二人の王子
アルフォンス殿下は、私を伴って城門まで赴いた。
本来、来客であれば城の中の応接間に通すのが筋だが、完全武装している彼らを城の中に招き入れる訳にはいかない。
「レティア!」
アイズ殿下が私を見て、馬から降りて駆け寄ってきたが、寸前でガヤルドの衛兵が間に入ってやんわりと止める。
「レティア! 怖かっただろう! もう心配いらない! さぁ、僕の元へ来るんだ!」
私が誘拐されたと信じて疑わないアイズ殿下は、私に向けて手を伸ばす。
申し訳ないが、私は彼の手を取ることはできない。
私は、ドレスの裾を摘まんで優雅に一礼した。
「アイズ王子殿下にご挨拶申し上げます。誤解させてしまい申し訳ございません。私は、私の意思でここに居ます」
「なん、だと……?」
アイズ殿下が、信じられないものを見るような顔をする。
そこで、アルフォンス殿下がわざとらしく私の肩を抱いた。
「いやいや、ご連絡が遅れて申し訳ない。私がガヤルドの第二王子、アルフォンスと申します。この度、レティア・フリートウッド公爵令嬢と婚約いたしました」
「……は?」
にこやかに宣言したアルフォンス殿下の言葉に、アイズ殿下は今までに見た事がないほど、間の抜けた顔をした。
無理もないが、話の流れを理解できなかったようだ。
「ですので、今後テスタロッサとは是非とも友好関係を築いていきたい所存です」
キラキラとした笑顔のアルフォンス殿下を前に、アイズ殿下は完全に固まっている。
「……レティアが、婚約……? 嘘だ……」
「嘘なものか。ガヤルドとテスタロッサの国境付近を警備巡回していた私は、馬に乗って彷徨っていたレティア嬢と出会い、一目惚れしたんだ」
嘘も方便だな。
アルフォンス殿下の言葉に、そういう事にしたのね、と察しつつ隣でとりあえず頷いておく。
「本当、なのか……?」
アイズ殿下が愕然と私を見る。
何故そこまで絶望したような顔をしているのかわからないが、私はわざとらしくはにかんで見せる。
「ええ、遠乗りをして道に迷ってしまった私を助けてくださったアルフォンス殿下には、感謝しかありません。とても素敵な殿下が私をお望みくださったので、喜んでとお応えしました」
「……ダリアとの婚約破棄が成立したら、正式に求婚するつもりだったのに……! くそ! アスペン公爵の顔など立てるべきじゃなかった……!」
アイズ殿下はこれまで見たことがないような形相で拳を握り締めている。
アイズ殿下が常々私に言っていた求婚の言葉は本当だったのか。
婚約者がいるくせに何を言っているのだと取り合わなかったが、まさか本音だったとは。
「……そういう訳だ。武装を解くならば城で歓迎するが、そうでないのならお引き取り願おう」
「……本当に、レティアは自分の意思で、ガヤルドの王子と結婚すると言うのか?」
嘘だと言ってくれ、そう顔に書いてある。
しかし、私がアルフォンス殿下の求婚にイエスと答えた事は嘘ではない。
「ええ、アルフォンス殿下は私には勿体ないお方です」
私がそう答えると、アイズ殿下は嵌めていた手袋を外し、アルフォンス殿下に向かって投げ付けた。
「……え、アイズ殿下……?」
手袋を投げ付ける行為、それはガヤルドでもテスタロッサでも共通で、決闘の申し込みを意味する。
「アイズ殿下が、ガヤルドの第二王子に決闘を申し込んだぞ!」
アイズ殿下の後ろに控えていた者達がどよめき出す。
「……もう取り消せないが、良いんだな?」
「取り消すつもりはない! レティアを懸けて、俺と勝負しろ!」
「……レティアはものじゃないんだがな……」
不愉快そうに眉を寄せたが、アルフォンス殿下は近くに控えていた衛兵に合図を送った。
「それでそちらが納得するのなら、受けて立とう」
「アルフォンス殿下……」
「大丈夫だ。正直、負ける気がしない」
アイズ殿下はテスタロッサ国内でも屈指の剣士だ。
しかし、ここ数日一緒にいて、アルフォンス殿下の剣技と体術も相当だと感じている。
二人の実力を比べれば、おそらくムルシエラゴで実践を積んできたアルフォンス殿下に分があるのは間違いない。
しかし、妙に胸騒ぎがする。
「……私を、婚約者に先立たれた哀れな公爵令嬢にしないでくださいよ」
なんとか虚勢を張ってそう言い返す。
と、先程アルフォンス殿下から合図を受けた衛兵が、彼の剣を手に戻ってきた。
「本来決闘となると日時と場所を選ぶが……今すぐ始めた方が良いだろう?」
「そうだな。一刻も早くレティアを連れて帰りたい」
「……誰が渡すか」
ボソリと呟き、アルフォンス殿下は剣を抜いた。
「俺が勝ったら、テスタロッサはガヤルドへの永久的不可侵を誓ってもらうぞ」
「良いだろう」
アイズ殿下も剣を抜く。
ハラハラしながら見守っていると、ふと私の背後に近づく気配を感じた。
「おやおや、何やら騒がしいと思って来てみれば、テスタロッサの第一王子がアルと決闘するとは……面白いことになっているね」
この場にそぐわない、妙に緊張感のない声色だ。
「スティード殿下!」
ガヤルドの第一王子スティード殿下が、いつの間にか私の隣に立って、興味深げに対峙する二人を眺めていた。
夜会で会った時は、ステラと名乗り変装していたが、今は完全にレティア・フリートウッドのままだ。
スティード殿下が多忙であった事もあり、レティアとしては一度も正式に挨拶を交わしていない。
「お初にお目にかかります。スティード殿下にご挨拶……」
「ああ、かしこまった挨拶は良いよ。それに、君と会うのは二度目だ」
驚いて顔を上げると、スティード殿下は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私は人を見る目に自信があるんだ。君、夜会で私を助けてくれたステラ嬢だろう?」
確信を持ってそう言っている事を察し、私は観念して頷いた。
相手はアルフォンス殿下の兄上であり、王太子である第一王子のスティード殿下なのだ。下手に嘘を吐いたり誤魔化したりする方が、後々面倒な事になるだろう。
「……ええ、そうです」
「まさかステラ嬢がレティア・フリートウッド公爵令嬢だったとは、流石に驚いたよ」
「申し訳ございません。騙すつもりはなかったのですが」
「ああ、ごめん、責めている訳じゃないんだ。君のおかげで命が助かったのは事実だし、私は君をとても気に入っているよ」
真意を掴みかねる物言いだ。
私が何と返すべきか言葉を探していると、彼は小さく笑って、アイズ殿下と対峙しているアルフォンス殿下に視線を投じた。
「……心配しなくても、アルは強いよ。それに、万が一アルが負けても、その場で私がテスタロッサの王子に決闘を申し込むから、安心すると良い」
私を案じた彼の言葉に、少しだけ笑ってしまう。
「ありがとうございます」
私を勇気付けようとしての発言だとわかっているので、私はスティード殿下に礼を述べ、気持ちを切り替えて決闘を見守ることにしたのだった。
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