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第5話 復興の夢 神話の夢

ようこそ! 鉄道博物館へ!

ご来館いただきまして、ありがとうございます!


わたくし、当館解説員のロボット、シーナでございます!

お客様、当館自慢のAR体験型アトラクション『追想列車』はいかがでしょうか?


人々の想いと夢を共に乗せ、あの時感じた車窓には、変わらぬままの風景が。

どこまでも、いつまでも……


本日の追想列車の公開内容は「復興の夢 神話の夢」です!


車窓から見える美しい高千穂の杜を、ぜひご覧ください!

 あの喧しい少女型ロボットが見当たらない。


 男はいつものように朝起きると、そのままの足で館内に異常がないかを点検して回る。

 そうしていると大抵どこかで、あの迷惑ロボットの解説員シーナに遭遇し、煩わしい鉄道に関する解説やうんちくを聞かされるのだった。

 それが今日は見当たらない。


 ……ついに充電が事切れたのか?


 近くに居れば居るとで目障りな存在ではあるが、突然なんの前触れもなく居なくなると、それはそれで気になるというもの。

 男は館内を一回りして、正面入り口までやってくる。


 ここにも居ない。


 オープン時間前の今の時間になると、いつもならこの場で来るはずもない客を永遠と待ち続けるのだが、今日はその姿も見られない。

 がらにもなく一抹の不安や、寂しさという感情が、男の心の片隅にも垣間見えた瞬間……


 入り口脇にある受付から、何かが崩れる音がした。


 男が振り返ると、受付の裏から大量の紙やらチラシ、パンフレットの類が、雪崩のようにロビーまで流れ出し、撒き散らされていた。

 そして受付デスクの下から、悪さをした犬のように申し訳なさそうに這いつくばったシーナが姿を現した。


 シーナは受付の近くでパンフレットを整理し、陳列していたのだった。


「お前、何してるんだ?」

「あっ! おはようございます! 敷島様!」


 朝から無音だった館内に、耳をつんざくほどの大ボリュームの声が響き渡る。


「わたくしはパンフレットを整理しておりました!」


 男は足元に散乱した紙を一枚拾い上げる。


『ゴールデンウィーク 期間限定 親子模型作成教室』


 そんな平和だったころの、何の変哲もない企画案内が書かれてあるチラシ。

 親子が鉄道のペーパークラフトを作るという企画。

 もちろん期限はとっくの昔に切れている。


 このロボットは、期限の切れた意味のないパンフレットを、来るはずもない客に対して整理するとは。


「敷島様も、いかがでしょうか? 当館の夜間貸し切りイベントなどは?」

「いや、興味ない」


 一冊のパンフレットを拾い上げ、保険販売員の要領で様々なコースを笑顔で勧めてくるシーナ。

 しかし男には、まったく興味はない。


 少しでも心配した俺がバカだった。

 そもそも、毎日、俺とお前の貸切みたいなもんじゃねーか。


「こちらなどはいかがでしょう? コスプレ撮影貸し切りイベント……」

「いらない」


「明治大正時代に活躍した車両に、当時の衣装を着て撮影できるイベントです!」

「やらない」


「そうですか? では、こちらはどうでしょう? 当館で行う結婚式です!」

「どこにそんな需要があるんだ?」


「鉄道好きの新婚さんです!」

「……あっそ」


 世の中には変わった趣味のやつがいるもんだ。

 いや、以前の世の中には、だ。


「または、鉄道関係の方がご結婚される場合などがございます!」

「ふ~ん」


「追想列車にて、新郎新婦の思いでの映像を流すこともできます! ご覧になられますか?」

