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第1話 異世界に行くのいいんだけど犬の世話って誰がやってくれるの?

 斑鳩いかるが 代漸だいぜん。二十五歳、独身。

 

 果たして童貞。


 笑いたい奴は笑っとけ。そう思うんだけどどう思う? ってそんな話じゃないか。


 俺はどうやら異世界というやつに来てしまったらしい。どこを見ても草原で、草原で、草原だった。


 麗らかな蒼穹に、無辺に広がる草海原。動物も鳥も虫もいないこの平原で一人、孤独に立ち尽くす。


「はぁ……どうしてこうなった」


 暗い気持ちが立ち込める中、徐に首に提げたカメラを見た。周りは全て変わっちまったが、こいつだけは変わらない。前の世界から引き続き俺の相棒だ。




△▲△▲



 ――俺は所謂、パパラッチっていうのをやっていた。世界にはびこる悪を撮影し、世の中に発表する。法律では裁けない事案を社会的制裁によって裁く義務がパパラッチにはあった。


 扱ってきた内容は百を超え、人気女優の不倫。人気アイドルの麻薬疑惑。とある学校での賄賂問題。テレビでは扱えないようなセンセーショナルな話題も取材、撮影をしてきた。


 ――しかし、俺が本当にやりたかったことはこれではなかった。


 子供の頃から一流の写真家になるのが俺の夢だった。何気ない風景、壮観な風景、その凡てを等しく美しく輝かせてしまう写真は、幼い頃の俺を魅了させた。父が写真家であったように俺もそうなりたいと願い、追い続けた。


 しかし、結局の所、現実は残酷であった。高校を卒業し上京したが、何もうまくいくことはなかった。東京にいる実力のある奴らには完膚なきまでに打ちのめされ、いくら作品を発表しても当たる可能性はゼロ。自分には才能があると信じ切って上京してきた自分が馬鹿に思えた。



 ついに金が底をついて写真を勉強のするための資金がなくなった時、俺はパパラッチとしてネットニュースを運営する会社に写真を持ち込むようになった。どうせと思い微塵も期待していなかったが、こちらの運は持っていたようだ。一度持って行った時から俺の写真が断られたことはなく、遂には大手の出版社から仕事の依頼が来るようになった。


 しかし、どれも芸術とはほど遠いゴシップものばかり。金を貰うためにやる写真にこれっぽっちも熱くなれなかった。大金を手放したとしても、仮令それに才能が全く無いのだとしても俺は好きなことを続けたかった。好きではないのに得意なことを続けるのは俺にとって絶望でしかなかった。


△▲△▲


 さて、俺が死んだ……と思われるところまで時間を戻そう。それは気晴らしに海に出かけた時だった。防波堤に腰を掛け、ぼーっとしていたのだ。


「あー異国の地に行って、戦場カメラマンもかっこいいなぁ。世界の実情を世界に知らしめる。――今の仕事よりも俺に合っているのかもしれない」

 

 ――ふふ、じゃあ、こっちに来なよ


 何もない空間から誰かが語りかけた。直感的に《《それ》》は俺を死へ誘おう(いざなおう)としている気がした。


「はは、ダメだ。俺には……家族はいないが大切なペットがいるんだ。今ここで死んでは餌は誰があげる」

 

 咄嗟に出た間柄がペットだとは自分でも驚いた。職業柄、人が寄り付かないと言え如何に他人と関わってこなかったかを自覚する。


 今、死んでも悲しんでくれる人はいないのかもしれないな。ペットのドルフは悲しんでくれるだろうか。あいつ、全然懐かなかったし、どうだろう。


 ぐらっと地面が揺れる。今までにないような揺らぎだ。地震のような感覚。


――じゃあ君は退屈してないかい?


「退屈……」


 退屈など思う暇もなかった二十代前半。この先何十年もこの世界で生きていくのかと度々思った。この先の未来もずっと《《得意》》で退屈な世界を撮り続ける。確かに退屈なのかもしれない。――でも違う気がする。


「俺はこの世界に絶望している」


 しばらく考えた末、俺から世界を見た感想が口から零れた。


――はは! 面白い! よく言ったよ、青年! 僕は死神。僕は退屈していたんだ。勇者をこの世界から異世界へ送り込んでも何も変わらない。退屈だ。退屈だと! しかし、そうか僕は絶望という言葉を知らなかった。ありがとう! そうだよファンタジーなんてクソだもんな。勇者なんていなくてもいいんだ。九人もこの世界から異世界に召喚したのになんの役にも立たなかった。役職放棄したり無残に殺されたり、全員、全くの役立たずに、魔王も倒せない馬鹿たちだった……。でも全部がこれで終わるんだ。僕が解放される。


「何を言って――?」


――君はこの世界に絶望しているんだろ? じゃあ君の世界を壊してもいいってことだよね!!! 僕がこの世界を塗り替えて、魔族以外の種族をこちらに移してしまえばいいんだ! 向こうの種族が住めるような環境にして――まさにウィンウィン!


 死神が支離滅裂なことを話していた。意味をなしていない。何を言っているのかわからなかった。狂気を感じる口調に俺は恐怖することしかできなかった。


――そうだな、異世界で待っててよ。こっちの世界を滅ぼしたら、君にそれを届けるよ! 君はカメラマンなんだろ? 戻ってきたら写真を撮って作品を見せてくれよ、丁度いいじゃないか。 


「まだ死にたくない。まだ、何も――俺の《《好きな》》写真を撮れてない」


――いやいや、君、もう遅いよ。君のカメラ一式とこれから行く異世界の説明書。あと君には言語理解の能力を授ける。


 ――というか君の美しいと思える写真はそこで取ればいいじゃないか。この世界の風景だけは自信がある。異国の地で戦場カメラマン。これが実現できるいい機会なんじゃないか? 


 ――んじゃ、これ腕時計型の通信機。これで僕と通信できるから。って言ってもそっちからはかけられないけど。


 暗闇に飲まれる。高波に飲まれた。肺に水が溜まって息ができなくなる。次第に体が重くなっていき、頭の中は真っ白になっていった。


 ……やっぱり、苦しいのか。


 意識が遠のくとともに真っ白なスケッチブックに色がつき始める。視界に色彩が宿って来た。


「ここが異世界?」


 何の説明もなく放りだされた俺は草原のど真ん中にいた。










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