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第3話 海から湾へと結ぶ道

ようこそ! 鉄道博物館へ!

ご来館いただきまして、ありがとうございます!


わたくし、当館解説員のロボット、シーナでございます!

お客様、当館自慢のAR体験型アトラクション『追想列車』はいかがでしょうか?


人々の想いと夢を共に乗せ、あの時感じた車窓には、変わらぬままの風景が。

どこまでも、いつまでも……


本日の追想列車の公開内容は「海から湾へと結ぶ道」です!


車窓に広がる辺り一面の菜の花を、ぜひご覧ください!

 今日も男は照明のない暗闇の中の、館内に展示された車両の点検修理をする。


 いや、そのふりをするだけだった。


 男に、異常のないものを、これ以上直せるはずがない。

 ただ、そんなことは男にとってはどうでもよい事だった。


 しばらくここを拠点とし、周囲を探索し、必要な物資を確保する。

 ここにいれば最低限の寝床、そして飲料と食料が付いてくる。

 そのためにも、修理業者を装い、しばらくここに居座る。


 しかし……そろそろ、この施設周辺の探索にも向かいたいのだが。


 館内は所々、壁に亀裂が入りコンクリが剥がれ落ち、展示ケースのガラスが割れたりしている。

 天井の照明も断線し、落下した形跡がある。

 だが、床には何一つ、破片の一片はおろか、ゴミ一つ転がっていない。


 この一年間、来館者のいない日が続く中、シーナがひたすら掃除をしていたからだという。


 あの日、世界大災から姿を消した館長やスタッフからの指示もなく、カスタマーセンターにも通信ができない。

 あらゆる外部との情報を遮断されたこの博物館は、取り残された陸の孤島と化した。

 生きることで必死の周辺住民も、避難が最優先で、博物館という骨董品の寄せ集められた倉庫には、だれも見向きもしなかった。


 その日からシーナは、孤独に通常の業務を、ただひたすら繰り返していた。


 シーナは、この館内からは出られないという。

 防犯上の理由でセーフティーがかかっており、自室の装置から発せられる電波からは逃れることは出来ないようだ。

 かつて鉄道オタクと言われる愛好家集団に、シーナ自身が盗まれかけたことがあったようだ。

 その時の出来事を、楽しい思い出を話すかのように、シーナは男に詳しく語ってきたが、男はその大半を聞き流していた。

 要するにシーナは、まるでレールの上しか走れない列車と同じように、この博物館から持ち出し厳禁の、陳列された使い物にならない骨董品と同じ。

 この世界においては、まったく役に立たないということだった。


「敷島様どうでしょう? 直りますでしょうか?」

「あー 無理だな」


 館内に展示された、ある電車の一車両の車掌室に、二人はいた。


 男は見たことも無い、何を図るのか分からない計器がいくつも付いた席の下の配線などを見るが、まったく分からない。

 これが何に使われているのか、どんな意味があるのか、どこが悪いのか、全てが分からない。


「これが直りませんと、とても困ります。これはとても人気の展示車両なんです!」

「こんな、おんぼろの何が人気なんだ?」


「なんと、この車両では……」

「では?」


「車掌体験が出来ます!!」

「…………しゃしょう? 体験だと?」


「はい! なんと、アナウンスができるのです!」

「……」


「車内放送や車内チャイムを流せます!」

「……へぇ~」


「さらには、ドアの開け閉めができます!」

「……ふ~ん」


「しかも、方向幕も回すこともできるのです!」

「……あっそ」


 そんなもののために、俺は朝から点検していたのか。


「それはもう! 子どもたちには大人気なんです!」


 シーナが楽しそうに話し、頼んでもいない実演を披露する。

 窓から身を乗り出すと「ドア、閉まりま――す!」と無人の館内に向かって叫ぶ。

 流れることのない車内チャイムの代わりに、シーナが「アルプスの牧場」の鼻歌を歌う。

 そして壁に掛けられたマイクを取り、口元にあてると、

「今日も鉄道博物館をご利用くださいまして、ありがとうございます!」


 男は、これは直す必要はなさそうだ、と呆れながら思った。

