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第4話 燃える都市 眠らない街

ようこそ! 鉄道博物館へ!

ご来館いただきまして、ありがとうございます!


わたくし、当館解説員のロボット、シーナでございます!

お客様、当館自慢のAR体験型アトラクション『追想列車』はいかがでしょうか?


人々の想いと夢を共に乗せ、あの時感じた車窓には、変わらぬままの風景が。

どこまでも、いつまでも……


本日の追想列車の公開内容は「燃える都市 眠らない街」です!


車窓から見える美しい落陽、夜景を、ぜひご覧ください!

 男は朝早くから車を駆り出し、周辺の調査に乗り出していた。


 あいつが起動している時に外出しようとすれば、いろいろと面倒だからな。


 シーナが充電から覚め、勤務開始の時間よりも早く博物館を抜け出した男。

 時刻ではすでに日が昇っているはずの時刻だが、相変わらず世界は厚い雲に覆われ暗い。


 博物館のあるここは、内陸に位置する場所。

 津波の被害もなく、火山からも離れた場所で、住民が非難するのには比較的時間があった模様。

 そのため家屋の中には、あまり遺留品は残されていなかった。

 付近を回って、男にとって使えるものはほとんど見つからなかった。


 朝早くから出回って、手に入れたのは放置された車のパーツと、民家に残された非常食くらいか……

 大型スーパーは一階の部分から押しつぶされ、コンビニはすでに荒らされた後…………

 結局、無駄に燃料を消費しただけだったか。


 男の乗った車は博物館の駐車場へと滑り込む。

 気がつけばもう正午を回ろうという時間だった。

 思ったよりも時間がかかってしまっていた。


 あいつは、もう起きてる時間だよな。


 気づかれぬよう、裏の穴の開いた壁から音をたてずに侵入する。


 そこで男は異変に気づく。


 無人のはずの館内。

 正確にはシーナがいるのだが。

 どこからともなく話し声が聞こえてくる。

 いや、それは話声ではなく……


 歌?


 耳を澄ませば、それはどこからか流れてくる歌声。

 薄暗く静まり返った館内に、かすかに響き渡る少女の歌声。

 誰かが歌を歌っていたのだが、そんなことをするのは一台しか思いつかなかった。


 男が声のもとを辿っていくと、博物館の正面入り口にそれはあった。

 博物館の決して開くことのない入り口の前。

 シーナが一人正面に立ち、歌を歌っていたのだ。

 微かに入り込んでくる入り口の光に照らされて、埃の漂う中、今にも消えそうな儚い姿で。

 この場所には似つかない朗らかな歌声で、ただ一人観客のいないステージに上がるアイドルかのように、理由も分からずただ一台孤独に歌う。


「何をしているんだ?」

「あっ! おはようございます! 敷島様!」


 背後から近寄る男に対し体を振り向けると、この世界の憂いを一切感じさせないくらいの、いつもの笑顔を見せるシーナ。


「敷島様。わたくし、歌を練習しておりました!」


 歌を歌うロボット。

 そのまま音楽データをスピーカーから流せばよいものを、律儀に言語プログラムでの処理を経て、人間と同様の口腔に似せた音声の生成器官の口を経て、歌を歌うという実に回りくどいことをしていた。

