20 オリバーとナンシー
「どこだナンシー! どこにいる!」
息まいた少年達が三人で僕らの庭に怒鳴り込んで入ってきた。特に前に出ている一人がえらく興奮してるようだが、朝の炊き出しの邪魔にしかなってない。やれやれ、これは僕が行かないとだな。
後のことをハンナさんに任せて僕は堂々と暴れる少年達の前に進み出る。
「やぁごきげんよう。僕がここの責任者のアルフォンスだ、なにか用かな?」
「責任者だと? お前のようなガキが?」
「ガキは君もだろう? ようこそ我が家へ、歓迎しよう。僕は救いを求めるのなら例えそれが君達のようなならず者でも拒まないよ」
「ふざけるな! どういうつもりだ! お前達がナンシーを連れ去ったのはわかってるんだぞ!」
「連れ去ったんじゃない、道端で倒れていたのを保護したんだ。彼女はしばらくうちで面倒を見るつもりだよ」
「はぁ⁉ なんでだよ!」
「なんでもなにも、フラッシュハウスなんかに置いておけないからだ。彼女からなにも聞いてないのか?」
「え、なっ……なに?」
「やめてよお兄ちゃん! ここで騒ぎを起こさないで!」
「おおナンシー! 無事なのか? さぁねぐらに帰るぞ」
「……嫌! あたし帰らない!」
「なにぃ! じゃあ俺達といるよりここの方が良いって言うのかよ!」
ナンシーが部屋の奥から出て来たことで一時の混乱は解消したが、帰宅を拒んだことで兄は狼狽えているようだ。
「なぁ君……お兄ちゃんよ」
「オリバーだ、気持ち悪いからお兄ちゃんて呼ぶな」
「じゃあオリバー、気が付いているのか? 君らが街でスリに繰り出している時にフラッシュハウスでナンシーがどういう扱いを受けているのか」
「え?」
わかっていないようなので僕がナンシーにそっとお願いすると、彼女はおずおずとチュニックをたくし上げ、虐待された跡を見せてくれた。それを見てオリバー達三人は驚愕するが、瞬時に怒りへと変わる。
「なんだこれ! どうして……いつからだ! 言え、誰にやられたんだ! そいつをぶっ殺してやる!」
「落ち着けオリバー。フラッシュハウスにいるのは大体酔っ払いとヤク中共だ、問い詰めても知らぬ存ぜぬ覚えてないでしらを切られるぞ。それにスリが警察に訴える訳にもいくまい。仮に犯人を殺せば君が捕まるぞ。判決はギャング同士の仲間割れで片付けられて死刑だろうな」
「そんな、バカな」
「それにだ、彼女は性的な虐待も受けている。幸い深刻なものではないが、このままではそのうち父親の分からない子供を出産する羽目になるぞ」
「う、嘘だ! だってまだナンシーは四歳だぞ⁉」
「バカだねえオリバー、君はじつにバカだね」
「二度もバカって言いやがった!」
「いいか、フラッシュハウスにはラりってる奴とそいつを食い物にしようとする奴、犯罪者しかいないんだぞ。奴らにとっては突っ込めればなんでもいいんだよ」
うげぇと苦虫を嚙みつぶしたような顔をする三人組だったが、オリバーはそれでも僕を不審そうに勘繰る。
「だ、だけどよ、そう言うお前はなんなんだよ。見ず知らずの子供を預かってなんの得があんだってんだ。なにか企んでんじゃねぇか?」
「ふっ、ゲスの勘繰りはやめたまえ! このアルフォンス・アーサーこそは才気煥発な紳士にして下院議員ウィリアム様と友誼を結ぶ新進気鋭の事業家なのだ! そして領地を失ったとはいえ僕は貴族の出だ! 多くを持たされて産まれた者は多くを施さねばならない! つまり貴人として慈善と救済を己が責務とするがために窮民の支援活動を行っているのだ! 見損なうな!」
「おっ……おぅ」
我ながらかっこよく決まったと思ったんだが、いまいち子供達には伝わらなかったようだ。周りを見渡してみたが、集まっている人々もぽかんとしている。フェルはあくびをして寝そべり、ミーナは干し肉をもっちゃもっちゃしてフェルに乗っかっている。レイラに至っては無視だ。アンサーだけが脳内で喝采をあげてくれている。
「おほん! まぁしばらくナンシーはこちらで預かるので心配しなくて大丈夫。もちろん人買いに売り飛ばしたり救貧院に送ったりなんて真似はしない。あそこの酷さはよく聞いているからね。救貧院に収容されている人の生活は自分で稼いでいる貧乏人のそれよりもいいものであってはならないそうじゃないか、最悪だ。できる範囲のことは手伝ってもらうが、ここいらの中でも最も快適な生活を約束しようじゃないか。我がアルフォンスの名にかけて」
「お兄ちゃん、あたしは大丈夫。ハンナさんやローナちゃんもいるから。お兄ちゃんの側にいないのは寂しいけれど、あそこにはもう戻りたくないの」
「ナンシー……」
震えながら涙目で告白する妹の証言になにも言えなくなったオリバーは、後は頼むと言って背を向けた。
「ちょっと待った、できれば君達もここで暮らさないか? 僕の事業はまだ立ち上げたばかりでね、人手が足りないんだ」
僕の言葉が意外だったのか、しばらく三人は戸惑って考えを巡らせていたが、オリバーがあきらめたように呟いた。
「そいつは無理だ、俺達はビルから逃げられねぇ。おい、行くぞ」
「ビル? ビルって誰だ? おい、オリバー!」
オリバーがビルの名前を口に出したところから周囲の空気が変わった。いつもは食べ終わってもだらだらしている人達も、足早に出かけていくしハンナさんの顔も険しい。こりゃあ厄介そうだな。