「別に人様の結婚式なんぞに、興味はないんだが」


「敷島様も是非、ご結婚される場合には、当館での結婚式はいかがでしょうか?」

「しない!」


「あっ、敷島様は……すでに既婚者で……」

「違う! 独身だ!」


「大変失礼いたしました! すでにご結婚されておりましたのですね。そのような方に結婚式をお勧めするなどとは……本当に申し訳ありません!」

「……」


 深々と頭を下げるシーナ。

 それを、うんざりした目で追う男。


 そして、下げた頭を戻す途中で、上目遣いで尋ねるシーナ。


「……では、新婚旅行はいかれましたか?」

「行ってない!」


「では、こちらがおすすめです! 豪華列車で周る日本一周 五泊六日の旅」

「行かねーって! 言ってるだろうが!」


「お子様はいらっしゃいますか? ご家族で楽しめるファミリー企画の……」

「うるせーな! 朝から!! 少し黙ってろ!!」


「……大変失礼いたしました。敷島様は、どうやらご家族に深い悲しい思い出があるようで……」

「……」


「そうとは知らず、申し訳ありません」

「……あのなぁ……」


「わたくしでよろしければ、どんなことでもいたします。もしよろしければ、亡き奥様の代わりに、わたくしが敷島様の奥様を演じさせていただきます!」

「……はぁ!?」


「お子様でしたら、姿かたち特徴をおっしゃっていただければ、精一杯似せる努力はいたします。どうか今日一日わたくしを敷島様のお子様だと思って接してください!!」

「……」


 くそっ! このポンコツ、どうやったら電源を落とせるんだ!?


「その話はもいい! それよりも、腹減ったんだが!?」

「かしこまりました! では朝食の準備をしてまいりますので、お先に追想列車でお待ちください!」


 そう微笑みながら、あくせくと散らばったパンフレットを回収するシーナ。

 その様子をしり目に、手伝うこともせずに呆れながら去っていく男。

 朝から元気の良いシーナに付き合わされた男は、疲れ果てた様子で追想列車へと向かった。





 先に男は独り、薄暗い車内で、鳴き止まない腹を抱えながらシートに身体をもたらせながら座っていた。

 そこに相変わらず疲れることを知らないシーナが、駅弁とお茶を持ちながらやって来た。


「お待たせしました! 敷島様!」

「ああ」


「今日は宮崎駅の駅弁をご用意いたしました。椎茸飯です!」

「椎茸……かあぁ」


「敷島様は椎茸がお嫌いでしょうか?」

「いや、別に」


 きのこ。


 それは男が道中、あまりの空腹のために、木に生えていたものをむしり取って口にして、腹を壊したという出来事があった。

 それを思い出し、また腹をさする男。


「九州地方は美味しいものがたくさんあります! お魚からお肉、お野菜と果物と、食べ物の宝庫でございます!」

「じゃあ、椎茸以外のにしてくれよ」


「今回、お食事と共に追想していただく思い出の列車は……」

「勝手に話を進めるなよ」


「敷島様にも新婚旅行を経験していただきたく、こちらの思い出をご用意いたしました!」

「おい! そんなこと頼んだ覚えはないぞ!」


「在りし日の『高千穂鉄道たかちほてつどう』でございます!!」

「……知らねーし。どこだよそれ」


「宮崎県の国鉄高千穂線です。海側の延岡のべおかから高千穂峡と天孫降臨の地である高千穂神社のある、高千穂までを結ぶ50キロの路線です」

「知らねーな」


「五ヶ瀬川ごかせがわの川沿いを走り、渓谷を抜けていく、とても風光明媚なところです。新婚観光先としても人気で、しかも地域の住民方からはとても親しまれていた路線でございます」

