頼りになる男
予想外の出来事に、思わず私まで足を滑らせそうになってしまった。
襲撃者の頭上に振って来て抑え込んだのは、クレマンさんだった。
何とか着地して駆け寄ると、彼は既に襲撃者を縛り上げていた。
「クレマンさん!」
駆け寄って、落ちていた短剣を拾い上げる。
「よぉ、一発目の銃声が聞こえた時から様子は伺ってたが、流石だな、ステラ」
「いえ、クレマンさんこそ、相変わらずですね」
私の言葉に、彼は得意げに笑った。
「……ステラ? クレマン、彼女はレティアではないのか?」
何気なく紡がれたクレマンさんの言葉を耳聡く聞き取ったアルフォンス殿下が眉を寄せる。
「え、ああ、えっと……ハハハ」
笑って誤魔化そうとしたクレマンさんだが、殿下は目を細めるだけで不審そうな顔のまま。
と、私はここで、縛られている男から先程屋根の上で感じた匂いがしない事に気が付いた。
「クレマンさん! この男、最初の襲撃者じゃない! 他にもう一人いる!」
「何だとっ!」
辺りを素早く見渡す。しかし、他に襲撃者は見当たらない。
「……一発目で失敗した時点で逃げたか……」
クレマンさんは舌打ちして、捕らえた男の首を掴んだ。
「襲撃は何人だ?」
「答える訳な……」
「ああ、答えなくても良いぞ。答えるか死ぬか、どっちが早いかってだけの話だ」
冷徹な、低く淡々とした声色に、男は小さく喉を鳴らした。
「……セザール!」
クレマンさんの呼びかけに、先程ムルシエラゴの拠点にいた青年が窓から顔を出したかと思うと、さっと軽い身のこなしで飛び降りてきた。
「襲撃があった。場所が割れている可能性があるから拠点を移せ。俺は殿下の護衛として城まで送り届けてくるから、後を頼む。こいつは襲撃者の一人だ。丁重に話を聞いてやれ。くれぐれも殺すなよ。失血に気を付けろ。お前はいつもやり過ぎるからな」
「わかりました!」
やり取りを聞いていて、クレマンさんは相変わらずだな、とぼんやりと思った。
「丁重に」という単語を妙に強調した事で、セザールという青年が拷問をいつもやり過ぎるという事を傍で聞いている襲撃者に印象付け、精神的な畏怖を植え付けたのだ。
これだけで、既に襲撃者の頭の中はこれから行われるであろう拷問のことで一杯だ。
畏怖と恐怖で震えあがったところを、身体的攻撃による苦痛で追い詰め、必要な情報を吐かせる。
そう、既に拷問は始まっているのだ。
青褪めている襲撃者を見ると、効果は抜群のようだ。
先程の襲撃と言い、逃げ遅れた未熟さと言い、この男はプロの暗殺者ではない。
この程度の腕前で襲撃して来た事を考えると、ほぼ初めてだろう。
捕縛された後の挙動を見る限り、依頼人に心酔して襲撃したというよりは、金のために受けた仕事をしくじった、といったところだろうと思われる。
その方が都合が良い。
依頼人に心酔していると、どんな拷問を受けても口を開かない可能性が高いが、金のために襲撃しただけであれば、拷問に耐えかねてあっさり口を割る者が多いのだ。
「さあ、参りましょうか、殿下」
クレマンさんは殿下の馬の手綱を取り歩き出そうとする。
私の事をステラだと認識している彼は、私が現在レティア・フリートウッド公爵令嬢だという事を失念しているようで、無意識にムルシエラゴの一員として護衛要員に数えてしまっているのか、私に馬を挟んで反対側を歩かせようとした。
その様子を見ていた殿下が、眉を寄せながら彼を制する。
「クレマン、お前、ムルシエラゴの元隊長のくせに、これほど嘘が下手でどうする」
その言葉に、クレマンさんははっとした後、言葉を呑み込む。
「彼女が本当にレティア公爵令嬢でであるなら、監視対象としてお前の反対側を歩かせるのは不自然極まりない……そもそも、先程の身のこなし、公爵令嬢ではありえん。答えろ、彼女は何者だ?」
「レティア・フリートウッド公爵令嬢である事は間違いありません……」
答えたクレマンさんが、迷うように視線を落とす。
彼とて、第二王子相手に嘘を吐く事は出来ないだろう。
「……クレマンさん、誤魔化しは通用しないと思います。正直に話しましょう」
彼の立場を慮ってそう告げると、殿下が意外そうに眉を上げて私を見た。
「但し、此処ではお話しできません。できれば、誰にも聞かれる恐れのない場所でお願いします。念のため先に申し上げておきますが、私は誓ってガヤルド王国の敵ではありません」
「……わかった。ひとまず城へ行こう。襲撃されたばかりで、町中では危険だからな」
殿下がそう頷いてくれたので、ひとまず城へ向かう事になった。
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