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プロローグ 

 かつて繁栄の面影もない、荒廃した街。


 月明かりも、星明かりも、届かない。

 街灯の光も、家屋からの明かりも、一切無い。


 生活の営みも、命の鼓動も、一切聞こえない。


 それは時刻が夜の10時を過ぎたころ……


 無音と漆黒の世界に、弱々しい光が点滅する。

 悲鳴を上げるようなエンジン音が、死に絶えた街を眠りから覚まそうとするかのように、響き渡る。


 ところどころ傷ついた泥まみれで黒くなった軽自動車が、分厚い曇り空の下、瓦礫を避けながらゆっくりと進む。

 タイヤがガタつくたびに、ついたり消えたりするヘッドライトの、細い光のみを頼りに走る。


 周囲に人の気配はない。

 動物の気配もなければ、生気のある草木などもない。

 かつては舗装されていたであろうアスファルト車線も、今では瓦礫の岩山道と変りはて、車一台通そうとするのにも神経を尖らす。


 荒れ果てた市街地を走るその車は、ある大きな建造物の横まで来ると速度を弱め、ついには停車する。

 ヘッドライトが消えると、かわりに手持ちの小さなライトが光だし、車内から一人の20代後半の男が降りてくる。

 軍服とも作業着ともいえぬ深い緑の服装に、ベルトに様々な工具をぶら下げ、背中には重々しいバックパックを背負っていた。


 この施設は……?

 工場か?

 役に立つものがあるかもしれない……


 小さなライトの光を頼りに、警戒しながら内部に侵入する男。


 無人で尚且つ、警備システムも完全に沈黙した建物に、男が侵入するのは容易かった。

 穴の開いた壁面から施設に侵入するが、内部は想像以上に広く、奥まで光が届かず暗黒のカーテンに遮られてしまう。


 ここは鉄道の駅か?

 もしくは鉄道関係の施設……車庫か修理工場か?


 有限の視界の中で、列車の車両を思わせる横長の物体が、いくつも横たわっていた。


 車のパーツがあればいいのだが、鉄道車両などには興味がない……


 もしやと思い、車を止めて苦労してまで侵入した割には、ただ無駄に広い空間と、バカでかくて役に立ちそうもない鉄道関係の設備だけが横たわっていた。


 くそっ!

