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帰宅の準備

 翌日、レオノードは騎士団を率いて帰っていった。

 彼らと共に、ディオンも釈放した。


 アイズ殿下は終始虚ろな目をしており、決闘で負けた事による『テスタロッサのガヤルドへの永久的不可侵』という条約について、書類にサインをする際も心ここにあらずといった様子だった。

 勿論、アイズ殿下の名前でサインしたものがあっても、国王が同意しなければ効力は発揮されない。

 これは、今後不可侵条約を結ぶための布石でしかないのだ。

 

 最後の挨拶で、レオノードはアイズ殿下の代わりに深々と頭を下げた。


「……この度は、我が国の王子が、ご迷惑をお掛けいたしました。不可侵条約の書類は、責任を持って私が国王陛下へと届けます。決闘を申し込んだのはこちら側ですので、承諾せざるを得ないでしょう」


 まぁそうだろうな。

 少なくとも、テスタロッサ騎士達も皆決闘を見届けている。経緯も結果も偽証はできない。


「……しかし、お気を付けください。国内には、ガヤルドとの戦争を望む輩がおります。レティア様がガヤルド王族に嫁いだからといって、奴らが簡単に手を引くとは思えません」


 レオノードはそう忠告した。

 セビル家は侯爵家だが、シルバラード公爵と繋がりがあったはず。その縁でアイズ殿下の側近になったと聞いた事がある。


 今の口振りでは、彼自身は戦争など望んではいないが、実際に戦争を企てようとしている者を知っていると思われた。


「忠告感謝する。だが、大丈夫。手は打ってある」


 アルフォンス殿下はそう言ってにやりと笑った。


 手は打ってあるということだが、私はそんな話は聞いていない。

 私が説明を求めて殿下を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべるばかりで何も答えてはくれなかった。


 彼らを見送ってから改めて問い詰めると、アルフォンス殿下は自室に戻ってとある書類を見せてくれた。


「……武器の売買契約書?」

「ああ、テスタロッサのデュランゴ侯爵が武器を購入した証拠だ。遠距離用の銃……ケイマン子爵、アラン・パトリオット、それとムルシエラゴの拠点前で襲撃して来た狙撃犯が所持していた物と型が一致した」

「でも、それだけでは……」


 デュランゴ侯爵はそもそも武器商人だ。

 武器の入手自体は怪しい動きとは言えない。


「いや、この銃はテスタロッサ隣国が製造した新型のものだ。まだ大量生産はできていない。デュランゴ侯爵に三挺売った以外国外には出していないということも調べはついている」

「その銃を、ケイマン子爵とアランと狙撃犯が所持して、スティード殿下の命を狙った、と……」

「ああ。今回のアイズ王子の武装進軍に加えて、この件について、テスタロッサ国王に直訴する。その上で、レティアと俺の婚約を伝え、永久友好国として条約を結ぶ方向にもっていくつもりだ」


 抜かりない。

 流石だな、と思ってアルフォンス殿下を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべて私を見ていた。


「……何ですか?」

「ここまで調べ上げるのは苦労した。褒めても良いんだぞ」


 何かを期待するような眼差しに、私は意図を掴みあぐねて首を傾げた。


「褒める……? えっと、流石です、アルフォンス殿下」


 褒めろと言われたので、素直に褒めたつもりだったが、殿下は露骨に不機嫌そうな顔になった。


 解せない。

 言われた通りに褒めたのに。


 と思って更に首を捻る私に、殿下は唇を尖らせた。


「……俺達は婚約したんだ。敬語はやめろ。敬称もだ」

「……拗ねてるの?」

「だ、誰が……」


 反論しかけて言葉に詰まった彼に、私は少しだけ苦笑した。


「じゃあ、私もスティード殿下のようにアルって呼んでも良い?」

「……ああ、俺もレティと呼ばせてもらう」


 今まで両親からも愛称で呼ばれた事はない。そもそもレティアという名前が長いものではないので、あまり必要ではなかったのだ。


 とはいえ、愛称で呼ばれるのはくすぐったい気持ちになる。


「……レティ」


 早速呼ばれると同時に、殿下―――――アルに優しく抱き寄せられた。


「あ、アル……?」

「俺と共に生きる事で、これから、おそらく色々と厄介ごとが降り掛かるだろう。自国で他の貴族と結婚していれば起きなかったような事が……それでも、俺は全てを懸けてお前を守ると誓う」


