3 今できること
腹が減ったらなんとやらというけれど、食料自給問題は深刻だ。というか問題はそれだけじゃない。
衛生問題、児童労働問題、階級格差や差別、人種問題、犯罪問題、公害問題。とまぁ地球でもあった諸問題に加えて異世界ならではのモンスター生息問題、ダンジョン問題など課題のオンパレードだ。頭が痛い。
『マスター、それ以前に重要な懸案事項が。あなたはこの世界の平均年齢に比べても虚弱体質であると言えます。早急に対策が必要だと進言いたします』
「あ~でもその対策ってあれでしょ? RPGで言うモンスター倒してLV上げってやつでしょ? そら僕もそうしたいけどでもな~」
ちらっとレイラを見る。
「却下です。アル様はすぐ熱を出すので外出は許可できません。ましてやダンジョンなどもってのほかです」
恐ろしいほど無表情に彼女が応える。正論なので反論しずらい。この世界ではモンスターを倒していけば内蔵魔力が増えてフィジカルが強くなるのは常識だそうだ。ただ一般的にLVそのものの表記という便利なものは無い。
僕のスキルのクラフトはかなり万能で、そこら辺のゴミなんかを回収してはアンサーが示してくれる制作可能リストを選んで後は魔力を消費して待つだけであら不思議、便利な道具が3Dプリンターよろしく出来上がる。
わらしべ長者のタイムアタックができそうな超能力だが、実際のところかなり燃費が悪い。前に木のテーブルと椅子を作ったところ、高熱を出してしまった。体内魔力は十分なんだけどそれの原因は例の半分こにあるらしい。
日本で半分になった方の僕は寝たきりになったそうだけど、こっちに来た僕も負けず劣らず虚弱児に育ってしまった。まだ大きな病気にかかってないだけないだけましとは思うけど大分ヤバい。自助の精神を発揮するどころじゃなくなっている。
自助論に出てくる成功者達も若い時は貧困にあえいでおり、夕食を抜いて本を買って読み、ベッドにもぐりこんでいたらしいが今の僕がそれを真似すると高確率で死ぬ。マジで死ぬ。
ここブリスデンのロンネルは完璧な階級社会であり格差社会だが、良い物を作れば売れはするだろう。だが体力がなくて量が作れない。
ロンネル郊外にあるダンジョンに入るには国際機関の冒険者ギルドに所属する必要があるが、唯一満足に働けるレイラは利用できない。なぜならば彼女は純粋な人間ではないからだ。
冒険者ギルドは登録の時に鑑定されるのだが、そこで彼女の素性がバレるとまずい。レイラは古代文明の遺産である人造人間であり、これが国の上層部に知られると必ず接収されるだろう。
だから彼女は人も棲まない荒野へ一人出かけて行って、遭遇したゴブリンやウルフといった下級モンスターをしばいて魔石を取り出し、稼いでもらっている。これが主な現在の我が家の収入源だ。
一人だけだと都合が悪かろうと思い以前つよつよワンコことフェルの同行を勧めてみたものの、そもそも彼女らは仲が悪いし、僕のことが心配だからと納得しなかった。
だから僕の日常でできることと言えば、フェルに見守られながら付近を掃除したり、家の修理や改築を少しずつ進めたり、近場でゴミを拾ったりしかできてない。こんなんじゃあとても憧れのチート無双生活とはほど遠い。
ちなみにレイラとフェルには僕が異世界転生人であることは話してある。秘密にしてもしょうがないし、アンサーに至っては地球にいた頃の記憶で僕が忘れたことまで知っている。ほんとお前は何者やねん。
「ねぇねぇアルぅ~」
「どったの子猫ちゃん」
「ミーナね、お魚さんが食べたいの」
「お魚かぁ……」
「ただでさえ食い扶持を減らす居候がなにを言っているんですか、私が川にぶち込んであげますからあなたが魚の餌になりなさい」
「こらこらにゃんこをいじめないの」
「ふしゃー!」
ミーナが髪を逆立ててシャーシャーやってるが、まるで怖くない。かわいいだけだ。そしておそらくジョークだとは思うけど、レイラならマジで実行しかねないという恐ろしさがある。
「この辺で川と言えばテムス川だけど、あの川はなぁ」
産業革命時イギリスのテムズ川は相当汚かったようで、年中異臭を漂わせていたらしい。原因がなんでもポイポイ川に投げ入れていたからだそうで、自分達のせいで汚れていたのに、ポセイドンの神に早く汚物を流してほしいと日々願っていたそうな。
この世界ではテムス川となっているが、現状は似たようなものだ。近づくとひどい匂いがして夏も近いし地獄だ。行政も解決しようと思っているらしいが、それを阻んでいるのが水棲モンスター問題だ。
普通の動植物でも年月が経つと道具が妖怪になる付喪神よろしく魔性を帯びてモンスター化するものが出てくる。ゴブリンは最初からまじりっけなしのモンスターらしいが、進化してなるものもあるらしい。異世界の不思議だ。
要するにテムス川にいるのは毒に強くモンスター進化した魚達であり、凶暴な上に当然有毒なわけだ。食えもしないので捕っても大してうまみがない。毒は集めればギルドに売れるかもしれないが、そんなことをするより普通にダンジョンに赴く方が効率がいい。かくしてテムス川の掃除はギルドでも希望する者は存在せず、犯罪者や奴隷が危険を冒しながらしぶしぶ行っているのが現状だ。
そんな嫌な環境進化をした魚を捕ってもねぇ。
「いいではないですか。そのまま調理してこの野良猫に食わせれば」
「ふしゃー! ミーナは野良猫じゃないにゃ!」
「こらこら煽らないの」
『……しかしマスター、これは妙案かも知れません』
「と言うと?」
『魔魚を釣れればなりは小さくとも彼らもモンスターです。討伐すればマスターの中に経験値がたまります。さらに小さくはあるでしょうが魔石もあるはずですし、マスターのスキルを使えば毒を無効化できるはずです』
「ええ! それ本当に?」
『はい、処理できる量は少ないでしょうが、マスターの成長と共に無毒な魚身を量産できるはずです』
「おおー素晴らしい! やったね! 食糧が増えるよ!」
「グルゥ?」
小躍りして喜ぶ僕をフェルがなにやってんだコイツという風に見るが、ボロ屋でテンションあげあげな僕は気にしない。後でしっかり護衛してもらわないといけないので入念にもふっておこう。ほれほれ。
「クゥン」
「なにかまたよからぬことを思いついたようですね」
それから冷めた目で見るレイラを必死に説得して、僕は準備に取り掛かった。異世界の釣りバカに、俺はなる!
徳は知である
ソクラテス