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ガヤルド王国

 アランと鉢合わせたのは計算外だが、有用な情報は得た。


 ガヤルド王国で十日後に開催される国王の生誕祭、その夜会で、スティード第一王子の命が狙われる。


 絶対に阻止しなければならない。


 戦争で飢える人間なんて、ただの一人だっていちゃいけないのだ。

 誰もが安心して暮らせる世界にするために。


 そのために私ができる事を考えると、今すぐに出発する必要がある。

 公爵令嬢レティア・フリートウッドとしてここに留まっていては、この暗殺計画は止められない。


 せめて夜会に招待されていれば良かったのだが、冷戦中の敵国の貴族が招待されるはずもない。

 アランも同じタイミングでデュランゴ侯爵邸にいたから、スティード王子暗殺計画を聞いていたかもしれないが、その保証はない。

 もしも彼がデュランゴ侯爵のあの会話の内容を聞けていなかったとしたら、スティード王子暗殺計画をムルシエラゴに知らせる事ができるのは、私しかいない。


 私はしばらく家を空ける事を手紙に残し、最小限の荷物を持って、夜が明ける前に再び家を出た。

 私の愛馬フィローを厩舎からこっそり連れ出す。世話係もこの時間は眠っていて近くにはいない。

 眠っていたフィローだったが、私の様子が普段と違う事を察してくれ、暴れることなく私を乗せてくれた。


 ガヤルド王国ラギニーボルンは、テスタロッサ王国の王都リラーフェから馬車で七日、早馬でも三日は掛かる。

 一刻も早く、ガヤルド王国へ向かい、暗殺計画を阻止しなければならない。


 ガヤルド王国がある南を目指し、フィローを走らせる。

 流石に不眠不休とはいかないので何回か休憩を挟み、ラギニーボルンに到着したのは出発の三日後の朝だった。


 元々人の多い賑やかな町だが、国王の生誕祭を七日後に控えて一際盛り上がっているようだ。

 冷戦中の国であるテスタロッサから来たことが露見しないよう細心の注意を払いながら、私は町の市場を横切った。


 まずは馬を預けられる宿を探さなくては。

 十七年前の記憶のままならば、この先に宿屋があるはずだ。


 果たして記憶の通りだった。

 あの頃と変わらぬ佇まいで、あの頃より少しだけ古びた看板が風に揺れている。


 と、宿屋に入ろうと出入り口に向かった、その時だった。


 突然、背後から手を掴まれた。

 諜報員スパイ時代の癖で常に周りに気を張っている私の背後を取るなど、普通の人間ではあり得ない。


 血の気が引く思いで振り返り、息を呑んだ。


 褐色の髪にくすんだ碧の眼。がっちりしとした体躯で、農作業でもしていそうな服装の男。

 この男を、私は知っている。


「見かけない顔だな。名は?」


 クレマン・バンキッシュ。

 前世で、私をムルシエラゴに引き込んだ当時の隊長だ。

 正確な年齢は知らないが、十七年前で四十歳くらいだったから、今は六十近いはずだ。歳を重ね、威厳も増している。


 私の能力に目をつけ、諜報員スパイとして育ててくれた彼を、私は父のように慕っていた。

 彼は私に、諜報員スパイとしての心構えから、諜報技術の全てを叩き込んでくれた。


 脳裏に過るのは、共に過ごした日々。

 厳しい鍛錬で、血反吐を吐いた事もあった。


 ある夕暮れ時、彼は私に、悲しい笑みを浮かべながら、ムルシエラゴ発足の理由を教えてくれた。

 それを思い出すと同時に、私は口を開いていた。


「……ステラ・カプリスです」


 前世の私が最後に使った偽名。

 この名前は、クレマンさんがつけてくれたものだ。


 名乗った私に、クレマンさんは目を瞠り、その後警戒するように眇める。

 当然の反応だ。


「……ステラ・カプリスだと? その名をどこで?」


 言葉に詰まる。

 つい衝動的に前世の偽名を名乗ってしまったが、この後の事を考えていなかった。

 これは、下手をしたら拷問されてしまう流れだ。


 いかん。いくら何でも、あり得ない失態だ。

 だが、クレマンさんに嘘を吐きたくないという思いが勝ってしまった。


「……話しても信じてもらえないと思いますが、私はステラ・カプリスだった者です。クレマンさん。十七年前、テスタロッサ王国の王城のメイドとして潜入し、シルバラード公爵の長男に正体がバレて自決しましたが、転生して戻って来たんです」


 真正面から本当の事を告げると、彼はあからさまに胡散臭そうな顔をした。


「……私の事は信じてくれなくても良いです。でも、これだけはお伝えしたくて来ました。七日後の国王陛下の生誕祭の夜会で、スティード殿下がガヤルドの過激派から狙われます」


 その言葉に、クレマンが顔色を変える。


「何? それは本当か?」

「はい。テスタロッサ王国のシルバラード公爵、アスペン公爵、デュランゴ侯爵が話しているのを聞きました。更に、デュランゴ侯爵が、遠距離から狙撃できる武器を用意したと……」

「……お前、本当に何者だ?」


 警戒と驚愕が入り混じり、クレマンの声が震えている。


「まさか、本当にステラなのか?」


 左手で額を押さえるクレマンに、私は思わず苦笑した。


「びっくりすると額に左手をやる癖、変わってないんですね」

「っ!」


 彼ははっとして、左手を放し、私と交互に見た。


「私はステラです。さっき言ったことは全て本当です。信じてくれるまで、ステラしか知りえない話をしましょうか?」

「……ならば、ステラの本名と出身地を言ってみろ」

「ルナ・エルカミーノ。出身地はガヤルド南東部の町アルバトです」

「ムルシエラゴに入って最初の任務とその時のメンバーは?」

「ガヤルドとの国境付近の町での調査任務。メンバーはリオン、フレイ、サナンと私の四名」

「一番仲が良かったムルシエラゴのメンバーは?」

「アラン・パトリオット」

「俺の一番の好物は?」

「ビール……と隊員たちには宣言してますが、実は大の甘党で、郊外のカフェのアップルパイがお好きなんですよね。あのお店ってまだ健在ですか?」


 そう答えた瞬間、クレマンは私の両肩を掴んだ。


「本当に、ステラなのか?」

「だからそう言ってるじゃないですか。私だって危険を冒してここまで来てるんですよ。ムルシエラゴの隊長に、わざわざ自分が拷問されかねないような事なんて言いませんよ」


 十七年前、前世の私の記憶にある、クレマンさんとやり取りをしている時の口調そのままに答えると、彼は泣きそうに顔を顰めた。


「……そうか……ステラ、守ってやれなくて、すまなかった……」


 私の肩を掴んだまま、彼は深く頭を下げた。


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