「ふ~ん」


 男は興味なさげに、横に立ちながら意気揚々と解説をするシーナの話を適当に聞き流し、早くも弁当を開けて食べようとしていた。


「先ずは実際に、ご覧いただきましょう!」


 シーナが合図をすると、車内は一転明るくなり、列車は当時の古びた車内へと変わる。

 車窓の外には、どこかの寂しげな田舎のホームが映る。

 男が窓から場所を確認する間もなく列車は、鈍い振動を繰り返しながら、ぎこちなく進み始める。


「この鉄道も、実は宮崎県延岡から反対側の熊本県まで延び、九州横断という計画がありました。

 しかし、さまざまな理由により中止されることに……」

「……どこかで聞いた話だな。もういいよ、そういうのは。虚しくなるだけだ」


「そしてさらに、この本線も廃線の対象になるという追い打ちが……」

「……」


「しかし地域住民や宮崎県の協力もあって、1989年に第三セクターとして運行を引き継ぐことになりました」

「ふーん」


「左をご覧ください。深い緑の山々と、眼下に伸びる穏やかで美しく輝く五ヶ瀬川の流れを」

「まぁ……きれいだな」


 確かに車窓から見える山々の緑は映え、エメラルドグリーンに染まる雄大な川は、男が見ても美しいと感じるものはあった。

 しかしそれ以上の感想を持つほどでもなかった。

 別段、車窓には何の感情にも揺さぶられることなく、弁当の米を胃袋に流し込んでいく。


「このとても美しい車窓と、高千穂までの楽しい旅を国鉄時代から第三セクター『高千穂鉄道』として継続することが出来たのです」

「ふ~ん」


「しかしこの高千穂鉄道、経営は順風満帆とはいきませんでした。利用者の低迷、自動車道の整備など、毎年赤字を出しながらの苦しい経営が続きました」

「そうか……そんなもんだろうな」


「そして決定的となった事件が起きました。それは……」

「それは?」


「2005年9月6日に上陸した台風14号による河川の増水で、この川に架かる二か所の橋梁が流されてしまったのです」

「台風……」


 男の箸を持つ手が一瞬止まる。


「近年、九州地方は台風や集中豪雨などの自然災害により、多くの地域で被災しておりました。この年の高千穂鉄道もそうでした」

「自然災害……」


「ちょうどこれから渡る橋梁がそうです」


 川沿いを這うように伸びた線路は、川に架かる橋を渡り、対岸の崖へと伸びる。

 そこをゆっくりと列車は通り過ぎていく。


「この橋梁は、もうこの世には存在しておりません」

「……」


「人々の思い出と、この列車に残された記録のみの存在です」

「……そうか」


 シーナが知らないだけで、世界大災後の現在は、この風景も鉄道もきっと存在はしていないだろう。


「高千穂鉄道はこの台風により大きな被害を受け、運行休止となりました。そして全線復旧をとの人々の願いもむなしく、2008年には惜しまれつつも復旧を断念、廃線となりました」

「……」


 自然災害……か……

 まさかその数十年後、世界大災により、全てが停止するとはこの時には夢にも思わなかっただろうにな。


「敷島様?」

「どうした?」


 流暢に話していたシーナが、声のトーンを下げて男の様子を伺いながら尋ねる。


「一度列車を停めてもよろしいでしょうか?」

「あ? 構わんが」

「ありがとうございます」


 その言葉と共に列車は停止し、車窓の外の山々の風景も、どこかの車庫の中へと切り替わる。


「被災した2005年から廃線となる2008年の間、復旧を夢見た人々は線路を整備し、駅舎の清掃も、車両の整備もしておりました。いつでも、またこの線路に列車が走ることを夢見って。

 しかしながら、その日常は突然何の前触れもなく奪われたまま終わることとなりました。

 高千穂神社という神話へと続く鉄路の夢は、果たせぬまま終わってしまいました」


 突然襲われた台風による水害により、奪われた日常。

 男にとってはそのことは、心臓が握りつぶされるほど痛感してきたこと。


「この車内は、当時、被災からしばらくの間、そのままの状態で保たれた車内です」


 弁当を食べ終えた男が、座りながら周囲を見上げると、当時の中吊り広告がホコリで色褪せながらも天井からぶら下がっているのが分かった。


 高千穂神社の広告。

 天岩戸神社の広告。

 今は無き路線の案内を示しているポスター。

 無料自転車の貸し出しの案内。


 まさに列車が走っていた状態の日常を切り出したかのような、車内の様子。


 男はシーナに促され立ち上がると、ともに車内を見学する。


 運転席脇には埃の積もった料金箱。

 壁には、既に存在しない始点から終点までの運賃表。

 扉の窓ガラスには、近隣の病院の広告。


 運転席には無数の上下に切り替えるスイッチが。

 切り替えれば今にも作動しそうな状態で立ちすくんでいる。

 計器の横に置かれた連絡帳。

 シーナがそれを拾い上げ広げる。過去を懐かしむかのように1ページ1ページとめくる。

 端が茶色く変色した紙のノートには、日付と連絡事項が。

 ランプ切れ……警笛音の異常……点検……修理済……


「この車両はその日まで、いつもと変わらず線路の上を走り、多くのお客様を乗せて走っておりました。そしてそれは変わること無く、明日も明後日も続くものだと誰もが思っておりました。そのはずでした……」