 しかし男にとってはそれはどうでもいいことで、むしろ何故ここでそんなことをしていたのか? という疑問が浮かび上がる。


「なんでだ?」

「はい! 今日は近所の小学校の生徒たちが、社会科見学で当館に訪れる予定となっております!」


「社会科見学……だと?」

「はい! 生徒たちの前で私が歌いますと、とても喜んでいただけるのです。毎年いつも一緒に鉄道唱歌を歌っております」


 小学生など、来るはずもない。

 しかしそれを訂正するのも、なぜ来ないのかを説明するのも面倒な男は、そのまま話を聞き流す。


「そうか……」

「私は歌を歌うのがとても好きです! この鉄道唱歌は全5集の334番まである唱歌で、細かいものまで合わせると3355番まで……」


「いい! そんな解説!」

「第1集は東海道編で66番までございます。全てを歌いきるのに30分ほどかかります!」


「もういい! 分かった! まさか……歌うんじゃないだろうな……」

「ではご一緒にどうぞ! 汽笛 一声いっせい 新橋を~」


「歌うな!!」


 一日中、こいつの歌を聞かされるのも、たまったもんじゃない。

 面倒だが、今日は子どもなんて来ないことを説明してやるしか……


「敷島様は、歌うのがお嫌いなのですか?」

「違う、そういうことじゃない」


 未だに子どもたちを待ち続ける……社会科見学など二度とやってはこないことを知る由もないシーナは、男を不思議そうな曇り一つないガラスの瞳で見つめてくる。


「もしかしまして……」

「……」


「もしかしまして……敷島様……」

「……ああ、そうだ」


「もしかしまして、敷島様は、音痴なのでしょうか!?」

「……は?」


 長い髪が宙にフワッと浮かぶくらい、ものすごい速さで頭を下げる。


「音痴だとは気づかずに! 無神経なことを!」

「あのな、シーナ……」


「大変申し訳ありませんでした!!」

「おい! 聞け!」


 歌は得意ではないが、さすがに音痴だと思われるのは、男には耐えられなかった。

 自分の名誉のために、シーナに諭すようにゆっくりと語りかける。


「あのな、シーナ。今日は小学生は来ないんだよ」

「来ない……と申しますと?」


 当然、理解できないという表情を作った顔を傾げる。


「その通りだよ。来ないんだよ」

「しかし、この予定はすでに去年から決められていたこと。毎年行われています恒例の行事でございます!」


「……」

「キャンセルの報告は承っておりません。子どもたちが楽しみにしている以上、わたくしは最善の準備を行ない……」


「実は今さっき行ってきたんだよ、小学校に」

「敷島様が? でしょうか?」


「ああ、ちょっと事件が起きてな」

「事件!? と申しますと!?」


「……ほら、最近、通信システムの異常が多いじゃないか。その関係で、ちょっと、な」

「それは大変です!」


「だから今日の社会科見学は中止だとさ」

「それは……残念です」


 本当に気落ちしたような表情を見せるシーナ。

 そんな姿に、なぜか罪悪感を感じさせられる男。


「では、振り替えの社会科見学は明日、行うのでしょうか?」

「いや、明日もない」


「では明後日でしょうか?」

「違う」


「では……」

「来れるようになったら……連絡する。だとさ」


「そう……ですか」


 存在意義と楽しみを失ったシーナの表情は、暗い影を落とす。


 落ち込むシーナ。


 ただでさえ陰鬱な館内。


 かける言葉が見つからない男。


 そのまま無言の時間が続く。


 男は……


 塞ぎ込んだシーナを見ていられなく、つい口にしてしまう。


「じゃあ、俺が変わりに見学する」

「敷島様が……ですか?」


 俺はいったい……何を言っているのだろうな。


「ああ」

「かしこまりました! では鉄道唱歌を歌いながら、日本における鉄道の始まりからご説明いたします!」


「いや、そういうのはいらない。いつものところ行かないか?」

「かしこまりました! 追想列車をご希望されるのですね!」


 さっきまでの表情がまるで嘘のように晴れ渡るシーナ。


 こいつ……こうなると、計算してやってたのか?