 工具を放り投げて、床に座り込む。


 いっそのこと、あのロボットを分解して使える部品だけでも持っていくか……


 男がその場でしばらく体を休めていると、いつの間にかいなくなったはずのシーナが、また戻って来て言った。


「敷島様、お疲れではないでしょうか? おやつをお持ちしました!」

「おお、気が利くな」


 ペットボトルのお茶と煎餅をシーナから受け取る。


 煎餅なら日持ちするから大丈夫であろう。

 男は袋を開けると、勢いよく噛り付く。


「……って、おい! この煎餅、湿気ってるじゃねーか!」

「はい! 濡れてます!」


「なんだと! 食えるか! こんなもの!」

「いえ、もともと濡れている煎餅でございます」

「は?」


「こちらは、千葉県、銚子電鉄名物のぬれ煎餅でございます!!」


 イラつく男に対して、ニコニコした表情で返すシーナ。


「この鉄道会社は経営難に陥り、苦肉の策としてこのぬれ煎餅を販売することとなりました。

 遂には鉄道事業の収益よりも、ぬれ煎餅の販売収益の方が上回ってしまいました!」

「なんなんだ? それ?」


「この銚子電鉄なのですが……」

「いい! 電車の話はいらない!」


「そうですか……では、新しいぬれ煎餅をお持ちします」

「いい、いらん! ぬれ煎餅はもういい。他にないのか?」


「千葉ですと、落花生が有名です!」

「ピーナッツか……」


 ピーナッツは日持ちする。

 この施設を出る時の非常食として取っておきたい。


「……ほかには、ないのか?」


「ではこういうのはいかがでしょう? 追想列車で楽しむ『いすみ鉄道グルメ列車の旅』」

「グルメ列車、だと?」


「はい! 伊勢海老特急という観光列車がございます!」

「伊勢海老……だと!? 食えるのか? 伊勢海老が!」


「はい! 伊勢海老のほかに千葉県特産のアワビ、ハマグリ、キンメダイ。デザートには梨とビワを使用した……」

「よし、行くか!」


「はい! ご利用ありがとうございます!!」





 車内に明かりのついた追想列車の中に座る男。

 車窓からは暗闇の廃墟の博物館しか見えない。


 横にはシーナがたたずむ。


「おい、飯はまだなのか?」

「まずは、これからご覧になられます路線の説明をいたします」


「いや、説明はいいから……」

「場所は千葉県、房総半島」


 解説を聞かなければ食事にありつけそうにないので、ここは大人しく話を聞くことにした男。


「この半島で、ある鉄道が東京湾から太平洋へと、東西に横断、南北に縦断、海から海へと繋ごうとしていました」


「横断しようとしたのが、国鉄木原きはら線。縦断しようと試みたのが、小湊こみなと鉄道」


「木原線は、東京湾側の木更津きさらずと、外房側の大原おおはらを結ぶ横断路線を目指しました。木更津の“木”と、大原の“原”で、木原線ですね」


「両側から線路を伸ばしていきまして、大原から大多喜町おおたきまちまで。

 一方、木更津から途中の上総亀山かずさかめやま駅まで開業。

 しかし大原から進んだ工事は、諸事情で途中の上総中野かずさなかの駅まででストップ。

 さらには計画自体がなくなりました。

 横断を夢見た路線は全線開通することなく、

 前者は木原線、後者を久留里くるり線。と残りました」


 木更津まで延びてないのに木原線とは、皮肉なものだ。


「さらに時代が変わり木原線は第三セクターとして生まれ変わり、いすみ鉄道となりました」


 最終的には名前まで消えるとは。


 しかし男にとっては何の思い入れない場所。

 しかも生まれる以前の話。

 どうなろうと関係のない話だった。


「一方の小湊鉄道。

 これは東京湾側の千葉駅に近い五井ごい駅から鴨川市にある安房小湊あわこみなと駅を結ぼうとしました。

 しかし、これも途中の上総中野で延伸を中止。

 小湊鉄道は、房総半島縦断し安房小湊駅につながる小湊駅を作ろうとした夢はもろくも崩れ、その社名だけが残ることとなりました」


 二つの路線が夢をたたれるとは悲劇じゃないか。

 しかも小湊に繋げようとして断念して、名前だけ残るとは。

 ぬれ煎餅のような、こんなしみったれた話を聞かされたら、これからの食事がまずくなる!


