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17 ハンナとローナ




 子供らとやいやいやってると、さすがにうるさかったのかハンナさんが起きた。


「ローナ……ここは? あなた達は」


「どうもハンナさん、僕はアルです。このにゃんこはミーナで、あっちのもふもふがフェル。もう一人メイドのレイラがいるんだけど今は買い出しに行ってもらってます。ここは僕達の家なんで、心配しなくて大丈夫ですよ。知り合いの見立てでは栄養失調と過労からの発熱だと聞いています。ゆっくり休んでください。そうだ、ポリッジを作ったんですが食べますか?」


「え? あ、あたしに?」


「お母さん、アルが作ってくれたご飯、すっごく美味しいよ!」


「そーなのにゃ」


「こらミーナ、鍋から直に食うんじゃない、お行儀が悪いぞ。さぁこれをどうぞ」


 僕は取り皿に多めのポリッジをすくって木の匙と共に渡すと、ハンナさんは青い顔で申し訳なさそうに

口を付けた。


「……これは、美味しい! ほんとに美味しいわ!」


 最初は恐る恐るだったけど、次第に火が付いたようにポリッジをかきこみだした。さっきまでは衰弱したか弱い女性のイメージだったけど、今は肉食獣のようにむさぼっており、尻尾がブンブン揺れている。


「おかわりもあるんで、よかったらどうぞ」


「あ、ありがとう!」


 喜んで食べ続けるハンナさんだったが、お腹も落ち着いてきたところで次第に身の上話を聞かせてくれた。


 奴隷移民二世のハンナさんは最初は旦那さんがいて一緒に暮らしていたが、過酷な労働の末に亡くなって以来、女手一つでローナを育ててきたそうだ。そして特に職能力がない彼女ができる仕事といえば娼婦しかなかった。


 娼婦は前世でも人類史上最古の職業の職業と呼ばれており、売春婦とも呼ばれている。


 アンサーによると街角で客待ちをする娼婦を街娼、公的に認められた娼婦を、公娼、認められていない娼婦を私娼と言い、ハンナさんの場合は街娼であり私娼のようだ。


 地球の世界各国の軍隊では兵士による強姦事件や性病、機密漏洩の防止のために売春婦を多数雇い入れるケースもあったとか。


 あのおばさんには言わなかったが、ハンナさんには梅毒の初期症状がある。そして当然のようにアヘンによる薬害もだ。獣人はフィジカルに優れている人種だが、免疫力が弱り発熱してしまったのはこの辺の弊害もあってのことだろう。

 

 話を聞いているうちに安心したのかローナちゃんがおねむになってきたのでふかふかにした藁を出してあげると、フェルとミーナも一緒に寝転んだ。シーツを被せてあげて話の続きを聞く。

 

 今朝方体調を崩していたのは、どうやら行為をするだけして金払いを渋った客に追いすがったところ、何度も殴られて具合が悪くなったらしい。僕のクラフトアイテムのおかげですっかり腫れは引いているものの、クズだなそいつは。そう思っていると、ハンナさんがさめざめと泣き始めた。


「私はいいの、学がないし器用でもないし他にできることが思いつかないから。でもローナにはこんなみじめな思いをしてほしくない。でもこのままじゃあの子も確実に私のようになってしまうわ、それがどうしようもなく辛いの……」


 僕の腹の中に重いものがズシンと降りてくる感じがした。チートじみたスキルや魔法がある世界だけど、そこで生活している人達は切実な困難に直面している。これをどう考えていけばいいのか。僕になにができるのか。


「ごめんなさいね、初めて会ったばかりなのに取り乱しちゃって。忘れてちょうだい。助けてくれてありがとう、そろそろ帰らなきゃ」


 泣き笑いの腫れた顔でそう言うハンナさんは立ち上がろうとしたので、僕は思わず手で静止した。ふと視線を感じて後ろを振り向くとフェルとミーナが強い意志を秘めた目で僕を見ていた。僕は息を飲みこんで軽く頷くと、改めてハンナさんに向き直って口を開いた。


「実はですね、僕は最近事業を始めようと思ってまして、人手が足りなかったところなんですよ。そこでどうでしょう、ハンナさんさえ良ければうちで働きませんか? その、僕はこう見えても小金持ちだし若くて才能もある。自分で言うのもなんですが将来有望だ。満足とはいかないかも知れないけど給金も出しますし、隣のあばら家にちょっと手を入れればすぐ住めるようになりますよ。ハンナさんが家にいればきっとローナも喜ぶし……いかがですか?」


 前世でビジネスマンとして交渉は何度もしてきたけれど、人間の生き死ににダイレクトに関与するのは初めての経験だ。前世の会社対会社のやり取りならばなにかあっても会社や社会、法律や国が間に入ってくれることもある。だがここはほぼ無法地帯の異世界だ。未だ自分の足元もおぼつかないのにまた余計な荷物を背負いこんでなにをやっているのかとレイラに言われそうだけど、僕は僕の選択に後悔はしない。


「本当に、私なんかでいいの? 文字もたいして読めないのに」


「ええ、二人でミーナの面倒を見てくれるだけでも助かりますよ。その他のことはおいおい覚えてくれれば」


「にゃー」


 後ろの方で話のダシに使うなというにゃんこの抗議が聞こえたが気にしない。


「でもまず今日は体を休めてください。ここは安全ですから心配いりませんよ、もう少し眠ると良い」


「はい、ありがとう」


 ハンナさんとローナが寝たので僕は隣のあばら家を快適に住めるように改築した。クラフトのLVが上がってるからか母屋よりも立派になっている気がしないでもないが、まぁいいだろう。そうこうしていたらレイラが帰って来て案の定小言を言われたが、以外にもすんなり受け入れてくれた。なんでもあの二人を招き入れた時点でこうなることは予測できていたらしい。お世話様です。


 この日は他にゴミの引き渡しにちびっこが数人来ただけで穏やかに終わった。早速効果が出ているようでうれしいな。人様の人生を背負って生きていくのはちょっと苦しいけど、これから頑張っていこうと思う。


『マスター、前世の格言にこうあります。紳士たるもの人間一人の人生にとらわれるべきではないが、一人の人間も救えないようでは話にもならないと。ぜひ参考にしてください』


「ありがとうアンサー、これからもよろしくね」


 アンサーのわかるようなわからんようなありがたい忠告を賜って、僕はこれからのことを考えながら眠りについた。




誰かのために生きることにのみ、生きる価値がある

アインシュタイン

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