ガヤルド王国の第二王子
私はクレマンさんの案内で、ムルシエラゴの現在の拠点にやって来た。
前世の私が在籍していた時は町はずれの教会だったが、今は王城から程近い食堂の二階の部屋を使っているとの事だ。
来る道すがら、今の私の立場も話した。
彼は、今の私のレティア・フリートウッドという名前を聞いて、顔を引き攣らせていた。勿論、左手で額を押さえて。
「あれから、諜報員も随分入れ替わりがあってな。お前がいた頃とはだいぶ顔ぶれも変わっているが……アランは現役だぞ」
「ああ、そういえば、アランならデュランゴ侯爵邸で見かけました」
「そうか。アランからは何も報告が上がってないが……アイツ、相変わらず大事なところで抜けているからなぁ……」
クレマンさんが溜め息を吐く。
アランがここぞというところでヘマをするのは、昔から変わっていないらしい。
「クレマン! 何処をほっつき歩いて……」
食堂の奥の階段を上がった時、廊下の向こうから突然声を掛けられて驚く。
そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪に深い緑の瞳の青年。
直接顔を見たのは初めてだが、絵姿で見た事がある。
ガヤルド王国の第二王子、アルフォンス・オン・ガヤルドだ。
「……誰だ? 初めて見る顔だが?」
アルフォンス殿下は私を見て首を傾げる。
当然だ。レティアとしてガヤルド王国に来るのは初めてだし、そもそもガヤルド王国の王子と冷戦相手であるテスタロッサ王国の公爵令嬢が相見える機会などあるはずもないのだ。
「アルフォンス殿下、こちら……ええと」
名を教えて良いのかと、クレマンさんが私を見る。
私は頷いて、アルフォンス殿下に向けて一礼した。
「レティア・フリートウッドと申します。テスタロッサ王国フリートウッド公爵の長女にございます」
下手な嘘は後に自分の首を絞めると判断し、私は正直に名乗った。
殿下は目を瞠る。
「テスタロッサの公爵令嬢、だと? どうして此処に? クレマンが捕らえたのか?」
「いえ、その……彼女は我々にとっては協力者です。有益な情報をもたらしてくれました」
「協力者? その情報とは?」
「国王陛下の生誕祭の夜会で、スティード殿下の暗殺が計画されているとの事です」
その言葉に、殿下は眉を顰めた。
「それは本当か?」
「はい。テスタロッサのデュランゴ侯爵がそのための武器を用意しているとの事です。他にも、シルバラード公爵、アスペン公爵が絡んでいる模様です」
「……そうか」
彼は何か試案するように頷いた。
私は、第二王子である殿下が何故此処にいるのかという疑問を目でクレマンさんに訴えてみた。
私の意図を正確に汲み取ってくれたクレマンさんは、殿下には聞こえないように私に耳打ちする。
「現在、アルフォンス殿下がムルシエラゴの隊長なんだ。俺ももう歳だしな。俺は教育係として新人の育成に注力しているんだ」
それは少々驚きだ。
クレマンさんの前線引退はともかくとして、まさか王子がムルシエラゴの隊長に就任するとは。
ムルシエラゴは国王直属とはいえ、諜報機関だ。
王子という究極に目立つ人種がトップに立つのはあまり良くないのではないだろうか。
「お前が言いたい事はわかる。だが、この国でも一番目立つのは国王陛下、次いで第一王子のスティード殿下だ。アルフォンス殿下は、正直丁度良い隠れ蓑なんだよ。それをわかってて、殿下はご自分からムルシエラゴの隊長になると仰ったんだ」
「おいクレマン。何をコソコソ……俺の悪口か?」
不満そうに顔を顰めるアルフォンス殿下に、クレマンさんは苦笑する。
「そんなまさか。殿下の悪口だなんて……殿下はこう見えてチューリップの花が大好きだって教えてただけですよ」
「なっ! クレマン、何余計な事を……!」
真っ赤になる殿下。どうやらチューリップ好きは本当らしい。
ガヤルドでは毎年春になるとチューリップが咲く。ピンク、白、黄色と様々あるが、最も多いのは赤色だ。
そう、燃えるような、殿下の髪と同じ色。
「ああ、殿下の髪と同じ赤色が綺麗ですものね」
何気なく言ったその一言に、殿下はぎょっとしたように私を見た。
どうやら、チューリップが好きな理由はそれらしい。
「……そ、そんな事より、お前の話を聞かせろ」
一度わざとらしく咳払いをして、殿下は奥の部屋へ私を促した。
私は頷いて、その部屋に入った。
中には男が二人と女が一人いた。全員二十歳前後の若者だ。
部屋には中央にテーブルが一つ、椅子が六脚置かれている。窓にはカーテンが掛かり、部屋は薄暗い。
「殿下、クレマンさん、その女は?」
「情報提供者だ」
クレマンさんがそう答え、私を椅子に座らせる。
促されるがまま、私はステラの生まれ変わりという事は伏せて、テスタロッサで得た情報を全て話した。
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