「ところがこの二つの路線は、途中交差した上総中野で接続することで、別の形で縦断をするという夢がかなうこととなりました。

 夢破れた二社は途中駅で出会い手を取り合い、共に抱いた夢を実現したことになります。

 なんてすばらしい事でしょう!!」


 そう言うと手を合わせて、恍惚こうこつの表情を見せるシーナ。


「はいはい、そういうことか。分かったから飯をくれ」

「はい! では、出発いたします!!」


 シーナの言葉を合図に、車内は一転して明るくなる

 車窓からは明るい日差しが降り注ぐ。

 外にはホームと古びた駅舎がたたずむ。

 ディーゼルエンジンの重々しい音と振動が車体を振動させる。


「列車は大原を出発いたしまして、終点、上総中野駅まで向かいます!」


 車体はゆっくりと進み始める。


 舞台は春、心地よい春の暖かい日差しが車内へと入り込んでくる。

 四季のなくなったこの国で、あの懐かしい太陽の匂いが、窓からすり抜けて男の鼻をくすぐっていく。


「では、お食事をご用意する間、しばらく車窓から見られる春の訪れを感じさせられる、線路沿線に咲く菜の花をお楽しみください!」


 菜の花なんて見てもなあ。

 まあ、食えないこともないが……


 食事が用意される間、男は暇つぶしに外を眺める。


 なにもない風景。

 緑の草木と田畑。遠くには低い山々が。

 架線のない路線では、窓の外からダイレクトに風景が飛び込んでくる。

 その景色は、のどかで平和そのものであった。


 こうして見ているだけなら、何も語らぬ緑の自然。

 しかし、一度牙をむけば大災害となって人々を襲う。

 目の前を流れるなにもないそれは、まさに平和だった時の無言の自然。


 ぼんやりと外を眺める男。

 その前にはテーブルが設けられ、次々と色鮮やかな食材が盛りつけられた白い皿が、シーナによって並べられる。


 白い皿の上に赤いソースがひかれ、一匹の伊勢海老が横たわる。

 アワビを切りそろえた上に、謎の白いクリームがかけられた皿。

 パンやサラダ、スープにと、男がこれまで見たことも無いような、お洒落な料理が次々と出てくる


「おい、これ、本格的じゃねーか!」

「はい、イタリアンのコースです!」


 予想外の光景に驚く男。

 これは実際に観光列車として、この路線で行われていたイベントであった。


「敷島様は赤と白、どちらになさいますか?」

「は?」


 見ると赤と白のワインボトルを手にしたシーナが待ち構えている。


「ワインまであるのか?」

「はい! 敷島様は、お酒は飲まれますか?」


「ああ、もらう。赤をくれ」

「かしこまりました」


 テーブルに置かれたワイングラスに注がれる赤い液体。

 それを持ち上げて鼻に近づける。


 本物のワインだ。


 グラスから液体を数滴口に含む。

 この味も久しく味わっていなかったが、確かにワインの味であった。


 男は酒を流し込み、伊勢海老にかぶりつく。

 マナーや作法など気にせず食べ始める。


「どうですか?」

「ああ、うまい! 美味い!」


「敷島様、お食事もよろしいですが、ここから眺める車窓も素敵ですよ」

「ああ?」


「春は桜と菜の花がとても綺麗に咲いてくれます!」


 見下ろすと、線路脇の黄色い菜の花が通り過ぎていく。

 窓に振れるか触れないかの位置まで延びた桜の枝が、車体を撫でるようにして通り過ぎていく。


 見渡せばいつの間にか田園風景。

 辺り一面、鏡のように空を反射した水田が広がる。


「この時期は田植えの時期で、田んぼに水をはっています」


 水田が青空を浮かび上がらせてくれる。空と、水面に写る空に挟まれて列車は走る。


「秋の景色も稲穂が実って、まるで黄金の絨毯の中を走り抜けるようで綺麗なんですよ」


 本当に嬉しそうに表情をほころばせるロボット。


 世界大災後は太陽のない世界。

 日光の届かない厚い雲と、火山灰による土壌汚染により、草花の育たない、色のない灰色の世界となってしまった。

 しかし目の前に広がる景色はまるで、白黒写真からカラー写真へと移り変わったかのような、色鮮やかな世界。

 その中を、列車は男とシーナの二人を乗せて、エンジン音を轟かせ、車輪を擦りあわせた金切り声を上げながら突き進む。


 このなにもない風景が、なぜか男の望郷心を湧き立たせる。

 縁もゆかりも、尋ねたこともない初めて来た場所。

 なのに、なぜかここが故郷のような錯覚を感じさせる。

 それはこの車窓が見せる風景からなのか。


 こんなARの世界で感傷的になるとは……

 少し酒が回ってきたか?