「では準備をしてまいります! しばらくお待ちください!」


 男と、男の抱く疑念を置き去りにして、シーナは奥へと消えていった。




 奥から、にこやかに鼻歌を歌いながらやって来たシーナ。

 両手には一つの弁当と飲み物が抱えられていた。


「お待たせしました、敷島様! こちらは今日のお昼ごはんとなります!」

「ああ、これか、悪いな」


 渡された弁当は、前回伊豆で食べたものと似たような形。


「本日の駅弁は、奈良の柿の葉寿司です!」

「ほぉ」


「敷島様はサバは食べられますか?」

「大丈夫だ、食えないものはない」


 押し寿司は食べごたえがある。

 なんせ、米が圧縮されているようなものだから、腹持ちがいい。


「では車内へとご案内いたします!」


 シーナに促され中に入る男。

 今日の車内は、いたって普通の通勤用の電車。

 ロングベンチシートが伸び、上から吊革が何本も垂れ下がる。

 中ずり広告が貼りつくされる。

 天井の蛍光灯が、青白い光を放つ。

 ごく普通の電車。

 普通すぎて、むしろ落ち着く。


 男がシートの真ん中に腰を下ろす。

 そして弁当の包装紙をほどくのを見計らい、シーナが目の前でお得意の解説を始める。


「今日の追想列車は、ある男性のお客様からのご依頼です。

 生まれと住まいが奈良で、学校が大阪にありました。

 この路線は大阪難波から近鉄奈良を結ぶ近鉄奈良線でございます。

 学生時代、ほぼ毎日といっていい時間を、この電車と共に過ごしました。通学の登校下校にと。それは大学に進学しても変わることはありませんでした。

 毎日毎日、この路線を行き来しておりました。

 さらには大学を卒業されて、そのまま大阪に就職されても、やはり同じくこの路線で通い続けました」


 男は黙々と口を動かしながら、耳だけをシーナへと向けていた。


「男性はいつも朝早く家を出て、帰りは西へと沈む夕陽を背中に浴びながら帰りました。

 悲しいときも、辛いときも、楽しいときも……

 帰りに、いつも振り向くと車窓の外には大きな燃えるような夕陽がありました。

 部活で帰りが遅れる時や、仕事の残業の時には、光り輝く都会の夜景が夕日に変わって背中を励ますように照らし続けました」


「そして数年たったある年、お仕事の異動のために奈良を離れることとなりました。

 異動先の東日本で数年勤め、そこで運命の女性と出会い、結婚し、そこでマイホームを手に入れ、家族も手に入れました。

 実家のご両親も招き入れ、もうあの故郷に戻る機会もなくなってしまいました。

 しかし、時折思い浮かべたそうです。

 あの青年時代を共に過ごした車窓のことを……

 あの時身近に感じていたものが、こうも遠くに離れていってしまうと、なにか大事なものを失ったような、心の中に喪失感が膨れ上がっていったそうです」


 身近にあったものが無くなる……

 日常が非日常に……

 近くにあったものが遠くに……


 そんなことはこの一年、男がさんざん経験してきたことだった。


「そんなお客様が思い出を提供されました、この記憶。

 もう捨て去った故郷、戻ることのない若かった時代。

 難波から奈良へ向かう車内。

 その途中、額田ぬかた駅から石切いしきり駅の車窓をご覧いただきたいと思います」


 車体はゆっくりと動き始める。

 すでに弁当を食べ終えた男は、特に期待もせず首を横に向け、車窓の外へと目を向ける。


 なんてことない風景。

 マンションや住宅などの家屋が、ただ横へと流れ去っていくだけの景色。

 世界大災以前では、どこにいても目にする、ありふれた風景。

 ガタンゴトンと規則正しい音と揺れを出しながら、電車は進んでいく。


 こんな風景も、今となっては見ることも叶わないが……


 かつての平和だった日常を思い出し、それを噛み締めるかのように、ただぼんやりと窓の外を眺める男。

 どこまで進んでも、車窓には民家が続く絵しか流れない。 


「奈良へ向かうには、大阪との県境にあります生駒(いこま)山を越えなくてはなりません。この急勾配を上る時に背に見える大阪平野の景色が、絶景と呼ばれております」


 シーナの説明の後、ほどなくして車体が傾き、斜面を登っているのが分かる。

 標高が高くなり、気が付くと窓からは建造物が見えなくなる。

 いつの間にか民家の屋根を電車が越え、大地が眼下へと落ちていく。

 まるで電車は空を翔けるかのように、昇っていく。


「本来は一瞬で通過してしまいます絶景ポイントですが、今回は列車を停めてゆっくりと鑑賞していただきたいと思います。

 先ずは、とても魅力的な夕焼けのシーンです」


 すると窓から降り注ぐ、オレンジの眩い斜光により、一瞬男はまぶしさで目を閉じる。


 そして再び瞼を開いた、そこには……


 これは……!?