 こうなれば非常食の一つや二つでも見つかればいい方だ。


 男はその足で、長く伸びる列車の中に足を踏み入れる。


 内部には目ぼしいものはなく、車内の両側の窓際には、ロングベンチシートが連なる、ただの普通の車両。


 周囲の安全を確認し、散々歩き回った男は一息つこうと腰を下ろす。

 シートは屋内にあったためか、さほど痛みはなく、むしろスプリングの返しが調度よく、座り心地は快適だった。


 長時間、窮屈で岩のように固い車の運転席にいた男は、荷物を下ろし、しばらくの間くつろいでいた。


 もう夜も遅い。

 無駄に車のバッテリーを消費して先を進むよりも、今日はここで体を休め、日の出とともにもう一度内部を探索した方が無難だろう。


 男はそう考えた。

 なによりも、このようなスプリングのきいたソファーに、身体を預けられる快適な寝床は久しぶりだったため、単に横になりたかったということもある。


 幸い、ほかに生きている人間はいない模様だ。

 生体反応や熱源が感知されない。

 ここなら獣に襲われる心配もないようだった。


 男は体を横たえて、なにも見えない天井の漆黒の闇を見つめていた。


 眠りに落ちるのに、そう時間はかからなかった。

 意識が完全に落ちるまでに、男はかつてこの地球に起こった出来事を思い返していた。



 ……


 …………


 ……およそ1年前、世界各地で起きた大規模の同時多発、自然災害……


 地震により大地は裂け、各国自慢の高層ビル群は崩壊し、裂け目へと落ちていった。

 火山の噴火によるマグマが街を焼き払い、火山灰の降灰は送電線を遮断し、人類から電力を奪った。

 それだけでなく、灰による日光遮断。今も上空は分厚い雲が覆い、日の光を遮る。

 太陽光発電は意味をなくし、植物は死に絶える。

 津波による沿岸部の破壊。船舶は流され、主要な港は海の藻屑と消えていった。

 気温の変化は乱気流を発生させ、常に台風クラスの風に怯えなくてはならない。


『世界大災』

 後にそう呼ばれた人類史上最大の地球規模災害により、

 世界の総人口は半分以下となり、高度な文明も滅びの一途をたどった。


 常に厚い雲に覆われ、太陽の光も星の輝きも消えた世界。

 大地は灰に汚染され田畑は荒れ、草木は枯れ落ちる。

 暗く灰色に閉ざされた世界。


 この日本も例外なく壊滅的な打撃をこうむった。

 今では政府もほとんど機能しなくなったこの国で、

 必要な物資を調達し、人々を尋ね、集落を見つけては、それらを売り払う。、

 それを生業として一人旅を続けるのが、この男だった。


 …………


 ……


 ……はたして、どれほどの時間眠っていたのだろうか……

 その日の疲れを癒すために横たわった、なんの変哲もない車内の座席。


 そこに僅かな異変を感じて目を覚ます男。


 シートが僅かにだが、振動していた。

 そして何かのモーター音。

 レールとレールの繋ぎ目を通るたびに、ガタンゴトンと規則正しく音を立てて、座席を揺りかごのように揺らす。


 これは……


 男はその違和感を感じ瞼を開ける。


 ……うっ!


 開いた瞼を再び閉じる。

 強烈な光が男を襲ったからだ。

 目を慣らすように瞼をゆっくりと開く。


 そして……


 白い世界……

 そこから現れてきたものは、光に満ちた車内。

 両脇の窓から降り注ぐ太陽の光。

 窓の外の流れる風景。

 左右に揺れる車体。


 男は自分以外に誰一人としていない、走行する列車の中にいた。


 これは……!?

 俺は……まだ夢でも見ているのか?

 確か俺は廃墟の中の、車両の中に?

 なぜ動いている? 


 そしてこの光!?

 車内の天井の蛍光灯は問題なく白い光を放っている。

 電気が通ている証拠だった。


 男は座席から飛び降り、窓ガラスに張り付く。


 窓から降り注ぐ明るい日差し。

 心地よく晴れた日差しが、古びた窓から侵入してくる。

 そして勢いよく流れていく、車窓から見える街並み。


 太陽の光など……当の昔に遮られたままだというのに……

 しかもあの地震でも、無事な民家が残っている?


「ご乗車、ありがとうございます!」

「!?」


 男は驚き、声のする後ろへと振り返る。


 そこには……


 いつの間にか…… 

 一人の少女が立っていた。

 歳は15、6歳であろうか。

 可愛らしさと美しさを兼ね備えた妙齢の少女。

 表情は悪意のない微笑みを浮かべている。


 身なりは紺色のブレザーにスカートの制服。胸には赤いネクタイをし、肩掛けの黒いポーチを下げている。

 クリーム色の腰までとどく長い髪の上には、丸い制帽がのせられている。

 彼女の真っすぐ男へと向けられている瞳は、透き通るような瑠璃色の光を発していた。


 誰だ?


 声を出そうとしたが、あまりにも突然のことで口を動かすことができなかった。

 その少女はまるで敵意がないことを示しているかのように、可愛らしい笑顔を男に向けたままで立っている。


 そして語りかける……


「お客様、乗車券を拝見させていただいても、よろしいでしょうか?」


 律儀に両手を太ももの前で合わせた少女は微笑みながら、戸惑う男に尋ねるのだった……

次回予告

無人の架空駅舎に発車メロディーが響き渡る。

誰にも伝わることのない出発の汽笛の音。

悲しくも美しい旋律の車内メロディー。

乗客は男と少女の二人のみ。

今日も列車は二人を乗せて追想の旅へと向かう……


次回『追想列車の車窓から』は、

「館内の踊り子」に停車いたします。


ゆっくりと流れていく、青くきらめく海の見える車窓に、

あなたは、なにを、想いますか?

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