 男が料理を平らげ、酒を飲み干すころには終点の上総中野駅に到着しようとしていた。


「敷島様、まもなく終点でございます」

「ああ、そうか」


 二路線の夢の潰えた場所。

 そこは何にもない開けた場所だった。

 駅のホームと、こじんまりとした駅舎。


「見事に、なにもない駅だな」

「そうですね。でもここは、夢破れた二つの路線の思いと願いが詰まっています」

「……そうか」


 空腹を満たした男にとっては、車窓に映る風景も、夢も、思いも、どうでもよいものであった。


「それだけではありません。今回の追想列車の記憶の持ち主でもある、あるお客様の愛も、この駅には残っております」

「あい?」

「はい」


「それをご説明する前に、ここから先を行くためには小湊鉄道に乗り換える必要があります。あちらの列車です!」


 窓には反対側から入線してきた、車体の上半分がクリーム色、下半分が赤い古びた列車に目を向ける。


「とは申しましても、このAR車両から乗り換える必要はございませんので。少々お待ちください」


 シーナは男の前にある食い散らかした食器などを、手際よく片付けていく。

 それらを手にし一度車外に出て、しばらくして戻ってくると、男の前に立ち、自慢の解説を披露しだす。


「では、ここからは小湊鉄道の列車に乗って、終点の五井駅まで向かいます!」


 車内は暗転し、瞬間、別の車内へと切り替わる。

 先ほどの列車と変わらず、年季の入った車両。

 男の座る座席も痛みも激しい。


 二人を乗せた列車はお構いなしに、鈍い軋みを上げてゆっくりと進みだす。

 先ほど乗ってきたであろう黄色い車両はホームと共に、みるみると遠ざかっていく。


「この記憶は、ある男性のお客様の記憶でございます。

 その男性は若いころ、この先の五井駅周辺に住んでおられました。

 毎日見るどんよりと曇った東京湾の景色。冷たい工場のビル群。

 喧騒な街並みにうんざりし、大きく広がる太平洋を見ようと、ある日列車に飛び乗り向かいました」


 男はぼんやり車窓を眺めながら、シーナの話に耳を傾ける。

 食後に何も考えず、昔話に耳を傾けるのも悪くない。

 ほろ酔い気分の男は、そう思って黙って聞いていた。


「そして正反対側の駅の先ほど出発いたしました大原駅の周辺に、ある若い女性が住んでいました。

 なにもない海と田舎町に飽き飽きして、都会の洗練された街並み、東京湾の夜景を見に、ちょうどその日に列車に乗り向かいました」


「二人は先ほどの中間の駅である上総中野駅ですれ違うわけですが、その時はお互い何も感じず、すれ違うだけでした。

 しかしそれが何度か重なることが起きました。週末になるたびにお互い出会い、場合によっては同じ車両に乗っていることもありました。

 お互い意識するようになり、そしてある春の日のことです。

 この日のようによく晴れた桜の咲き誇る日に、男性が女性に話しかけまして、そこからお付き合いが始まることとなります」


「そして二人は何度も……何度もあの駅で愛を語らいます。

 乗り換えの時間の間。

 何本もの列車をやり過ごしながら……

 お互いの終電に時間まで……

 時には二人で海を見に。

 ある日は途中駅で降り、周囲を散策しながら

 二人を乗せた列車は、いくつもの季節を通過していきました」


 語ることを止めないシーナと、黙って聴き入る男をの乗せた列車は、そのまま走り続ける。。


「まもなく養老渓谷駅です。こちらの養老渓谷も非常に見どころの多いところとなっております。秋には紅葉でとても綺麗な景色を楽しめます」


 列車は止まることなく、そのまま真っすぐと進んでいく。


「そして間もなく、一番の見どころ! 石神の菜の花畑がやって来ます!」


 シーナが大げさなほどに両手を広げ、声高々に宣言する。


「敷島様! 窓の外をご覧ください!!」


 シーナの言葉に呼応するかのように、男が眺める車窓に現れたのは……


 これは!?


 窓の外には、辺り一面黄色い菜の花で埋め尽くされていた。

 列車はいつの間にか黄色い絨毯の中を走っていた。


 男は思わず立ち上がり、窓に顔を張り付けて食い入るように見つめる。


 右も左も、見渡す限りの黄色い花。

 黄色と緑の花畑。

 上を見上げれば透き通るような青い空。


 思わず見入ってしまった男は、ここに来て初めて、


 美しい……


 そう心の中でつぶやいた。


「ただいま景色をご覧いただくために、速度を落として走行しております!」


 列車はゆっくりと天国にいるかのような黄色い絨毯の中を進んでいく。


 こんな場所が、この国にあったのか?

 いや、かつて存在していたのか?


