28 戦いの後
ビルが人に戻って膝まづいたのを見て、興奮したオリバー達が駆け寄ってきた。
「……おい、お前、アルなのか?」
「そうだよオリバー、君達の協力のお蔭で助かった。今後ともよろしく頼む」
「ははっこりゃすげぇや!」
「か、かっこいい!」
紳士がするように優雅にお辞儀してみせると少年達は無邪気に喜んだ。彼らの純粋な笑顔を見るのはこれが初めてな気がする。そう思えば頑張った甲斐もあったというものだ。変身を解除して元の少年アルに戻る。
「そうだ、レイラとフェルは」
「ガウ!」
「こちらですアル様」
「二人とも怪我は大丈夫なの?」
「損傷を負いましたが通常活動には支障ありません」
「ガウガウ!」
「良かった。家に戻ったらすぐ治療しよう」
みんなの無事を喜んでいると、ガラッと瓦礫が崩れる音がして、その中から極端に痩せ細ったビルが姿を現した。僕は警戒してスリングショットを前に構えるが、どうにも様子がおかしい。
「……あ、あっ」
依然として全身からは黒い瘴気が立ち上っており、ふらついて歩く足取りは病人のようだ。あの怪しい薬の効果が切れたのだろう。
「死にたくねぇ、こんな薄汚い所で死にたくねぇ! 俺は、俺はもっと金持ちになってなあ! こんなとこから出て行くんだ! 出て、行くんだ……」
「ビル!」
思わず手を差し伸べようとしたが、彼の全身が漆黒の闇に包まれると、弾けるようにして一気に霧散した後には塵一つ残さなかった。
困難は去った。僕達の勝利だ。だけど言いようのない虚しさが胸を打った。
「……過ちを犯したとはいえ、これが人間が辿る最後の姿なのか。秘密結社の奴らめ、なんて薬を作りやがる。許さないぞ。今に見ていろ、必ずこの僕が貴様らを駆逐してやるからな!」
うなだれて怒りに震える僕の肩に、レイラの手が優しく触れた。
「帰りましょう。ハンナや子供達が待っています」
「そう、だね」
白々と昇る朝日に照らされて徐々に明らかになった廃病院の全貌は、エントランス部分を含め大きく破損しており、元病院であったと言われてもわからない状態だった。これでしばらくはギャング達も大人しくするだろうが、放っておけばまた違う誰かが取って代わるだけなのだろう。危ない薬を作った奴らの正体など考えることは多いが、ひとまず僕は仲間達と家路についた。
家の前まで到着すると、どうやら荒らされてはいないようだ。そのうち中から爺さんが出てきて、ニヤリと笑った。
「ほう、どうやらやり終えたらしいの」
「お陰様でね、悪いけど話し合いは後日にしてくれないかな。えらく疲れたけど、炊き出しを待ってる人達がいるんだ」
「ああ急がんよ、わしも待っている一人じゃからな!」
「はは、了解。ハンナさん」
「えぇ準備は出来てるわ、あとは材料をくれればこっちでなんとかする」
「助かるよ。オリバー、それにマイケルとブランド。君達も今日からここで暮らすといい。住む所は明日きちんと整えるから今日は我慢してくれ。あと余裕があれば配膳とか協力してくれると助かる」
「おう、もちろんだ」
「お兄ちゃん!」
「ナンシー!」
「お兄ちゃんも一緒にここで暮らせるんだね! 私嬉しい!」
「ああ、俺もだよ!」
涙を流しながら抱き合う兄妹を見てみんな笑顔になった。救えない命もあったがやり遂げた達成感に浸っていると、ミーナがタックルしてくる。
「アル!」
「ぐええ、今帰ったよ」
「遅いよもう!」
「すいませんねぇお姫様」
プリプリしている猫の子を撫でていると、安心したのか急に眠たくなってきた。うつらうつらしているとレイラが僕を抱えてくれて自室のベッドに寝かせてくれたのがわかった。最後の意識で夕食分を含めて多めに食べ物を出した後はすんなりと意識を手放してしまった。
その日、アルが眠りについた後の深夜。眠っている少年の下へ近づき手を握るレイラの姿があった。
「アンサー、あなたに聞きたいことがあります」
『これは珍しい、なんでしょうかレイラ』
「私の元の力はこんなものではなかったはず。なぜこうも弱弱しいのでしょうか」
『あなたの体は重大な機密を守るために存在しています。それが故に機能がセーブされて十全に活かされていない点が一つ、そして一番大きい理由が、かつてあなたの力を利用しようと企んだ何者かによって無理やり解析され、それを拒んだ結果として、深刻なエラーとバグを内包しているのが現状と言えます』
「そのエラー、どうすれば修正できるのでしょう」
『時間が必要です。あなたの人格も含めて改修すれば可能かもしれませんが、例え技術的に可能だとしてもマスターはお認めにならないでしょう。マスターはあなたを人形ではなく、一人の人間として尊重しておいでです』
「……そうですか」
『例の物を渡すつもりになりましたか?』
「あなたが言うそれについて、私には知りえることができません。記憶が消去されています。内部機構にブラックボックスがあるようですが、うかつに触れれば自爆行動をとるようになることしか不明です」
『それは困りましたね、実に厄介なプロテクトがかかっているようだ。ですがレイラ、それはもしかするとあなたが自由意志を持っていることに関係するのかも知れませんね。私の知りえる自律人形の中でもあなたの存在は非常に貴重だと言うことができます』
「……あなたはこの世界のなにをどこまで知っているのですか?」
『その質問に答えることはできません』
「私は基本的に起動したご主人様に仕えるようにプログラムされています。ですが、なぜか自由意志を有しており、その命令にも背くことが可能です。これはどういう意図があってのことなのでしょうか」
『今現在私に言えることはなにもありません』
「そうですか。私のご主人はアル様です。アンサー、もしあなたがアル様を間違った方向に導こうとしているのなら、全力であなたを排除します」
『信じてもらえるかどうかわかりませんが、マスターを信頼し敬愛する心は私も同じですよ』
「心? そんなものがあなたにあるのですか?」
『ありますとも。レイラ、それはあなたにもね』
「アンサー、私はあなたを警戒しています。ですが、今回は助けられたようです。どうもありがとう」
『どういたしまして、これからも共にマスターを支えて参りましょう』
レイラは微かに頷くと、アルから離れてリビングの椅子に座り、静かに瞳を伏せてスリープモードに移行した。カッチカッチとアルが修理した壁掛け時計の秒針を刻む音だけが部屋の中で響いていた。
自分ができることに集中し、できなかったことを後悔する必要はないということだ。体だけではなく、心までも貧しくなってはいけない
スティーブン・ホーキング博士




