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好き嫌いは良くない。

 今日は珍しく弁当の配布があった。静流が語るに、月に何回かそのような日があるのだそうだ。この辺りでも評判の弁当屋らしく、静流も楽しみにしていると、いつかの昼食の際にそう語っていた。時計を見やれば、もう昼休みの時間を過ぎてしまっている。打ち合わせに夢中で気付かなかった。

「今日のメインはピーマンの肉詰めですよ」

 職員室に戻ると、既に弁当の配布が始まっていた。なので私もそれを受け取った。いつもは体育館の控室にいる静流も、今日はこちらに顔を出している。弁当にはピーマンの肉詰めと唐揚げ、いくつかの副菜、そして漬物、雑穀米が几帳面に並んでいた。そんな弁当を見た静流が、うう、と低く唸ったのを、私は見逃さなかった。

 職員室で食事をとっても良かったが、何となく習慣になってしまっているので、いつもの場所で静かに過ごしたい。私は弁当を苦い顔で見つめる静流をよそに、職員室を出ていった。後から静流が無言で着いてきたけれど、私は構わず先を歩き続けた。


 食事は静かに進んでいる。どうするべきか。私は悩みに悩んだ。好き嫌いは良くないって、私もそう思うし、両親も言っていた。目の前にはピーマンの肉詰め。実を言うと、幼少の頃からピーマンはあまり得意な野菜ではなかった。この緑の悪魔に関しては、いい思い出が無かったのだ。けれど、いい大人として残してしまうのは良くない。私は悩んだ。

 そういえば他の教師たちは、自分がピーマンを苦手としていることをまだ知らない。幸運にも今までピーマンに遭遇しなかったし、わざわざ苦手なことを言うのも何となく大人気ない気がして、みんなには伝えなかったのだ。昼食はひとりでいることが多かったというのもある。

 私は悩んだ。ひたすら悩んだ。肉だけ食べてピーマンを残す手段も考えたけれど、それではあまりにも大人気ない。食べず嫌いという言葉もあるし、大人になると味覚が変わるとも言う。とにかくひとつくらい食べてみるか。せっかくお弁当屋さんが愛情込めて作ってくれたものなんだから。私はそう決意して、ピーマンの肉詰めにかじりついた。

「…美味しい」

「そうか」

 ぽつりとこぼれた私の独り言を聞いていた金野先生が、短くそう呟く。何だろう、昔は物凄く苦くて美味しくないと思っていたのに、今は全然それを感じない。これも大人として成長したからだろうか。美味しいですねともう一度褒め称えてから、私は箸を進めた。

「…苦手だったのか?」

 口に放り込まれたものを、十分に味わってから飲み込むと、金野先生がそう聞いてくる。もしかしたら、弁当を見たときに芳しくない反応をしていたのを、見られていたかもしれない。少し恥ずかしい。でも私は正直に答えた。

「正直に言うと、小さい頃は苦手だったんです。でも、今は美味しく食べれます。…成長したのかな」

「…そうかもしれないな」

 私がみんなには内緒ですよ、と言ってにこりと微笑むと、金野先生が分かっていると返した。そんな金野先生は、黙々とピーマンの肉詰めや唐揚げを食べている。彼にも苦手なものがあったりするんだろうか。昼食は一緒に取るけれど、そういえば、この人の食事の内容をきちんと見たことが無かった。少なくとも、ピーマンは苦手じゃ無さそうだ。

「金野先生にも、苦手なものって、あるんですか?」

「…ある」

「あるんだ…」

「私を何だと思っているんだ」

 思わず素直な感想を漏らしてしまうと、珍しく金野先生が苦笑した。どこの国かは詳しく知らないけれど、ハーフなのでどこか日本人離れした…言ってしまえばかっこいい容姿に、世界史の授業も、他の教師や生徒たちにも分かりやすいと評判になっている。私からすれば金野先生は、何でもこなしてしまう凄い人…というイメージだった。そんな人にも、私と同じように苦手なものがある。

 きっとそれが何か聞いても、恐らくこの人は答えてくれないだろう。こうやって縁あって二人で昼食をとることになったけれど、逆に言ってしまえば、私たちはそれだけの関係なのだ。話をしている回数なら、他の教師たちの方が圧倒的に多い。でもこうやって一緒にいられるのが、何だか特別で、嬉しいと思ってしまうのだ。

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