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夜会直前

 生誕祭当日は例年通り盛り上がり、王都はどこもかしこもどんちゃん騒ぎだった。

 夕刻になると、夜会に招待されている貴族たちが続々と王城に入っていく。


 私は王城内の一室で、深紅のドレスに身を包み、己の顔にメイクを施していた。

 黒髪のカツラを被って、顔は特殊技術で別人のようにする。これで、私がレティア・フリートウッド公爵令嬢だとバレる事はあるまい。


 幸い、この国でレティアの顔を知っているのはアルフォンス殿下とクレマンさん、セザール、レイヴン、ヴァレリーの五人のみ。

 だが、多数の貴族が訪れる夜会では、敵国の公爵令嬢とはいえどこかでレティアの顔を見た事がある者がいないとも限らない。


 と、部屋がノックされ、アルフォンス殿下が入って来た。

 王族の正装である、煌びやかな軍服に身を包んだ彼は、正直かなり格好いい。


 美形はずるいな、なんて頭の片隅で思っていると、彼は私を見て驚いたように目を瞠った。


「……レティア、か?」

「私以外に誰がいますか? まぁ、この顔の時はステラと呼んでください」


 十七年前に使っていた偽名を名乗るのはどうかとも思ったが、十七年前に死んだテスタロッサのメイドの名前など誰も知るはずがないし、顔も違うので問題はないだろう。


「すごい変装術だな……流石だ」


 まじまじと私の顔を見る殿下に、私は僅かに苦笑した。


「これくらい、諜報員スパイだったら普通ですよ」

「いや、今の隊員にこれほどの技術はない……十七年の間に、優秀な諜報員スパイから死んでいったとクレマンから聞いている」


 その言葉に、前世の仲間の顔が浮かぶ。

 アランは健在だと聞いているが、それ以外の前世の仲間はクレマンさんしか残っていなかった。

 諜報員スパイが組織を離脱する事は基本的にあり得ないので、名前が消えた者はほぼ殉職と考えて良いだろう。


「……その筆頭が、ステラ・カプリス……ルナ・エルカミーノだったと、昔クレマンが言っていた」

「いえ……私なんて、潜入に失敗したただの間抜けですよ」


 それ以上は涙が出そうになる。

 私は話題を変えるために立ち上がり、殿下が何か言うより早く彼の隣に並んだ。


「さ、参りましょう」

「……そうだな」


 殿下はそれ以上何も言わず、左腕を差し出してくれたので、私は右手をそっと置いた。


 煌びやかな廊下を並んで歩く。


 公爵令嬢として生きてきた人生で得た所作と社交マナーが、こんなところで発揮されるとは思わなかった。

 諜報員スパイ時代も貴族令嬢に変装した事はあり、作法や所作は一通り叩き込んでいたが、知識で貴族令嬢を演じるのと、貴族令嬢として教育を受けて育ってきた状態とでは全く違う。


「……アル?」


 大広間の手前で名を呼ばれた殿下が足を止める。

 振り返ると、第一王子のスティード殿下が、自身のパートナーである公爵令嬢と並んでこちらに向かって来ていた。


「アルが女性を連れて出席するとは驚いたな。どこのご令嬢だい?」


 にこやかに話しかけてくる殿下と、穏やかな微笑みを湛えているご令嬢。

 婚約者のヴィクトリーヌ・チェロキー公爵令嬢だ。

 彼らの後ろには護衛の兵士が二人。


 アルフォンス殿下は素早く視線を巡らせ、私達の他に誰もいない事を確認して私を紹介する。


「兄上、彼女はステラ・カプリス。ちょっと事情がありまして、彼女は私の護衛です」

「護衛? こんな可憐な少女が?」


 スティード殿下は意外そうに眉を上げる。


 カプリスという名の貴族はいない。

 王族内には、護衛という事で話を通すらしい。


「こう見えて、かなり凄腕ですよ。もしかしたら剣術で兄上にも勝るかもしれません」

「へぇ?」


 スティード殿下は面白いものを見るように私を見る。


 ガヤルドの第一王子は、剣の名手だとテスタロッサでも有名だ。

 流石に剣術の真っ向勝負では勝てないだろうが、戦場であれば私にも勝ち目はあるかもしれない。それだけの実戦経験が、私にはある。

 まぁ、そんな事、本人には口が裂けても言えないのだけど。


「スティード殿下にご挨拶申し上げます。ステラ・カプリスと申します」

「ああ、私からもアルを頼むよ」

「ええ。この身に変えても」


 スティード殿下の翠の瞳をまっすぐに見据えて頷くと、彼はふっと表情を緩めた。


「てっきり、アルが遂に伴侶を決めたのかと思ったんだけど……」


 そこまで言うと、スティード殿下は私にこそっと耳打ちした。


「君が護衛というのは本当みたいだけど、アルは心を開いているようだし、私は応援するよ」


 とんでもない事を囁いて、スティード殿下は片目を瞑る。


 応援されても、私とアルフォンス殿下がどうにかなるはずもない。

 前世の私は庶民出の諜報員スパイだし、今の私は貴族とはいえ、敵国であるテスタロッサの公爵令嬢なのだ。

 このガヤルド王国の第二王子となんて、噂になる事さえ恐れ多い。


 私は曖昧に微笑んで誤魔化した。


 アルフォンス殿下はスティード殿下の声が聞こえなかったようで、怪訝そうに目を瞬いている。


「兄上に何か言われたのか?」

「弟を頼む、という主旨の事を言われました」


 アルフォンス殿下は特に追及はせず、スティード殿下に促されて大広間へ向かった。


 


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