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30 煙突掃除の少女



 倒れた子供を介抱しているとやがて意識が戻った。魔法の衛生マットに乗せて奇麗にしてあげようと言った者もいたがあれは僅かだが使用者の魔力を使うので、止めの一撃になりかねない場面では注意が必要だ。その子が何事かを呟いているので耳を近づけて聞いてみると、どこかへ早く行かなきゃいけないらしい。僕は諭した。


「早く行かなきゃって、君は今倒れたんだぞ。どこへ行ってなにをしようっていうんだ、今の君に必要なのは安静だ!」


「でも行かないと……」


「可哀想に、煙突掃除人見習いか。ここロンネルでも最悪の職業の一つだな」


「あっあんたは! ……飲んだくれのおっさん!」


「ガスコインさんと呼べ」


 いきなり話に入ってきたこのおっさんはガスコインという自称元海軍のおっさんで、右足の膝から下が無くなっているいわゆる傷病軍人だ。満足に動けないことから傷病年金を貰って生活しているが、それを主に酒の購入費に充てているため、こうして朝飯をたかりに来ているケチなおっさんだ。だがボサボサな頭と伸ばし放題な髭を整えたら結構な男前だと思うし、博識なことから意外と階級は高かったのかも知れない胡散臭いおっさんだ。


「こいつのような子供は多くの場合、孤児や貧しい家庭の者が安い金で見習いとして働かされ、クソみたいな条件下で危険な労働を強いられている。そいつらは狭くて暗い煙突を登り、煤や灰で満たされた空間で働くことにより、健康を害し、時には命を落とすこともあるが警察も捜査が面倒だからなにかあっても当然のように事故死で片付けられている。煙突掃除人見習いは親方掃除人によって訓練され、煙突内部でよじ登る技術を身につけさせられているが、この仕事は非常に危険で、煙突内で挟まれたり、窒息したり、火傷を負ったりするリスクが高い。また煤には病気の元になるなにかがあるため、長期間にわたる曝露は健康に深刻な影響を及ぼすそうだ。だから仕事を辞めても長生きはできない。過去には子供が煙突掃除に従事することを禁じる法律が制定されたが、モンスターのスタンピードやらなんやらでうやむやになってしまい、結局見過ごされているケースがほとんどだ」


 おっさんの言う煤における病気の元とは発がん性物質のことだろう。初夏でもロンネルの夜は寒くなることも多いので暖炉は上流階級の生活に欠かせない。だから必然的に煙突掃除の仕事もなくならないのだ。子供は小さいからこそ煙突の中に入っていけるんだが、世間を知らないので親方である煙突掃除人にいいように使われている状況らしい。彼らは俗にクライミングボーイとも呼ばれている。


「むーアルくっつきすぎ! その子女の子だよ!」


「え、マジか!」


 ミーナに言われて慌ててレイラと代わると、例のドドンドンドドンが脳内に聞こえて視界の端に文字が出た。タイトルは煙突掃除の少女。こーれはあれですわ、クエストですわ。


「離して、あたしが行かないと、弟が代わりに働かされるんだ! あの子はまだ小さくて体も弱いから、あたしが行かないと!」


「よしわかった、僕達も同行しよう! ハンナさん、オリバー、あとよろしく!」


「ええわかったわ!」


「あんま無茶すんなよ!」


「さぁ、それは相手の出方次第だね」


 ニヒルに呟いた僕はミーナが置いていくなと言う声を尻目にダッシュで家を出た。煙突掃除の少女、アマンダには回復系のバッジを付けてレイラに背負ってもらっているが、それでもなお彼女は僕が走るより早い。横にはフェルもいて、走る彼女を見た人がぎょっとして道を開けてくれるから助かっている。


 アマンダの指示のもと走り続けてやがて高級住宅地に入って一軒の住宅に辿り着いた。外にいると男の苛立った声が聞こえてきた。


「遅い! なにやってるんだ!」


「なにか問題があったんザマスの?」


「いえマダム、煙突掃除は万事このブリスデン一の掃除人、ガムフィールドにお任せください! おいお前、暖炉に薪をくべて火を点けるんだ、そうすればいくらノロマでも慌てて掃除するだろう」


「しかしそんなことをして万が一があれば……」


「いいからやれ! お前達のようなロクデナシを引き取って今まで育ててやった恩を忘れたのか!」


 アマンダが間違いないと言うので僕達が邸宅内に押し入った時には掃除人と三人の子供達、依頼主と思われる夫人にメイドが二人が室内にいた。アマンダが首を振って確認するも弟の姿はないようだ。


「ガムフィールドさん! 弟は! ジョナスはどこですか!」


「あ~ん? お前アマンダか? どこ行ってたんだこのボケが! お前が遅いせいで仕事が滞ってんだよ! 見ろ! お前の代わりに弟を煙突の中にやったが全然終わりやしねぇ! だが安心しな、今暖炉に火を点けた、これでお前の愚図な弟のケツにも文字通り火が付くってもんだ! ガハハハハハ」


「そんな、酷い! 今すぐ火を消してください!」


「アンサー、弟君の位置を特定できるかい?」


『お待ちください……解析できました、情報を視界に共有します。現在少年はおよそ二M付近でタールの層に阻まれて戻ることも進むこともできない状態です。さらに煙が焚かれたことでこのままでは一酸化炭素中毒や窒息でまもなく死に至るでしょう、緊急事態です!』


「OK! ディファレンスドライブ起動! シェイプシフティング、グレートアーサー!」




煙突掃除人

 煙突掃除人は、煙突内に溜まる灰や煤を取り除く職業です。煙突は燃焼に必要な空気を引き込むためにあり、内部には燃焼によって形成されるクレオソートという引火性の物質が蓄積します。これが火災の原因となることもあるため、定期的な煙突掃除が必要です。

 イギリスでは、煙突掃除人は徒弟制度の下で働いており、親方掃除人が孤児やワークハウスの少年を見習いとして雇い、煙突内で登る訓練をさせていました。これらの少年は「クライミング・ボーイ」と呼ばれ、イタリアやベルギー、フランスでも見られましたが、ドイツでは用いられませんでした。

 産業革命による都市人口の増加とともに、煙突掃除人の需要も増えました。新しい建物の煙突は以前より高く、狭く設計されており、煙突掃除は非常に危険で低賃金の職業でした。1803年には最初の機械式掃除機が発明されましたが、その導入には抵抗がありました。イギリスでは1875年に、アメリカでは20世紀に入ってから、煙突掃除人の労働条件に関する規制が設けられました。

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