22 彼らの暮らし
「あー食った食った。腹いっぱい食べたのはいつ以来かな」
「ほんとほんと、水もうまかった!」
「これやるよ、買ってきたけれどもういらないし」
「はは、ありがとう」
僕はブランドからミートパイを受け取ると、瞬時にアンサーに確認した。アンサー……これってさ。
『はいマスター、このミートパイの肉は腐った豚肉が使われております。重篤な食中毒を起こすことはありませんが、お腹を下す可能性は高いかと』
ですよねー! なんかそんな予感したんですよねー! 僕は感謝を述べてから笑顔でそれをそっとインベントリにぶち込んだ。
前世の中世でも肉は貴重品だったけれど保存技術もモラルも低かったので、腐ったものを温めて平気で出していたそうだ。それで当時の人曰く、神は肉を送り悪魔は料理人を送り込んでくると言わしめたほどだ。
みんなお腹が落ち着いてハッピーな感じになったので、ここぞとばかりにインタビューを試みる。主に代表してオリバーが答えてくれた。
「それで、お前はなにが知りたいんだ?」
「なんでもだよ。君達の暮らしぶりからなにやら全てだ」
「ふ~ん物好きな奴だな」
「競馬場でのスリを見たけど、見事なものだったね。もうずいぶん慣れてる感じがした」
「俺には器用さが伸びるスキルがあるし下手な奴は捕まるだけだから当たり前だ。最初は刑務所に入れられるだけだけど、何回も捕まれば島送りにされる。そうなればこいつらやナンシーとも離れ離れだ。その辺は十分気を付けているよ」
「へぇ、なるほど。気を悪くしないでほしいけれど、純粋な好奇心で聞きたいんだ。君達に悪いことをしているという自覚はあるのかい?」
そう言うと彼らは顔を見合わせて言った。
「いや、そういうのはないな。お前は?」
「最初はあったかもだけど、今は別に? って感じ」
「まぁそうだな、俺から言わせれば大人連中はズルをしているってことだ。魔法科学がなんだか知らねぇが大人がみんな良いものを独り占めにしているんだ。そのせいで俺達みたいなのがひどい目にあっている。だからそんな奴らが財布を失っても可哀想だなんて思わないね」
「そうだな」
「うん」
「長生きしたいとも思わないし、できるとも思ってないが、今日をやり過ごせば明日もなんとかなるかなってさ、まぁそんなとこだよ」
彼らの告白を聞いて、僕は複雑な心境になった。そうだった、そもそもが親から人の物を奪ってはなりませんという教育を受けていないことに加えて、そうしなければ生きていけない環境で自己正当化するしかない状況。毎日のルーティーンで心が動かなくなっているのが本音なのだろう。スリをしていていけないと思うのは収監されるからという点だけに絞られるのは、彼らの置かれている立場を如実に表していると言える。
ここで僕がスリはいけないことだと糾弾しても、なんら心に響かないだろう。昔ある人がもし動物と話ができたとしても本質的にわかりあえないだろう、みたいなことを言っていたが、今僕が置かれている状況がまさにそんな感じだ。現代で高等教育を施された僕と彼らの間には深くて広い隔たりがある。それは紛れもない事実だ。
環境を変えるしかない。その上で最低限の教育とモラルを与えるしかない。そうしなければ彼らの行きつく先は良くて島送り、悪ければ誰にも顧みられない死だ。
割と心にダメージを負ってしまったがなんともないふりをして、この先の用事を聞くと、案の定ビルに稼いだ金を上納しに行くという。僕も一緒に行きたいと言ったが叶わなかった。
「なあアル。お前はよくわからない奴だが良い奴だ。だから言っておくがビルに関わるのだけはやめておけ。奴の気まぐれで何人も死んだし俺達だって明日どうなるかもわからねぇんだ。それにナンシーのこともある。もし俺になにかあればあいつのことを頼みたい。一生面倒見てやってくれとは言わないが、せめて自分で食って稼げるくらいまで気にかけてやってくれないか? もう俺の家族はあいつっきゃいないんだ。都合のいい話なんだけどさ、頼むよ」
「……あぁわかったよ、任せてほしい」
夕方になってきたところで僕はオリバー達と別れた。帰り道いろんなことを考えた。これは祖父からの教えなんだけれど、善と悪は比較されて始めて成り立つ概念だ。見る人が変われば立場も変わり、いわゆる絶対善や悪は理論の中でしか存在しない。戦争する当事者同士はお互いの正義のために戦っているのだ。
そしてためらいもなく人の財布を盗む彼らにしてみても親愛の情はあり、仲間や家族を大切にしている。人間の根本的部分が腐っている訳ではない。環境を変えるにしてももっと多くの人を巻き込んで一過性の援助ではなく大きな仕組みを作らなければならないだろう。
児童労働の禁止、義務教育、健康で文化的な生活。
日本にいた頃には考えもしなかった制度がこんなにも大切なものだったなんて気が付かなかった。おそらくは前世の世界でも多くの犠牲を出してようやくなしえた進化であったことだろう。
遠い世界の先人の偉業と犠牲を思いつつ、僕は夕闇に染まるロンネルの街から出て家路を歩いた。振り返るともうもうと立ち込める工場の黒煙がやたらと美しく見えたのが、なんだか癪に障った。
君が何か外的な理由で苦しむとすれば君を悩ますのはそのこと自体ではなくて、それに関する君の判断なのだ
エピクテトス ストア派哲学者




