14 国民病
地面に無造作に転がっている瓶はアヘンチンキだ。ヨーロッパではアヘンをアルコールに混ぜて接種するのが一般的だったらしい。
産業革命当時のイギリスでアヘンは有害性と依存性が早くから知られていた割に規制に時間がかかってしまったが、これは休みなく日に十四時間も工場で過酷な労働環境で働かされていたせいだろう。要は麻薬でも使用しないと日々の生活が辛すぎてやっていられないのだ。
アヘンは使用すると僅かばかりの多幸感が得られるが、常用すると慢性中毒を引き起こし、精神的にも身体的にも依存から抜け出せなくなってしまう。末期になれば幻覚症状が出て精神が錯乱し、自分を含む人間を攻撃したり事件性も増してくる。
産業革命時のイギリスでは王侯貴族から中流階級、貧民に至るまで、全国民が使用していたそうだ。アヘン戦争のことを知った時には、貿易赤字を解消するためにアヘンを売りたいがために戦争ふっかけるとはどんな外道だと思っていたけれど、驚くことに当時の政府も世論もそれほど悪いものだとは思ってなかったようだ。脱力して大人しくなるアヘン中毒者に比べ、アルコール中毒者の方が暴れるので有害とされていたほどだ。ちなみに清国はアヘンを煙草のように喫煙したためより症状が酷くなり、大量の中毒者を出したそうだ。
全部が全部ではないが、この国は十九世紀前後のイギリスによく似ている。しかし上から下までアヘン漬けなところまで似なくてよかったんじゃなかろうか。この世界ではモンスターの脅威がある分、恐怖をまぎらわせるため冒険者にも必要とされているのが頭が痛い。
そして子供達における影響だが、ほぼ全ての家庭が共働きなので昼間はベビーシッターに預けるようだ。それはいいのだが、そのシッターさんも大勢の子供を大人しくさせるためにアヘンを甘いシロップに混ぜて与えており、両親が家に帰ればゆっくり寝るためにまたアヘンシロップを与えるのだそうだ。アヘンには空腹感を紛らわせる効果もあることから食糧難の需要にもマッチしている。ここらにいるボケーっとしている子供達もみなその被害者という訳だ。
貧困や児童労働、衛生環境などの他に、麻薬問題にまで取り組まないといかんのか。これは辛い。
広場に突っ立って逡巡していると、ちらりとこちらをレイラが見た。僕はぐっと歯を噛みしめると、笑顔で周囲に話しかけた。
「やぁみなさん、ごきげんよう! 今日は実に良い天気ですね!」
……しーん、返事がない。でもくじけないぞ!
「僕は少し先に住んでいるアルフォンスと言います、気軽にアルと呼んでください。今日こちらに伺ったのは他でもない、みなさんに耳寄りな提案を持ってきたのですよ」
僕の声を聴いて、より注目が集まってきた。恐れることなく胸を張って話し続ける。
「この度僕は新たに事業を起こすことにしました。ゴミを回収し僕の特別なスキルで新たなアイテムを創造するリサイクル事業です。ゴミを集めて手の空いている時に僕の所まで持ってきてもらえれば質と量に応じて買い取りますよ!」
僕が懐から一ペニー硬貨を取り出すと、ちょっと辺りがざわざわとしだした。そこに畳みかける。
「さぁ協力してくれる人はいないかな? そこら辺に落ちている所有者のないゴミを拾ってくれればいいんだ。誰でもどうぞ!」
手にした硬貨を見てはいるけれど、みんな胡散臭がって誰も近づいてこないな。それもそうだろう、僕はここに住み着いている連れてこられた獣人系の奴隷労働者じゃないし、スラムの住民に知り合いなんていない。急に現れて信用しろと言う方が無理だろう。
「ヘイヘイヘイ! どうしたボーイズ&ガールズ! 落ちてるゴミを拾ってくるだけでいいんだぜ! 今なら先着三十名にこのイカしたカプセル錠型のピンバッジもあげよう! このチャンスを見逃すな! ドンミスイット!」
僕が手を叩いて煽りだすと、周囲の食いつきもよくなった。弁舌とコミュニケーションが重きをなすのはここブリスデンでも共通だ。
僕がノリノリで聴衆を煽っていると、そっと落ちていたアヘン瓶を持って前に出てきた女の子がいた。どこかで見た子だと思ったけど、あのサメと戦った時に助けた子だ。
「やぁ君。また会ったね、元気だったかい?」
「うん、あたしローナっていうの。ゴミってこれでいいの?」
「もちろんさローナ! さぁ約束の一ペニーとピンバッジだ、これはお守りだからいつも付けているといいよ」
そう言って僕はローナの胸元にバッジを付けてあげた。
「それと、これはプレゼントだ」
「わぁ! ありがとう! 大切にする!」
瞬時にクラフトしてガラスのバラを作り腰を折って丁寧に差し出すと、パッと彼女の顔に花が咲いたように笑った。年頃の少女らしい笑顔だ。
それからはおずおずとゴミを持ち寄る子供達が現れて時折大人も交じり、今日のところはお開きとなった。
僕は彼ら彼女らの痩せた体やこびりつく濃厚な死の匂いに気が付いていたが、努めて明るく振舞い、用事が済むと再訪を誓って速足に立ち去った。そうしないとどうにかなってしまいそうだったから。
帰り道でしまいには走り出してしまい、レイラもアンサーも黙って同行してくれた。頬を流れる涙が止まらない。こんなに感情が高ぶるのは故郷を失ったあの日以来だった。
「クソが! なんてことだ! あの子達がなにをしたってんだよ! 大人はなにをしている! この国は……この世界は腐ってやがる!」
穏やかな夜に身を任せるな
老いても怒りを燃やせ 終わりゆく日に
怒れ 怒れ 消えゆく光に
ディラン・トマス




