられて釣りに出かけた記憶が思い出される。そしてじいちゃんはイギリスで書かれた釣りの聖書とも呼ばれる釣魚大全のことを教えてくれた。
子供の頃だったから内容はあんまり覚えてないが、楽しそうに話してくれた祖父の面影を思い出してふと頬がゆるんだ。異世界があるんだからあの世だってあってもおかしくない。願わくば彼が楽しく釣りをする日々が送れますように。
そんなことを地獄のような川べりで思いながら過ごしていると、なにやら竿に反応があった。もしやと思いぐいっと引っ張ると、グン! と勢いよく竿先がしなる。
「おお! これは良い手ごたえ!」
「にゃっ⁉」
「バウワウ!」
必死に竿を立てて抵抗するが、敵もさるものでなかなか近づいてこない。それでも額に汗をかきながら十分位粘った頃だろうか、ようやく抵抗の勢いが弱まって川べりへと近づいてきた。僕は川の中に落ちないように踏ん張りながらも気合を入れて魚影をぶっこ抜かんと全力を傾けた。
「どっせい!」
「にゃー!」
きらきらとシャボン玉のように光る汚水を巻き上げて護岸の上にあがってきたそれは、アンサーによるとモンスター化したポイズンパイクらしい。当然毒を有しておりそのままでは食べられないが、小さいながらも腹の中に魔石があり、しめれば経験値が得られるとのこと。
早速インベントリから包丁を取り出して構えるが、このパイク、体色が緑がかっており目と歯が剝き出しでえらい怖い。てかキモい。僕がちょっと引いているとアンサーから嫌味を言われた。
『モンスターとはいえ抵抗できない魚になにをしり込みしているのですか? ジェントルマンが聞いて呆れますね』
むむむ、にゃにおー!
「べべべ、別にビビってねーし! できらぁ! そい!」
気合を入れてエラに包丁を差し入れ、一気に腹までさばいて小さな魔石を手に入れると、僕はそれを誇らしくミーナとフェルに掲げた。
「とったどー!」
「アルくちゃい! 来ないで!」
「ガルゥゥ!」
えっ、なにそれ。頑張ったのにひどくない?
名前:頑丈な釣竿*
効果:頑丈
価値: ☆☆
クラフトスキルにより作成された釣竿。簡素な作りながらリールやウキ、重りなど必要最低限な機能を有しており、頑丈のエンチャントがかかっているために普通なら行えない引き抜きなどが容易に行える。釣れるかどうかは使用者の技量によるだろう。
名前:粗末で頑丈なルアー*
効果:頑丈
価値: ☆
クラフトスキルにより作成された青いルアー。小魚を模しており、ゆるくリールを巻くだけでぎこちなく泳いでくれる。良い出来とは言い難いが、スレてない漁場ならば反応する魚もあるだろう。
「釣魚大全」
釣魚大全は、1653年にイギリスの伝記作家アイザック・ウォルトンによって書かれた釣りの手引書です。
釣りの技術的な解説だけでなく、自然の美しさや釣り人の倫理、道徳についても論じています。
イギリスの古典文学として高く評価されており、出版以来500年以上も読み継がれているベストセラーです。
イギリスのみならず、世界中の釣り人に影響を与え、フライフィッシングの技術の発展にも貢献しました。
自然保護の思想を広めるきっかけにもなりました。
釣りは詩とどこか似ていて、人はそれをするように生まれつく。――『釣魚大全』