城門前での決闘
アイズ殿下の側近であるレオノードが二人の間に立ち、開始の号令を掛けた瞬間、アイズ殿下が地を蹴って間合いを詰めた。
速い。
しかし、アルフォンス殿下の反応はその上をいった。
素早くアイズ殿下の剣を受け流して、アイズ殿下の体勢を崩し、ほんの一瞬の隙を衝いて、彼の剣を弾き飛ばす。
勝負は一瞬だった。
「……負けた……僕が……?」
アイズ殿下自身も、何が起きたのか理解できていない様子で空になった両手を見つめている。
アルフォンス殿下は剣を収め、私を振り返って破顔した。
私は深々と安堵の息を吐く。
と、アルフォンス殿下はスティード殿下が来ていた事に今気付いた様子で、意外そうな顔をした。
「兄上、いらしていたんですか」
「うん、なんだか騒がしかったから、気になってね。そしたら、テスタロッサの第一王とアルが決闘するって聞いて、心配そうにしていた彼女を宥めていたんだ」
彼の物言いに、アルフォンス殿下は何かを察した顔をする。
「……兄上、気付いていたんですか」
「うん? ステラ嬢は私の命の恩人だからね。変装していても間違えないよ。ああ、勘違いしないでくれ。私はレティア嬢を歓迎するし、君達の婚約にも賛成だ。テスタロッサとの縁ができれば、今後戦争を起こそうなどという輩は減るだろう」
朗らかに笑うスティード殿下。
何だろう、この人、底が知れない。そんな気がした。
「……兄上には敵いませんね」
アルフォンス殿下が苦笑する。
そして、未だ現実を受け止めきれない様子のアイズ殿下と、その後ろに控えていた騎士達を振り返った。
「決闘は俺が勝った。速やかに武装を解くならば、来賓として城での休息を許可し、食事も用意しよう。しかし抗うならば城及び町の宿や店は使わせない。選べ!」
アイズ殿下を見る。
彼は、今までに見た事もないほど狼狽えている。今のアルフォンス殿下の言葉さえ、耳に届いていない。
彼にとって、信じ難いことが現実になってしまっているからだろう。
判断できずにいる彼に、レオノードが駆け寄って説得し始めるが、アイズ殿下は無言で俯いたまま微動だにしない。
レオノードは苦渋の表情をした後、兜を脱いでアルフォンス殿下に向き直り、深々と頭を下げた。
「今回の軍団長であるアイズ殿下が決闘を挑み敗北しましたので、我々は降伏いたします。どうか、休息の恩情をお与えください」
「良いだろう……お前、先日ヴァレリーと接触していた奴だな。名は?」
「わ、私はレオノード・セビルと申します。先日の失礼、心よりお詫び申し上げます」
あの路地裏での会話は、確かに慇懃無礼という言葉がぴったりのものだった。
それを謝罪したレオノードに、アルフォンス殿下はしかと頷いた。
「よし、レオノード、帰還に際しての指揮権はアイズ王子ではなくお前に委ねる。アイズ王子は……どうやら心神喪失のようだからな。城で休息をとる間、アイズ王子はこちらが用意した見張りを付けさせてもらう。異論はあるか?」
「……いいえ、ございません」
レオノードは、何か思うようにアイズ王子を一瞥したが、心神喪失という言葉が当てはまってしまう状態に誤りはなく、渋々頷いた。
「では、すぐに食事の用意をさせよう。武装を解き、全ての武器、防具をこちらに預けてもらう」
アルフォンス殿下はすぐにガヤルドの衛兵に指示を出した。
ガヤルド王城の中には、災害時などに備えて多数の食材や寝所を備えている。
これだけの騎士全員分となると相当だが、決闘を申し込んだ上で敗北したテスタロッサ側からすれば、食事と休息の場所を与えてもらえるだけでも感謝しなくてはならないだろう。
「……アルは甘いね。敗者にそこまで恩情を見せる必要もないだろうに」
半ば呆れたように嘆息しつつも、スティード殿下は異を唱えない。
「まぁそれが、アルの良いところだけどね」
ふふっと小さく笑って、彼はそのまま去って行ってしまった。
底が知れないガヤルドの第一王子スティード殿下。
しかし、嫌な感じは一切ない。
諜報員の直感だが、彼は次期国王として信じるに値する人物だと思う。本当に何の根拠もなく、ただの直感なのだけど。
私は、彼が私とアルフォンス殿下の婚約を認めてくれた事に、何より安心した。
彼が賛成してくれるのならば、テスタロッサ現国王も説得しやすくなる。
まぁ、そもそもアルフォンス殿下の方から私へ求婚してきたのだから、現国王の説得は彼自身が頑張ってくれるつもりなのだろうが。
「……レティア、俺達は中に入ろう」
アルフォンス殿下が私を優しく促す。
去り際に背後を一瞥すると、アイズ殿下が、膝を衝いたまま愕然と私を見ていた。
自暴自棄になって変な事をしなければ良いが、と心配になるが、ガヤルドの兵が見張りに付くとの事なので流石に大丈夫だろう。
私はアルフォンス殿下にエスコートされ、暖かい部屋に戻ったのだった。
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