 言葉を失うとは、まさにこのことであった。

 男は心の中で感嘆の声を上げると、思わず窓ガラスに手を付き外を覗き見る。


 遠くに雄大に広がる大阪平野が……

 ……大阪が燃えていた。 


 梅田のビル群、はるか彼方には六甲の山々。

 そこに大きな丸いオレンジの果実が、火の玉のように燃え盛りながら、空から地上へと落ちてゆく。

 地平線は擦り下ろされたオレンジの汁が滴り落ちて、周囲を赤く染めていく。

 それは空を次第に茜色に染めてゆく。

 沈みゆく太陽に照らされ、赤く染まるビル群。

 まだ手前の空は紺色の輝きを残し、雲は暗く影を落とす。夕陽に近づくにつれ、雲はインクが染み込むように赤く染まってゆく。


 それはまるで、映画のワンシーンかのような美しい光景。


 男が以前目にした光景は、本当に大阪が燃えている時だった。

 世界大災に起きた地震により、栄えた大阪のビルはことごとく折れて崩れ去り、瓦礫となった都市。

 そこに上がる火の手は、黒煙を立ち昇らせながら、二夜三日も都市を赤く燃やし続けた。

 その光景をリアルタイムの中継で見ていた男は、本当にこの国に終わりが来たのだと、感じさせられた。


 あの時の悲壮感……


 しかし今、目にしているのは別の光景。

 そこに写るのは、まだこの世界が美しかったころのもの。


 こんな場所が……この国にあったとは……


 男は知らなかった。

 自分が生きていた地から、すぐ手の届く場所に、このような光景を見ることが出来たという事実に。


「これは本当の映像なのか?」

「はい!」


 なんの憂いも感じさせないシーナの明るい返答。


「実際に、この場所で見ることのできる景色となっております!」

「こんな絶景を、沿線の人間は毎日拝んでいたのか!?」


「はい! 意外と毎日近くにある時は気に止めることもなく、それが失くなってから、その大切さに気付くもののようです!」


 まさしく今の人類がそうだ。

 失ってから、その大切さに後悔し、絶望する。


 夕陽がゆっくりと沈む。

 シーナの体ごと燃やすように赤く照らす太陽。

 それを見つめる二人の顔も赤く染まる。


「このお客様は、帰るたびにここから見える景色を楽しみにされていたようです」

「そうか。贅沢だな、毎日こんなもの見れるなんてな」


「毎日違った景色が見られたようです。また別の、このような夕焼け空も、ご覧になられたようです」


 そう言うと、日はすっかり地平線の下へと消えてゆく。


 しかし、日が沈んでいるのにも関わらず、空が青いまま残る。

 日は完全に地上から姿を消し、数分前に確かに空にあったであろう名残として、付近一帯が赤く染まっている。

 太陽が落ちた点から、空へと放射線状に赤からオレンジ、黄色と……


 ……そして空全体が透き通るような青一色へと変わる。

 漆黒の夜が訪れる前の数分、青い光で静止する瞬間。


「これはブルーモーメントと呼ばれる現象のようです」


 シーナの説明に男は、感嘆のため息をつくことでしか返す言葉が見つからなかった。


 そして車窓は完全に夜へと変わる。

 まるで明けることのない夜……終わりがこの世界にやってきたかのように……


 ビルや家屋には、夜空に輝く星のようにまばゆい光が灯り、地上にもう一つの星空を演出させる。

 一つ一つの地上の星には人の営みが、命の輝きが光となって現れる。

 遠く見下ろす大阪は、ひときわ輝く星々の群れが。

 鮮やかに輝く高層ビル群のネオン。

 幹線道路に流れるライトの明かりは、まるで天の川のように、光の流れる大河となる。


「綺麗だな……」


 男は似合わない言葉を発する。

 自分でも似合わないと感じ、思わず失笑する。


「本当に綺麗だと思います! 大自然の景観も美しいのですが、このような人工物でも自然に負けず劣らず、とても綺麗だと思います!」


 皮肉とも取れる言葉に、男はまた笑う。


「一度この目で見て……見てみたかったな」


 男がボソッと口にした言葉。

 しかしそれは、もう二度と見ることの叶わぬ夢のような話。


「わたくしも、ぜひこの目で直接目にして、メモリーに記憶したいです!」


 星のように瞳を輝かせるシーナ。

 そこに写るのは、叶うことのない見果てぬ夢。


「そうだな、俺も一度は拝んで見たかったよ」


 男の瞳は、哀愁で曇る。

 そこに見えるのは、二度と戻ることのない儚い夢。


 二人はそれぞれの思いを抱きながら、大阪平野に散りばめられた星屑の輝く夜景を、静かに眺め続けていた。

次回予告

そこは語り継がれる神話の世界。人々を神話の世界へといざなう。

大自然の神は、その力を持ってして人々に、時には恩恵を、時には試練を与える。

その試練は人々の願い虚しく、鉄の道を途絶えさせる……


次回『追想列車の車窓から』は

「神話に夢、復興の夢」

に停車いたします。


霞のかかる神々が眠る杜へと続く線路に、

あなたは、なにを、想いますか?

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