敵の正体
アルフォンス殿下に連れられて訪れたのは、私を連れ去ろうとして城内に侵入した青年が捕らえられている地下牢だった。
石造りの壁に鉄格子が填められている昔ながらの牢獄の中で、青年は奥の壁に凭れてこちらを睨み、唸るように言い放つ。
「……レティア・フリートウッド公爵令嬢は何処にいる?」
目の前にいるんですが。
内心で即答し、すん、と半眼になって青年を観察する。
「お前は何者だ? レティア嬢誘拐は誰の指示だ?」
殿下が低く尋ねる。青年は口を閉ざしてしまった。
沈黙の中で、彼の髪と瞳の色を見ていた私は、ある噂話を思い出した。
「……テスタロッサのボクスター伯爵の御子息が、確か銀髪に青の瞳だったはずです」
私が呟くと、青年はばっと顔を上げた。
かかった。
彼は、諜報員としては完全に素人だと確信する。
彼の反応に、殿下が眉を寄せる。
「伯爵家の令息だと? 銀髪に青の瞳は、テスタロッサ王族の色……ガヤルドでは少数存在するが、テスタロッサ王国内では王族以外いないとされているはず」
「ええ……ボクスター伯爵の奥方は十七年前、王城に仕えており、現テスタロッサ国王のお気に入りでした。当時、国王は既に正妃を迎えており、第一王子のアイズ殿下もご誕生されていましたが……」
前世で知りえた情報と、レティアとしての人生で知りえた、子息の情報から推測すれば、一つの答えに行きつく。
「……王子の腹違いの兄弟、という訳か」
「証拠は髪と瞳の色以外にありませんが……」
私が言いかけると、青年が引き攣った声を上げた。
「黙れ! 俺の父はボクスター伯爵だ! 俺は断じて、王族の血など……!」
「語るに落ちたわね」
簡単すぎて拍子抜けだ。
私の言葉に、青年ははっと口を押えるが、もう遅い。
「やはり貴方は、ディオン・ボクスター伯爵令息だったのね」
王族と同じ髪と瞳の色を持って生まれてしまった事で、彼は社交界では噂の的だった。
そのせいか、私が彼を社交界で見かけたのは一度だけだ。
「……アイズ殿下から聞いた事があるの。影武者の話を」
「っ!」
嘘半分、本当半分。
いくらアイズ殿下と懇意にしていたとしても、国家機密レベルの話をたかが公爵令嬢である私になどするはずがない。
影武者の話は、私が城に忍び込んで得た情報だ。
ボクスター伯爵の息子が、第一王子と近い年頃で銀髪に青い瞳を有しているため、有事の際は影武者にすると。
アイズ王子は、現在十九歳。ディオンが、私の推測通りであれば年齢は十六か十七歳のはず。体格さえ似ていれば充分影武者が務まる年齢差だ。
そして当然、影武者になれば、本人の癖や話し方などを習得するために、本人とも接する機会が設けられる。
「……今回の件、依頼人はアイズ殿下ね?」
青年、ディオンの眉が僅かに動く。
やはり。
彼は諜報員でも、戦闘員でもない。
私からのカマかけにまんまと引っ掛かり、無表情さえ保てず、肉弾戦では私に完敗する程度の戦闘力。
おそらく、彼はアイズ殿下直々に依頼され、今回初めてこのような任務に就いたのだ。
誘拐された公爵令嬢を奪還するくらいならば、彼の力量でも足りると判断したのだろう。
私の正体を知らなければそれも仕方ない。
「……アイズ殿下が指示したのは、レティア・フリートウッド公爵令嬢の奪還だけ?」
ディオンは私を睨むばかりで何も答えない。
「正直に答えるなら、彼女を貴方に引き渡しても良いのよ?」
「……本当か?」
「おい! 何を勝手な……!」
アルフォンス殿下が私を制しようとするが、私は軽く右手を挙げてそれを止める。
「答えなさい。アイズ殿下が貴方に指示をしたのは、レティアの奪還のみ?」
「……そうだ」
「何故、殿下はレティアがここにいる事を知っていたの?」
「詳しくは俺も知らない。殿下直属の者から、情報が入ったらしい」
ディオンの言っている事に嘘はなさそうだ。
「……アイズ殿下直属……」
ムルシエラゴがそうであるように、王族が直属の組織を持っている事は珍しくない。
アイズ殿下がそういった組織を抱えているという情報は特になかったが、諜報や暗殺を目的としてその道のプロを数人程度雇っている可能性は十分にある。
「……アルフォンス殿下、ガヤルドの諜報員が入り込んでいる可能性が高いです。私がここにいる事を知っている者に注意してください」
「……わかった」
小声でやり取りする私に、ディオンが吠える。
「おい! 本当にレティア嬢を引き渡すんだろうな!」
ディオンが吠える。私は頷いた。
「ええ。約束は守るわ。ただし、明日の国王生誕祭が無事に終了した、明後日以降にね」
「なっ! 騙したのか!」
「すぐに引き渡すなんて言ってないわ。貴方、諜報も戦闘も素人なだけじゃなく、尋問も交渉も不慣れで駄目ね。もっとお勉強した方が良いわ」
溜め息を吐きながら言い放つと、ディオンは悔しそうに歯噛みした。
「アイズ殿下からの指示に期限はあるの?」
「あと五日だ。移動時間を考えたら今日出発しなければ間に合わない」
「それなら大丈夫。馬を飛ばせば、途中ちょっと休憩しても三日で着くから。お坊ちゃん育ちの貴方は辛いかもしれないけど、そこは耐えてね」
私があまりにあっけらかんと答えたせいか、ディオンはぽかんとした顔で目を瞬いた。
「……お前も同行するのか?」
「え? ああ、だって、私がレティア・フリートウッドだから」
「……は?」
「だから、私がレティア・フリートウッド公爵令嬢本人なの」
一瞬の沈黙。
「そんな馬鹿な! 公爵令嬢があんなに強い訳ないだろう!」
「公爵令嬢だって、訓練すればそれなりに強くなれるって事よ。まぁ、この事はお父様でさえ知らないけどね」
実際、レティアとしての人生では戦闘訓練はやっておらず、室内でこっそり行っていた体力づくりのみだったのだが、あえて話す必要もないので黙っておく。
「戻る時は、ちゃんと身分証の懐中時計も持参するから安心して。じゃあ、それまでここでゆっくりしていると良いわ」
私は踵を返し、アルフォンス殿下を促して地下牢を後にした。
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