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戦争を企てる者

 去っていったアイズ王子と側近を見送った私は、小さく息を吐いた。


 王子相手に首根っこを掴むという暴挙が許されるのかと内心驚くが、側近のリオノードはアイズ王子の世話係であるマーシャル婦人の息子で兄弟のようにして育ったと聞くので、信頼関係があるのだろう。


「……今日はそろそろお開きにしましょう。


 ローズマリー王女の言葉によって、その日のお茶会は終了した。


 挨拶を済ませてエントランスへ向かって歩いていると、気になる会話が聞こえて足を止めた。


 前世で培った諜報員スパイとしての能力は、今の人生にも引き継がれている。

 耳は特に鍛えたので、周りが静かならば離れたところの人間の会話を拾う事など造作もない。


「―――――では、手筈通りに」

「ああ、ガヤルドの王子を―――――」

「成功すれば、戦争が始まる」


 その言葉に眉を寄せる。


 聞こえた断片情報から察するに、企てていたのは、ガヤルド王国の王子の暗殺といったところだろう。

 声の主も、おそらくだが見当がついている。


「お嬢様? いかがなさいましたか?」


 私の従者であるヴィラーネが怪訝そうに首を傾げる。


「ちょっと立ち眩みが……少し休ませてもらってから帰宅しようかしら」


 適当な事を言ったが、ヴィラーネは私を疑う事なく、近くの使用人を探しに行ってくれた。

 その隙に、会話の主を探してみる。


 と、少し先の部屋から、三人の男達が出て来た。


 全員知っている顔だ。

 先程お茶会で話題にもなっていた武器の輸出入をしているデュランゴ侯爵。

 アイズ王子の婚約者であるダリアの父、アスペン公爵。

 前世の私を追い詰めたルドルフ・シルバラード公爵。


 その面々を見て、先程聞き取った不穏な会話の主である事を確信する。


「……おや? レティア嬢ではございませんか。ごきげんよう」


 アスペン公爵が小さく手を振る。

 一見、あの高飛車女の父と思えないくらい物腰が柔らかく、穏やかな笑みの印象的な紳士だが、実は裏の顔はとんでもなく権力に執着した、あの子にしてあの親ありと思える男だ。


「ごきげんよう、アスペン公爵様」


 なるべく具合が悪く見えるように意識しながら挨拶を返す。


「従者も連れず、どうされたのです? 顔色も良くないようですが」


 ルドルフが訝しそうに首を傾げる。


「ローズマリー王女殿下のお茶会に出席した帰りだったのですが、ちょっと眩暈がしたものですから、城で休ませていただいてから帰宅できないかと、侍女に聞きに行ってもらっているのです」


 ゆっくりと答えると、納得してくれたらしい。


「では私がエスコートを」


 ルドルフが左腕を出す。

 前世での因縁があるので、彼の助けを受けるのは正直嫌だが、彼は私の前世など知るはずもないし、体調が優れないという言い訳を使ってしまった以上、断るのは不自然だ。

 私はそっと彼の腕を取った。


 ルドルフはその場でアスペン公爵とデュランゴ侯爵に別れを告げ、ヴィラーネが使用人を探しに行った方を確認すると、そちらへゆっくりと歩き出した。


 すぐにぱたぱたとヴィラーネが戻って来て、今いる場所から程近い王城の応接間の使用許可を得たとの事なので、そちらへ向かう。

 部屋に着いたところで、ルドルフに向き直って一礼した。


「どうもありがとうございました」

「礼を言われるほどの事ではありませんよ。では」


 彼はにこやかに去っていった。


 体調不良による休息という大義名分を得たので、応接室のソファに腰を下ろし、一つ息を吐く。


 ガヤルド王国王子の暗殺計画を聞いてしまった。

 何としても阻止しなくてはならない。


 ガヤルドの王子は、現在三人。

 正妃の長男である第一王子、スティード・ウル・ガヤルド、二十歳。

 側妃の長男である第二王子、アルフォンス・オン・ガヤルド、十八歳。

 正妃の二男である第三王子、リオネル・ディ・ガヤルド。十五歳。


 ガヤルドでは正妃側妃問わず、生まれ順に王位継承権を与えられる。

 現在の国王には弟がいないため、王位継承権第一位はスディードだ。

 暗殺するのならば、狙われるのはスティードだろう。正妃の長男が死ねば、側妃の子であるアルフォンスが王位継承権第一位となる。

 側妃の息子が王位継承権一位となると、その恩恵にあずかろうとする貴族間でも様々な軋轢を生むことになるし、当然第一王子と第三王子の母である正妃も内心穏やかではいられないだろう。

 王族内、貴族内で権力争いが起きれば、それは少なからず国内の治安に影響を及ぼす。


 国内が混乱すればその分隙を衝きやすくなり、戦争になっても勝つ可能性が高まるというもの。

 彼らはそれを狙っているのだ。


 だから何としてでも、ガヤルドの王子暗殺は阻止しなければならない。


 必要があれば、戦争を企てる連中を暗殺する事も、私なら可能だ。 

 しかし、それでは根本的な解決にはならないし、なるべくなら敵であっても殺したくはないというのが本音だ。


 前世の私は戦場でも諜報員スパイでの仕事でも、たくさんの人を殺めた。しかしそれも、決して自らが望んでそうした訳ではないのだ。

 人の命を奪う事は、できるならばしたくない。戦争回避のために他者の命を奪うという矛盾は、前世でも散々葛藤していた事だ。


 私が目指すのは、庶民の子供でも食べる物に困ることなく、皆が笑っていられる平和な世界。

 その世界の実現のために、諜報員スパイになる事を決意したのだ。

 その気持ちは、転生した今も変わりない。


 極力血を流すことなく、戦争を回避させてみせる。

 私は密かに拳を握り締めた。

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