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追い詰めた狙撃手と裏切り者

 私は城の外壁を伝って、怪しい人物がいないか探りながら移動した。


 視界の隅に、動く影を見つけて、すぐさま踵を返す。


 北北西の小さな塔の上。

 そこからなら、王族の居室を窓から狙える。


 それに気が付いたのと、影が銃と思われる物を王族の居室がある方へ構えたのは同時だった。

 横目でその銃が狙う先がスティード殿下の居室であることを確認し、私は咄嗟に、太腿に挿してあった短剣を引き抜いて投げる。


 ひゅん、と一直線に飛んだそれは、銃を持つ影の手を捉えた。


 ナイフは右掌を貫通したのに、影は悲鳴ひとつ上げずにこちらを振り返った。


 月明かりで、その顔がはっきりと見える。


「っ! アラン……!」


 流石に驚いた。まさか、と思ったが、今のこの状況からして、王族に対して銃を向けた現行犯であることは間違いない。


 前世の同僚だが、捕えなければならない。


「誰だ」


 彼は低く落ち着いた声で問い掛けつつ、身構える。

 直後、彼がいる塔に辿り着いた私は、そのままの勢いで彼に突っ込んでいった。


 彼の挙動に集中し、次の動きを読む。


 彼はまた、踏み込むと同時に右腕を突き出してきた。


「悪い癖ね」


 ひらりと躱して、彼の頸に渾身の手刀をお見舞いする。

 私のこれを受けて、気絶しない人間はいない。


 アランも例外ではなく、そのままどさりと倒れ込んだ。


 その場で彼を縄で拘束し、ぎゅっと縛り上げると彼がうっすらと目を開けた。


「……ステラ?」


 譫言のように唇から溢れ出た名前に、思わず目を細める。


「なぁに?」


 当時の口調を再現するように返すと、彼ははっと目を見開いた。


「……お前、何者だ?」

「それは秘密。ところで、アラン・パトリオット、貴方はガヤルドもムルシエラゴも裏切って、スティード殿下を暗殺しようとするなんて、どういう事なの?」

「……何故、俺の名を知っている?」

「貴方が教えてくれたのよ」


 前世の記憶が鮮明に蘇る。

 アランと初めて会った日、これから諜報員スパイとして生きていく事への覚悟と不安で揺れながら、彼は私に名乗ったのだ。


 しかし、それは当然レティアではなく、ルナ・エルカミーノの記憶であり、その頃にはステラの名を使っていた。


「……で、アラン・パトリオット、貴方は何故ムルシエラゴを裏切ったの?」


 私が冷たく問うと、アランは忌々しげに舌打ちした。


「ムルシエラゴは、俺たちを捨て駒にしたんだ……! ステラを利用して、助けようとしなかった……!」

「ステラを見殺しに? 何を言っているの? ステラは任務に失敗して、自分で命を絶ったのよ」

「俺は信じない! ステラは優秀な諜報員スパイだった! 彼女が失敗するなんてありえない!」


 ここまでアランがステラを盲信してきたとは意外だ。

 だが、その感情は危険すぎる。


 諜報員スパイは、常に冷静でなくてはならない。

 余計な情は、判断を鈍らせる。


「……ステラが死んだから、ムルシエラゴを裏切り、スティード殿下を狙ったというの?」

「俺には、ステラが全てだった……彼女がいないこの世界で、生きていても仕方がない。だから彼女の死の真相を追った。そしたら、ステラは見捨てられて死んだとわかった。だから、ステラを見殺しにしたこの国の全てを、俺の手で終わらせてやろうと思ったんだ!」


 言葉が出ない。

 アランがそこまでステラを慕っていたとは知らなかった。


 しかしそれでも、アランがやったことは許されることではない。


「……諜報員スパイ失格ね。貴方の身柄は、クレマンさんに引き渡すわ」


 それだけ言い残して、私はもう一度彼の頸を、先ほどより少し強い力で叩いた。


 意識を失って倒れたアランを担ぎ、屋根を伝いながらムルシエラゴの本拠地へ向かう。

 大柄な男を担いでの移動は大変だが、コツを掴めば意外と簡単だ。そのコツは前世でしっかり掴んでいる。


「……ん?」


 本拠地の近くで、妙な人影に気付く。


 路地裏で、怪しげなやり取りをしている二つの影。


 私は一旦物陰にアランを括り付け、その影に近付いた。


「……レティア嬢……城に……アイズ様に……」


 距離があり内容全ては聞こえなかったが、途切れ途切れに聞こえた部分を繋ぎ合わせて察する。


 片方が、テスタロッサのアイズ王子側の人間。そしてもう一人が、その人物に私の情報を渡しているのだと。


「……あれは……」


 雲が動き、月明りがその人物の顔を照らす。


 私がその人物の顔を確認した、その時だった。


「まさかお前が、ムルシエラゴの裏切者だったとはな」


 別の人物の声が路地に響く。

 その声に振り返ったムルシエラゴの裏切者―――――ヴァレリーが息を呑む。


「あ、アルフォンス殿下……!」


 路地の向こうから現れたのは、城にいたはずのアルフォンス殿下だった。


「……ヴァレリー、残念だ」

「ち、違うんです! 殿下! 私は……!」

「黙れ」


 強い口調で遮り、言い訳を許さない殿下の視線に、彼女はガタガタと震えてその場に膝を衝いた。


「そしてお前は、テスタロッサのネズミか……」


 殿下がもう一人の人物を見る。

 その青年は私も見覚えがある、アイズ殿下の側近、レオノードだ。


「ネズミとは、失礼極まりないですね……ガヤルド王国の第二王子アルフォンス殿下とお見受けしますが、随分と口が悪いご様子……」


 すっと一礼したレオノードは、無表情だが敵意が満ち満ちている。


「レティア・フリートウッド公爵令嬢をお返しいただきたく参りました」

「返す? 誰にだ? 彼女は誘拐された訳じゃないだろう」

「誘拐じゃなければ、何だと仰るのですか? 公爵令嬢がお一人で、敵国に乗り込むなんてありえないでしょう」


 いや、ありえてるぞ。私は正真正銘、自分の意思で、自分の足でここまで来たのだから。


 しかし今私がここから出て行っても話がややこしくなるだけだろうか。

 うーん、と唸ったその時、私の肩を誰かが叩いた。


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