第3話 よってらっしゃい!みてらしゃい!
――ドン!!!!
高層ビルの下、地中でダイナマイトでも爆発したかのような音が鳴り響く。土埃が舞い上がり、暴風に煽られそこら中に立ち込める。向こうの世界の出来事のはずなのに、こちらの体も少し揺らいだ気がした。
……嘘だろ?……。こんなの……。
……巨大な高層ビルが崩壊していく。巨大なそれは鳥も木も近くにあった建物も凡て壊していった。強烈な圧がかかった窓ガラスは一斉に割れ、建物を支える柱も粉塵を散らしながら一気に崩れていった。
凡てが飲み込まれていくそれは映画を見ているようだった。現実だとは到底思えなかった。やめてくれ。そう思うことしかできなかった。
「おーここ。面白そうなのが見れそうだよ」
アースが視点を変えた。ビルの近くの公園で倒れる先に子供がいる映像が飛び込んだ。
それを見た瞬間、想像がついてしまった。一度、目を背けようとした。だけど、それだけはしてはならない気がして、俺は子供をじっと見つめた。
ボールを追いかけいてて周りが見えていない様子だった。もともと迷子だったらしく母親が丁度見つけたところだった。しかし、遅かった。
かえで! そっち行っちゃだめ!
通信機を通して聞こえてくる。
俺自身もその現場にいるような感覚になり焦燥感が溢れる。
母親が子供の手を取り逃げた。がもう間に合わない。母親は子供を強く押して、先に行かせた。
彼女は降ってきた瓦礫の下敷きになり、一方、子供は近くの大人に助けられたが――
かえで、よかった……。ほら、泣かないで……。
彼女の下半身はもうない。ぐちゃっとした赤い液体と内臓が地面を伝い、子供のほうへ向かう。
酸素に当たり段々と固まっていく血は向こうに見える東京タワーの錆びた赤色と同化していた。
大丈夫。あなたは。大きくなる。立派になる。だから……頑張ってくじけないで生きて。…………。
あぁ…死にたくない…まだ……死ねないのに。――だから、私の分まで……。
子供は本能で母親の顔を最期まで見なかった。子供ながら状況を把握していたようだ。
母親は子供の顔を見れずに死ぬことに絶望し、顔をゆがませ手を伸ばした。
しかし、何故子供がこちらを見ないか理解するとそっと上体を地面に置いた。こんな無残な姿、母親ではないと悟ったようだった。
そこで母親の息が途絶えた。残るのは悲鳴と野次馬の声、メディアによるヘリのプロペラ音。そして、アースの笑い声だった。
――あはははははははは! こんなの序章だよ。これが君が絶望した世界かぁ。なんて最高なものなんだ。さあ、僕に絶望を見せてくれ、僕も最大限のエンターテインメントを提供しながら破壊していくよ! まだまだこれからだ。ま、退屈だけはさせないでくれよ?
ここで通信が途切れた。そして俺の嗚咽だけが地平線の彼方へと届いた。
これが始まりだと死神は言った。 これから何十、何千、の人々が殺される。世界が終わる。そんなの残酷すぎて想像もしたくないし、できなかった。
俺は蒼穹の下で俺は泣き嘆いた。膝から崩れ落ちて、最終的には原っぱの上でうずくまった。
……世界が残酷なせいで俺はそう思ってしまっただけなんだ。――違う、俺は間違ってない。俺はあの母親を殺してなどいない!
自分でもわかっている。そんなことが間違った言い訳だなんてことは。しかし、そう思わなければ、俺の心が保てなかった。これからの地球を考えて、責任の一端に俺がいるというだけを想像しただけでも死にたくなった。
――でも世界をあのままにしておくわけにはいかない。仮令俺に責任がないとしても。
上体を起こして、そう考えだしたのは俺の涙が枯れてから何分かたった時だった。時間の力とは強力なもので、少し時間がたつと少しずつ冷静な思考を取り戻していく。
俺はあの世界に戻って、人々に死神が暴走していることを伝えなければいけない。これから災害や異常な出来事が起こるかもしれないから備えるべきだと。
俺にはその義務がある。そのためにも向こうの世界に帰る方法を見つけなければ。こちらの世界で安全地帯にいるだけでなにもできない人にはなりたくない。
――そうだ。死神は世界を破壊したら俺に教えるといった。世界を破壊しつくしたうえで、俺を現実世界へ転送させるのだったら、何かしらの方法で向こうの世界に帰れるのではないか?
不思議と考えが浮かび上がってくる。
勇者をこちらに送り込んだとも言っていた。だったら同じ地球人がこちらに来ている可能性もあるのかもしれない。そいつらなら向こうに帰れる方法を知っているかもしれない。
俺は最後の涙をぬぐい、地図を開いて歩き始めた。
草原と青空が永遠に続く壮大で美しい景色を俺は写真に収めなかった。いや、収める必要がなかった。……こんな絶望を味わった景色を忘れるわけがなかった。
「くそだな、まじで――くそが……!」
まだ道のりは長い。死神が世界を滅ぼすまでに俺が帰れる保証もない。だけど俺には進むしかなかった。