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38 癒しの奇跡




「なんじゃこれは! あれはアル坊なのか⁉」


「おっとご老体、詮索は後にしていただきたい。今はみなの避難を」


「ぬう心得た! 騎士は前に出て姫を守れ! 戦えぬ者は下がっておれ!」


「はっ!」


 変身した僕は魔人と化した庭師と対峙して拳を構えた。すると奴が奇声を上げながら獰猛な爪をふるってきたので機敏に反応し、バックステップしてその攻撃をかわす。魔人の爪は空を切り裂いて外れ、体勢を崩す。僕は瞬時に反撃に転じ、勢いよく踏み込んで相手の胴体にワンツーパンチの縦拳を決めた。


「ぐふうっ!」


 僕は再び間合いを取り、姿勢良くぐるぐると左右の拳を回して威嚇する。これが古き良きイギリスの拳闘スタイルだ。シャーロックホームズもテレビドラマ版で確かこうしていたはず。


 地球でのボクシングの記述は古代からあり、紀元前四千年ごろの古代エジプトの象形文字から軍隊で使われていたことが解明されており、クレタ島では紀元前三千年ごろのエーゲ文明遺跡からも、ボクシングが描かれた壺が発見されているそうだ。


 その後は古代オリンピックの競技になりパンクラチオンにも発展し、やがてイギリスの神父がボクシングと名付けたという。


 今日見られるボクシングの始祖となったのは千七百十八年にボクシングアカデミーを設立したジェームズ・フィグであったが、当時教えられていたのは蹴りや投げ、締め技や武器術も含まれたものだったようだ。


 その後順調に発展してルールが厳正化し、世界的に人気になるまでに至っている。


 僕がしているのは喧嘩の延長であり真似事に過ぎないが、変身した体から放たれるスピード感のある打撃は十分に通用するし、周囲の目を驚かせた。うん、やはり紳士としては勝つとしても優雅に勝たねばね。


「きっ、貴様! なんだその力は!」


「この混迷するロンネルにあって使命を貫くために示現したのがこの姿、超紳士スーパージェントルマン グレートアーサーだ! 悪いことは言わない、今すぐ投降したまえ」


「なにを生意気な!」


「どうやらご理解いただけないらしい」


 ふうと肩をすくめると続けざまに爪を振るってきたので、これも難なくかわしてカウンター気味にジャブを放つ。そうしていくとみるみるうちに相手の顔が腫れてきた。


 モンスター化して強靭な力を手に入れたとはいえ、相手は戦闘の素人な訳で、こちらの優勢は揺るがない。それというのもこの超紳士モードというのは僕とアンサーの合体みたいなもので、人間を超えたフィジカルを得ると共にアンサーの知識や頭脳に導かれて高度な戦闘を行うことができるのだ。ちょうどそれはリングで戦うボクサーと指示を出すセコンドが一緒になったような状態だ。


 ビル戦ではありえないような感覚と体験に戸惑っていたけれど、ようやく少し使いこなせるようになってきた。


 ほどよく相手の体力を削ったところでフイニッシュだ。僕はかがみながら大きく踏み込んで腰から拳を振るう。そう、紳士の拳はーー


「右ストレートだ!」


「ぐわあああ!」


 ドガァンとおよそ人を殴った音ではない爆音を轟かせて魔人を壁際まで叩きつけると、奴はずり落ちてうなだれた。これは勝負あったな。そう思った時、遠巻きに見ていた者が口を滑らせた。


「や、やったか⁉」


「おい君、それは言ってはいけない台詞……」


 姫様付き騎士の一人がお約束を口走ったので注意しようとすると、はたして敵はゆっくりと起き上がって薄ら笑った。


「なんということだ、こんなガキに計画が邪魔されるとは……だが結末は変わらない! 生まれ変わる祖国に栄光あれ!」


『魔力の暴走を確認! マスターいけません! 奴は自爆するつもりです!』


「なんだって⁉」


 そう言うが早いか、僕は身をかがめて魔人に完璧なタックルをかました。これもイギリス発祥のスポーツだが、ラグビーフットボールでもタックルが重要とされている。


 僕は相手もろともお屋敷の壁を吹き飛ばし、中庭に躍り出たところで庭師は魔力を解き放って爆発した。僕は防御を意識してAPを操作したけれど、至近距離で凄まじい爆裂の衝撃が全身を襲い、吹き飛ばされてしまう。


 敵は文字通り爆発四散したが僕は変身が強制解除されてしまい、中庭の一角にボロ雑巾のように横たわるしかできなかった。そこに一番にやって来てくれたのは、やはりレイラだ。


「アル様! ご無事ですか!」


「……」


 意識はあるけれど混濁していて反応ができない。でもレイラは僕に触れることでアンサーと情報を交換しているようだ。


 やがて爺さん始めお屋敷の面々がやって来て僕を助け起こそうとするが、レイラが止めた。なんでも全身打撲であらゆる箇所が骨折しているため下手には動かせないらしい。幸い各種バッジを用意しているのでこのまま寝ていればじきに動けるようにはなるはず。


「アル坊大丈夫か! おいセバス、ポーションがあるじゃろ! 持って来い!」


「し、しかしあれはお嬢様にもしもの時があった時用の物なので……」


「なんだと貴様!」


「およしなさいブライアン、問題ありません。私が癒しましょう」


「なっ! ひっ、姫様!」


「なりません!」


「彼は身を挺して私達を守ってくれました、その勇気と献身に報いねば貴族としての名折れです。当家の当主として命令します、下がりなさい」


「……ははっ!」


 フィオナ様は車椅子からぎこちなく立ち上がり、ゆっくり歩いて僕の近くにしゃがみこんだ。自分で立って歩いていることに家臣団から感嘆の声が漏れる。


 レイラは警戒したが、アンサーに諭されたのか大人しく距離を取った。そして僕の上に手がかざされると、青白い光が全身を包んで凄く安らかな気分になった。薄れゆく意識の中で僕は確信した。


 これが聖職者や限られた一部の者しか使えないと言われる希少技能、回復魔法かと。




未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん

孔子

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