「どうでしょう! 敷島様! 菜の花の絨毯は!」


 興奮気味に話しかけるシーナに、男は、


「そうだな」


 と小さく答えるだけだった。


「この先も見所は、いっ――――ぱい! ございます!」

「そうか」


 男は興奮した心を落ち着かせるように、座席に腰を下ろした。


「敷島様、実はあの菜の花、沿線に住む方々がコツコツを植えたものなんです」

「植えた? もとから生えてたわけじゃないのか?」


「みんなに楽しんでいただけるよう、と」


「自然の中を切り崩して建設していく鉄道ですが、そこには自然との調和も目指しております。

 ただ単に自然を破壊して軌道を敷くのではなく、いかに環境を大切にしていくのかも、常にわたくしたちは考えているのです」


 その割には今回の世界大災で、自然は人間に厳しい試練を与えた。

 いや、今までの自然破壊を顧みない愚かな人間に対する復讐なのだろうか。


「敷島様、実は先ほどのお話、恋人のお話なのですが……」

「ああ」


「続きがございまして……」

「続き? あれで、めでたしめでたし、じゃねーのか?」


「実はお互い就職のため故郷を離れて、そのまま分かれてしまいました」

「なん……だと……?」


 いい気分に浸っていた男の、目を覚ます用の発言。

 しかし、シーナは微笑みを絶やさない。


「お付き合いを始めて3年目の春。そう、このように菜の花が綺麗に咲く時期でした。最後の日、お二人は上総中野駅で最後まで愛を語り合い、そして別々の元居た場所へと列車に乗って分かれていったそうです」

「そうか、残念だったな」


「それから数十年の月日が経ちました。男性も別の女性と結婚され、子どももでき、幸せな家庭を気付いておりました。

 しかし……

 菜の花が咲くたびに思い出す。

 あの季節がやって来るたびに、思い浮かべるあの人の顔。

 海の潮の音が聞こえるたびに、あの人の声を思い出す。

 そこでその時の思いを忘れぬように、この追想列車にと……」


「結局、悲しい悲劇の話なんじゃねーか」


「そこからさらに数年、今度はあの女性もこの博物館にご来館されました!

 同じくその女性も、別の男性と結婚され、子どもにも恵まれ幸せな生活を送っておりました。

 そのご家族がこの追想列車を体験された時、それがまさしく、この菜の花の中を駆ける列車の記憶でした。

 そこで女性も若き日のことを思い出すのでした!」


「そしてわたくしが二人の間を取り持って、ついに数十年ぶりに、ここで再開することができました!!」

「……気まずくねーか、お互い所帯持ちで?」


「お二人のご家族もご一緒に、この追想列車を楽しんでおられました!!

 皆様、この菜の花のように明るく可愛い笑顔で笑っておられました!」

「そうか……それは……よかったな」


「今でも家族ぐるみの関係を続けておられるようです!」

「今でも……か……」


 生きていれば……な


 遂に叶うことのなかった海から海へと結ぶ線路。

 結ばれることのなかった男女の二人。


「夢途絶えた二つの路線は、二社が手を取り合い協力することで、その念願を叶えることができました!

 線路は続きます、どこまでも。そして、どこかで必ず繋がります!

 人々の思いも同じです。どこかで必ず繋がります。

 どんな場所にいても、どんな時代にいても。

 このお二人がそのことを証明してくれました!」


 車内にはシーナの純粋で汚れの知らない明るい声だけが響き渡る。

 男はそれを否定も肯定もせず、座席に揺られながら黙って聞いていた。


「お二人はそれぞれの別のレールを進んでいきましたが、時を超えてまた繋がることができました。とても素敵でロマンチックなお話ですね! 敷島様!」

「そう……だな」


 一言、男は言ったっきり、その後無言で流れる風景をぼんやりと眺めていた。

 その横では、笑顔を絶やさないシーナが見守るようにたたずむ。

 車窓から視線を下げれば、沿線に咲く幸せの黄色い菜の花が、いつまでも続いていた。

次回予告

男は故郷、古都から都心へと通う。

今日も、明日も、学生から社会人と呼び名が変わっても。

家路につく彼を見送るのは、あの山の向こうに落ちてゆく夕陽。

赤く燃えるような夕陽が、広がるビル群を赤く照らす。

そして日は沈み、人々の営みは小さな光となり大地で星のように輝く。


次回『追想列車の車窓から』は

「燃える都市 眠らない街」

に停車いたします。


車窓の眼下に広がるビル群を、赤く包み込む夕陽に照らされて、

あなたは、なにを、想いますか?

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