 ついこの前までは、何気なく過ごしていた日常が、ある日突然終わりを告げる。

 男はこのような光景を、いくつもの場所で目にして来た。


 突然、この世界に訪れた大災害。

 世界中の人々の日常はその瞬間、消滅した。


 旅の途中で立ち寄る街は、皆、このような状態だった。

 放置された家屋には、ついこの前までは幸せに暮らしていた名残が。

 冷蔵庫の中には次の日、食べるはずであった料理。

 壁にはメモ書きが貼られ、明日の買い物の内容や、留守番時の指示。

 洗濯物は次の日にでも取り込むはずであったろう、干されたままの服や下着。

 小さな子どものものであろう、リビングに散らばったままの玩具。

 カレンダーにはその日以降の、来月までの予定かかれ。おとずれることのなかった記念日であろう日には赤字で大きく○がしてある。


 この世界の全ての人間は突然、いつもの生活を失った。

 それは誰もが予期せぬ時にやってくる。

 この鉄道もそうだった。

 ただ早いか遅いか、その違いだけであった。


 男は思うのであった。

 皮肉なものだ。大自然を神々と崇めてきた人間に、大自然は災害という大きなしっぺ返しをするのだからな。

 いや、自然をないがしろにしてきた、人間の自業自得なのか?


「敷島様、また列車は動き始めます。席にお座りください」

「ああ」


 2人は元の席に戻り、ゆっくりと腰掛ける男の脇に、寄り添うように立つシーナ。

 そして車窓は元の景色へと戻り、再び走り出す。


「今ご覧いただいております追想列車の車窓は、そんな在りし日の高千穂線を愛してくださった多くの方が、廃線を忍んで提供していただいた記憶です」

「そうか」


 穏やかな緑色の河川に沿いながら、列車は進む。


 こんな美しい川が氾濫し、線路を押し流すとはなぁ……


「さあ、ここからさらに川に沿って上流へと、神話の世界、高千穂駅へと向かいましょう」


 そして列車はこの路線一番の見どころでもある橋梁へとやって来る。


「さぁ、敷島様! これから渡ります鉄橋は、 

 全長353メートル

 海抜高さ105メートル

 高千穂橋梁たかちほきょうりょうで、

 当時日本一の高さを誇っておりました」


 列車は減速しながら鉄橋へと入っていき、そしてその中央で進むのを停めた。


 まるで仙人でも住む中国の山奥のような景色

 緑の山々に霞みがかかり、神秘的な装いを醸し出す。


「この橋梁からの眺めはとても素晴らしく、多くの方に愛されてきました高千穂を象徴する景色でございます!!」


 男もその光景に思わず立ち上がり、身を乗り出して外を眺める。


 高さ105メートルから見渡す車窓は、まさに絶景だった。

 季節は新緑萌える時期。

 四方を見渡せば山々。

 遠くの山々のその中腹には、空中を優雅に遊泳する霞の群れ。

 V字型の渓谷のその下、細く伸び渡る車道に、小さな虫のように走り抜ける車の姿。

 さらにその下を川が伸びていく。


 美しい。自然がそう思えるよほどの車窓。


 なるほど……これほどの場所なら、神様が住んでいてもおかしくないと思うはずだ。


「鉄路の復活を夢見た沿線の方々は、2008年に『高千穂あまてらす鉄道』を設立し、そして2013年には終点高千穂駅からここまでの高千穂鉄橋まで、トロッコを走らせることに実現しました」

「そうか……ここまで来ることは可能で、この景色を見ることは出来るんだな?」


「はい! 今後は全線復活を夢見て営業されているようです」

「そうか……」


「人々の夢を諦めない気持ちと、夢に向けての努力が、それを実現させるのです!」

「そうか……それは良かったな」


 シーナの純粋な笑顔を見ると、本当に復興も不可能ではないような、何か明るい未来が待っているような不思議な感覚に陥る。

 復興に100年と言われた未曽有の世界大災害。

 それも叶うというのだろうか?


 夢を諦めない気持ちと……その努力があれば……か……


 そして列車は再び終点へと向かっていく。

 シーナの希望の笑顔と、男の憂いを乗せながら、神話の里へと……

次回予告

1945年8月6日 午前8時15分


広島の街は焦土と化した。


市街を走る路面電車も例外なく被災、壊滅的な被害を受ける。

しかし、人々は諦めなかった。

午後には復旧に取り掛かり、9日には一部区間を運行。

焼野原を走るその雄姿は、人々の復興への希望の象徴となり、いつしか「被爆電車」と呼ばれるようになった。


次回『追想列車の車窓から』は

「いくつもの夏を超えて 650」

に停車いたします。


変わりゆく町並みを、変わらぬ願いを乗せて走る路面電車に、


あなたは、なにを、想いますか?

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