銀髪の男
軟禁されてから六日が経った。
正直、待遇に驚いている。
部屋は、王城内の豪華な客室。見張りの意味もあるのだろうが、メイドは常に二人いて、身の回りの世話全てやってくれるため、何一つ困る事もない。
馬に乗って来たため動きやすい作業服のような格好だった私に、アルフォンス殿下は高級なドレスを何着も用意してくれた。
そして何より、食事が最高だった。
懐かしいガヤルド王国の味、しかも、前世の私でも食べた事がない最高級の料理たち。
私だけこんなに良い思いをしていて良いのだろうかと不安になってしまう。
「レティア様、お茶をどうぞ」
メイドのリサが、窓際のテーブルにお茶を置いてくれた。
最高級の茶葉を使ったお茶もまた絶品で、私はうっかり和んでしまう。
いやいや、何をしているんだ私よ。
いよいよ明日が、スティード王子が狙われる生誕祭当日。
暗殺者は、きっともう近くに潜んでいるはずだ。
スティード王子の暗殺計画を阻むために、できる事があれば尽力したい。
しかし、今の私は軟禁されていなければならない。
正直、私が本気を出せばここから抜け出す事は容易だ。
だが、それをしてはいけない。
軟禁とはいえ、私にメイドを二人も付けてくれたのは、アルフォンス殿下の優しさ以外何ものでもない。それを裏切る訳にはいかないのだ。
窓際の椅子に腰かけてお茶を飲み始めた時、窓の外で何かがキラリと光った。
「ん?」
視線を巡らせる。見張り用の高い塔の上、その屋根の上に、人影を見つける。
「っ!」
ガヤルドの兵士ではない、鳶色の外套を纏った男。
「見張り塔の上に怪しい男が! アルフォンス殿下に伝えないと!」
思わず立ち上がって叫ぶ。
メイドのサラが素早く部屋を出てぱたぱたと駆けて行った。
直後、ビリビリと嫌な予感が項を焼いた。
咄嗟に振り返るのと、何かが窓を突き破って入って来るのは同時だった。
「きゃっ!」
リサが短い悲鳴を上げる。
私は彼女を庇うように立ち、相手を観察した。
銀髪に青の眼をした美形の青年。年の頃は二十代前半。
どこかで見た事のある顔だ。親しくはないし、最近ではない。遠くで見た事があるような、そんな気がする。
「レティア・フリートウッド公爵令嬢だな。一緒に来てもらおう」
冷たい声色で言い、私を捕らえようと手を伸ばす。
私は咄嗟にその手を払い除けた。
「行く訳ないでしょう!」
「そうです! レティア様には、指一本触れさせません!」
リサが震える声で言い放ち、私の前に出る。
「大丈夫よ。リサ」
私は彼女をそっと制して一歩前に出る。
「ちょっと借りるわね」
その隙に、彼女がエプロンの下に隠し持っていた短剣を抜き取る。
「えっ! レティア様、私が短剣を持っていたこと、ご存知だったんですか?」
「当たり前でしょう?」
私は元諜報員なのだ。相手がどこに武器を隠し持っているのか、見れば大体わかる。
そうでもなくても、王城内に勤務するメイドが、王族に危機が迫った際のために短剣を身に着けているのは常識でもある。
「私を連れ去れるものなら、どうぞ」
言いながら、私は動きにくいハイヒールとドレスを脱いで、ビスチェとガードル姿になった。早着替えは諜報員の基本技だ。脱ぐだけなら一瞬でできる。
当然ながら、青年が呆気にとられた顔をする。
「……何をしている?」
「ひらひらのドレスじゃあ、動きにくいからね」
言うや、私は床を蹴った。
間合いを詰め、相手の腹目掛けて思い切り短剣を突き出す。
しかし、相手は咄嗟に一歩足を退いて躱す。
私はそのまま倒れ込むふりをして、床に両手をつき、足を振り上げた。
がん、と鈍い衝撃。
私の脚が、相手の顎を見事に捉えていた。
「ぐっ!」
相手は顎を抑えてよろめく。
そこで手を止める程、私はぬるくない。
渾身の右ストレートを相手の腹部に叩き込み、頽れたところを後ろに回り、首筋に短剣を宛がう。
「戦闘慣れはしてないわね。どこかの貴族のお坊ちゃんかしら? 名前は?」
「くそっ! 騙したな! レティア嬢はどこだ!」
青年は忌々し気に吐き捨てる。
「さぁ、どうでしょうね。ところで、どうしてこの状況で、質問に質問で返せる立場だと思っているの?」
私は冷たく問い、ナイフを少しだけ彼の首に押し付けた。
「……レティア、様?」
リサが化け物でも見るような目で私を見ている。
まぁ、無理もない。
だが、今は彼女のフォローよりも、この青年の正体の方が重要だ。
「ここで無様に死にたくなければ、聞かれた事にのみ答えなさい」
私が言うのと、慌ただしい足音と共に部屋の扉が開かれるのは同時だった。
「レティア!」
血相変えたアルフォンス殿下が飛び込んできて、状況を見て凍り付く。
「ああ、殿下、丁度良いところに。これが侵入者です。私を攫おうとしたので、捕らえておきました。名前などは聞き出せておりません」
「君のその恰好は?」
「これは自分で脱ぎました。ドレスでは戦えませんから」
真顔で答えると、殿下は驚きを隠せない顔のまま私と侵入者を見比べ、最後にリサを見た。
「レティア様の仰った事は全て本当です」
震えながら頷いたメイドに、殿下は溜め息を吐きながら額を押さえ、リサに指示を出して私の肩にローブを掛けさせた。
それから、共に来ていた兵士に青年を捕らえさせる。
私は短剣をリサに返すと、兵士の邪魔にならないように壁際に寄った。
「流石だな……侵入者を捕らえるとは」
「……あ、すみません。私が大人しく捕まったフリをして、敵のアジトを探る方が良かったですかね?」
まさか今の状況で私を狙った敵襲があると思わず、うっかり撃退してしまった。
いけない、気が緩んでいる証拠だ。
諜報員たるもの、いつでも冷静沈着でいて、常に最善の選択をしなくてはならない。
と思いながら殿下を見ると、彼は笑いを堪えているようだった。
「……とんでもない公爵令嬢だな」
褒められているのか呆れられているのかわからず、私は小さく首を傾げた。
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