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終戦

 あの後すぐに荷物を纏め、最小限の人数でリラーフェに向けて出発した。


 結論から言おう。


 疲れた。とにかく疲れた。


 早馬で三日。休憩は最小限。

 アルの予想通り、国境付近の村で、私の父に結婚の申し込みの書簡を届けた使者が返事を持って戻って来たところに鉢合わせた。

 返事は、了承とも拒否とも書かれておらず、とにかく一度会って話したいと書かれていた。当然と言えば当然だろう。


 そうして到着したリラーフェで、すぐにフリートウッド公爵邸に向かい、驚く私の両親に、アルは完璧に結婚の申し込みをした。


 両親は信じ難いものを見るような顔をしていたが、私が必死に説明をしたことで、全てを信じ、最終的に結婚に合意してくれた。

 私の両親は戦争反対派なので、その点も大きかっただろう。


 婚約式の件も、両親は納得してくれたので、私達と共に馬車でガヤルドへ向かってくれる事になり、私達がテスタロッサ王城へ行っている間に支度を整えてくれると言った。


 そして王城に出向き、私の名を告げて、国王陛下への謁見を申し込んだ。

 通常、公爵令嬢の名を出したところで簡単に国王陛下に謁見なんてできないのだけど、こちらにはアルフォンス殿下がいる。


 しかも、アイズ殿下が先日ガヤルド王城に完全武装で乗り込んできたという事実があるため、その抗議にやって来たアルフォンス殿下を追い払うことはできない。


 案の定、最初は事情を知らない門番に怪訝な顔をされたが、中に確認をしにいった者が、大慌てで戻って来て、とても丁寧に城内へ案内してくれる事になった。


 私は公爵令嬢として、国王陛下には何度か会ったことがある。

 それもあり、アルフォンス殿下が持参したガヤルド側からの抗議文について、非常にスムーズに渡すことが叶った。


 更に、一足先に帰還していたリオノードが、アイズ殿下が国王の許可なしに王立騎士団を連れてガヤルドへ行った事も、アイズ殿下が逆上してアルに決闘を挑んで敗北した事も既に伝わっていたため、テスタロッサ国王からは正式に謝罪を受ける事に成功した。

 そもそも、国王自身は戦争に反対している。戦争を起こそうと躍起になっているのは、主にそれで金儲けを企む貴族たちなのだ。


 それ故、スティード殿下の命を狙った者から押収した銃が、デュランゴ侯爵が隣国から入手したものと一致したという話と、スティード殿下の命を狙った者の一人であるアランが、シルバラード公爵からの依頼だったと自白した事、アスペン公爵も今回の件に絡んでいる事を伝えると、その辺りの調査を抜かりなく行い、証拠が掴め次第三家の爵位を剥奪すると約束してくれた。


 更に、国王に無許可で王立騎士団をガヤルドへ連れて行き、更にそこで相手国の王子に決闘を挑み敗北したアイズ殿下の責を問い、王位継承権を剥奪し、ローズマリー王女殿下を王位継承権第一位に据えると言う。


 確かに、彼女はまだ若いが、王の器を感じさせる風格がある。

 しかも、彼女も反戦争派だ。


 こうもすんなり済むとは思っていなかったから、内心拍子抜けしてしまった。


 肩透かしを食らったような心地で玉座の間を退出した直後、ヒステリックな叫び声が聞こえた。

 振り返ると、アイズ殿下の婚約者であるダリアが、鬼の形相でこちらに駆け寄って来るのが見えた。


「レティア・フリートウッド! 貴方! 貴方のせいで! どうしてくれるのよ!」


 父であるアスペン公爵の爵位が剥奪されれば、彼女がアイズ殿下との婚約も破棄されることになる。それはもう時間の問題だ。

 きっとそれをどこかで聞きつけたのだろう。

 

 しかしとんだ言いがかりだ。

 それは全て、彼女の父親がガヤルドの王子暗殺に加担したせいなのだから。


 さて、どうしたものか。

 これだけ怒り狂っていると、宥めようとしても逆効果だろう。

 勿論、彼女が殴り掛かってこようが、ナイフを出そうが、私には絶対に勝てないんだけど。


「そう言われても……私にどうしろと?」

「っ! 煩い!」


 言いながら、彼女は私に掴みかかって来た。

 応戦してやろうかと身構えたが、それをアルがそっと制してダリアと私の間に身を滑り込ませた。


「レティはガヤルド第二王子である俺の婚約者だ。彼女に手を出すことが何を意味するか、わからないのか?」


 わからない訳がない。

 彼女だって、テスタロッサの第一王子の婚約者なのだから。


 王子の婚約者は、王族とほぼ同等の扱いを受ける。掴みかかろうとすれば、当然それは不敬罪になる。

 今回の場合、私も彼女も共に王族の婚約者同士だが、ダリアの方が圧倒的に立場が悪い。


 こちらは今し方テスタロッサ国王に、アイズ殿下の件で抗議文を提出して謝罪を受けた後なのだ。

 一方のダリアは婚約破棄まで秒読みの状態。


 そんな中で彼女が、ガヤルドの第二王子とその婚約者に暴行して不敬罪で訴えられたとあっては、テスタロッサの面目は丸潰れである。


 更に、今の騒ぎを聞きつけて、テスタロッサの衛兵たちまで駆け付けてきた。


 少し冷静になった様子のダリアは青褪めていた。

 これを理由に、アイズ殿下から即座に婚約解消を言い渡されてもおかしくない程の事態だからだ。

 まぁ、いずれにしても婚約解消は免れなかったのだから、時期が早まるだけなのだが。


 アルは衛兵にこの事を伝え、テスタロッサ国王に『厳正な対処を頼む』という旨の言伝ことづてを頼み、私を伴って城を跡にした。


 そしてフリートウッド公爵邸に戻り、翌日の早朝には準備を終えた馬車に乗り込んでガヤルドに向けて出発した。

 とんでもない弾丸旅行だ。


「……酷い顔をしているな」


 私の隣に座ったアルが、私の顔を見てクスクスと笑う。


 馬車は全部で四台用意されていた。二台に分かれて、私とアル、私の両親が乗り込み、後の二台に私と両親の荷物が積み込まれている。


諜報員スパイ時代の任務に比べたらこれくらい何てことないんだけどね……流石に疲れたわ」


 思わず本音を呟くと、彼は私の肩に手を回して、軽く抱き寄せた。


「帰りは馬車だ。道中は長い。少し眠れ。寄り掛かって良い」


 優しく囁かれて、私は素直に瞼を落とした。


 諜報員スパイになって以来、レティア・フリートウッドとして生まれてからも、他者がいるところで熟睡する事はほとんどなかった。

 常に周囲に気を配り、何か物音がする度に飛び起きていたからだ。


 しかし、この時の私は、心の底から安心していた。

 揺れる馬車の中だと言うのに、自宅の高級ベッドの中よりも、ずっとずっとすんなりと眠りに落ちていた。


 それは間違いなく、アルの腕の中だったから。


 ガヤルドとテスタロッサの間で不可侵条約が締結され、事実上終戦した。

 私のレティア・フリートウッドとしての人生の目的が達成できてしまった。


 これから帰って、婚約式、その暫く後には結婚式が待ち構えている。


 残りの人生は、アルの伴侶として、もう少し自分のために時間を使ってみるのも良いかもしれない。

 第二王子であり、ムルシエラゴの隊長でもあるアルの妃になる事は、きっと想像を絶するくらい大変だ。


 でも、きっと大丈夫。


 私は馬車に揺られて眠りながら、彼の手をぎゅっと握り締めたのだった。

これにて完結です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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