 少しだけ身体を離して、アルは私の頬に優しく触れる。

 深緑の瞳がまっすぐに私を射抜いた。


 正直、心臓に悪い。


 私は前世でも、色恋沙汰とは無縁だった。

 諜報員スパイとしての活動中に色仕掛けする事はあったが、相手は大概貴族の中年男性で、間違っても私が恋に堕ちる事はなかった。


 アルは美形だ。この近距離に、私の心臓は爆発しそうなほどにバクバクしている。


 そんな私の様子に、アルはくすっと笑った。


「身体能力も戦闘力もあんなに人間離れしているくせに、男慣れはしていないのか?」

「私は戦闘特化だったのよ」

「まぁ、そうだろうな」

「……だから、その……お手柔らかにお願いします」

「ああ。だが、全力で誘惑するし、絶対に惚れさせるぞ」


 自信満々に宣言するアルに、私は言葉に詰まる。


 多分もう、私はアルに心を奪われている。

 だけど、なんだか悔しいのでそれはまだしばらく黙っておこう。


「ああ、そうだ。二十日後には婚約式を行う予定だから、そのつもりでいろ」

「二十日後? 随分急ぐのね」


 ガヤルドでもテスタロッサでも、貴族が婚約した場合、婚約式は婚約を了承してから最低でも二ヶ月はあける。婚約式のために必要な準備や、招待する来賓の都合もあるためだ。


 だが、片方が王族である場合は、その限りではない。

 王族が行う婚約式ならば、先約があろうとも貴族であればそちらを蹴って出席するからだ。


 それにしても、二十日後とは準備期間が短すぎる。


「ああ、一刻も早くレティと正式に婚約したい、っていうのも勿論だが、なるべく早くレティが自分の意思でガヤルドに来たことを示す必要があるんだ」

「アイズ殿下が帰還後にまだ私を諦めず、テスタロッサ側に『レティア・フリートウッド公爵令嬢が誘拐されて、無理矢理ガヤルドの第二王子に嫁がされた』と解釈させていたら、それこそ私の奪還のために戦争を起こしかねないということですね」

「そういう事だ。流石に、レオノードがそんな事を許さないとは思うが……」


 レオノードは優秀な側近だ。

 あの状態のアイズ殿下が頓珍漢な指示を出してきても、黙って従うとは思えない。


「その婚約式の招待状をフリートウッド公爵に届けるついでに、レティが自分の意思でガヤルドに滞在している事を示すために、これからテスタロッサに向かおうと思う」

「これから? お父様から婚約に関する了承の返事だってまだ届いていないのに……」


 リラーフェとラギニーボルンは早馬で三日掛かる距離だ。

 私とアルの婚約が決まったのは昨日。すぐにアルは使者をフリートウッド公爵邸へ行かせたが、まだ到着さえしていないだろう。


「ああ。だから今から早馬で出発するんだ。今から出発すれば、国境辺りで使者が返事を持って戻って来るのと鉢合わせるはずだ。最低限の人数で訪問し、フリートウッド公爵邸とテスタロッサ王城に出向き、婚約式の日程を伝える。予定が合えば、公爵夫妻にも参列していただくため、レティは共に馬車でガヤルドへ戻ると良い」

「まだお父様が了承するとは限らないのに……」

「だからこそ行くんだ。お前と共に帰り、きちんと挨拶をすることで、認めてもらうつもりだ」


 妙に意気込んでいるアルに一抹の不安を覚えながらも、私は自宅へ戻るための準備をすることになったのだった。

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