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二人で食べるともっと美味しい。

 ちょうど正午を知らせるチャイムが校舎に鳴り響く。もうすぐ校内運動会の時期に差し掛かるので、学園内の掲示物の張替えをしていた徹也はチャイムに気付き、昼食をとるために一度職員室に戻ってから、例の秘密の場所へと訪れていた。

 最初は迷いに迷ってしまって辿り着いた場所だったのだが、どうやら静流の話によると、他の者たちもほとんど知らない場所であるらしい。確かに校舎から少し離れているから、敢えてここに行こうとする酔狂な人間はいないのだろう。この体育教師の静流と、自分を除いて。

 静流はこの学校で体育を専攻する教師だった。こちらは世界史を主に担当するため、職員室でもほとんど会うことは無かった。静流のメインの居城が職員室ではなく、体育館の隣にある控室だというのも要因のひとつだろう。なので自然に、彼女とは昼食のときにだけ会うようになっていった。

「金野先生!」

 背後から自分の名を呼ぶ聞き慣れたそんな声がして、徹也はそちらへと身体の向きを変える。どうやら己の中で話題になっていた当人がやって来たようだ。徹也の予想通り、そこにはジャージ姿の静流が立っていた。いつもなら弁当箱を持っているのだが、今回それは見当たらず、少し大きなビニール袋を持っている。

「小野川か。どうした」

「先生、今日のお昼、もう決まりました?」

「ああ。今日はコンビニに寄れたから、弁当を買った」

 静流にそう聞かれたので、徹也は正直にそう答えた。最初は静流のことを苗字で呼んでいたのだが、名前で構わないと言われてしまった。なのでこちらも名前で呼んで構わないと言ったのだけれど、何故か彼女は頑なに苗字呼びをする。まあ、そこまで気にはしていないのだが。

「そうですか…」

 彼女は自分に何を言いたいのだろう。何となくそのビニール袋で予測はついているが、徹也は静流の次の言葉を敢えて待つことにした。

「ちょっと今日はパンを買いすぎてしまったので、良かったらご一緒にどうですか?」

 静流がそう言って、手に提げていたやたら大きく膨らんだビニール袋を徹也に見せる。その量は彼女ひとりの昼食にしてみたらかなりのものだ。自分が買った弁当は普通のサイズなので、成人男子の徹也にしてみれば少ない。足りなければ後で購買に寄ろうと思っていたのだが、幸運なことにどうやらその必要は無くなったようだ。

「なら厚意に甘えさせてもらうとしようか」

「ありがとうございます!」

 徹也の返答を聞いた静流がそう言って頭を下げる。そしてがさりという音とともに徹也の目の前に出されたのは、たくさんの菓子パンと惣菜パンだった。特に目を引くのが様々な種類のメロンパンで、数えるだけでも十個以上はありそうな状態だ。きっと彼女のことだ、これも食べたいあれも食べたいとしているうちに、数が膨れてしまったのだろう。

 静流とは毎日では無いが、時折昼食を共にすることがあった。個人的に他人と必要以上に交流するのは好まないが、静流のような竹を割ったような性格は、どちらかというと嫌いではなかった。だから少しだけ彼女に心を許してしまっているのかもしれない。昼食以外ではまったく関わらないというのも、要因のひとつとも言える。

「美味そうなメロンパンだな」

「どうしてもここのメロンパンが食べたくって…凄い評判なんです。あっ、ちゃんとしたパン屋で買ってきましたから、味は保証しますよ!」

 そう言いながら、静流がたくさんのメロンパンを空いたベンチに並べる。あまり菓子パンの類は食べたことが無いが、そこから漂うにおいは芳しく、徹也の空腹を否応なしに刺激してくる。はてさて、どれをもらおうか。どれも美味そうに見えてしまい、徹也はいささか迷ったあと、これと決めて手を伸ばした。

「であ、これを頂こう」

 そう言って徹也が手に取ったのは、表面が少しオレンジ色に染まったメロンパンだった。一口かじってみるとそこから濃厚なメロンの味がじんわりと広がってくる。どうやらこのパンは本物のメロン果汁を使っているようだ。中にもジューシーなメロンクリームが入っていて、ほのかなメロンの味わいが徹也の口中に広がっていく。

「美味いな。これはクリームが入っているのか」

「こっちにはチョコチップが入ってますよ」

「ほほう。…せっかくだ、半分ずつにしよう」

 つい、無意識にそう言ってしまった。それを聞いた途端、静流の動きが止まった。その反応を見てから、徹也は己の発言にいささか後悔した。彼女とは昼食を共にするだけの関係だ。だから彼女のことは、この昼食のとき以外は、ほとんど知らない。快活な女性の体育教師で、時折職員室にやって来る。そして自作の弁当を良く持ってくる。知っているのはそれくらいだ。

 そんな徹也の言葉に、静流は嬉しそうに微笑んで、そうですねと同意した。どうやら彼のはこちらの発言を快く思ってくれたようだ。良かった。静流が手にしていたチョコチップのメロンパンを綺麗にふたつに割ってみせる。片方を徹也の膝の上に置くと、さっそくとばかりに彼女はそれにかじりついた。その食べ方があまりにも早すぎるので、ついつい徹也は口を出してしまう。

「そんなに焦らなくてもパンは逃げないぞ、小野川」

「でも美味しくて…」

 もぐもぐと口元を動かしながら静流が満面の笑みを浮かべる。その様子はまるで小さな子供のようで可愛らしいのだが、さすがに喋りながら食べるのは行儀が悪い。確か初めて出会ったときも、彼女は食べながらお喋りをしていた。恐らくどうしても話したいという気持ちが先走ってしまうのだろう。それ以外のときの彼女は、目立ったマナー違反をしていないから。

「前も言ったが、食べながら喋るな、行儀が悪い。まったく…屑が付いているぞ」

 そう言って徹也が静流の頬についているチョコチップを取ってぱくりと口に放り込む。すると見た目通りの香ばしく焼けたチョコレートの味が口の中に広がっていった。ああこれもなかなかに美味じゃないか。

「すっ、すみません!金野先生!」

「まったく…」

 真っ赤になってあやまる静流に徹也が苦笑する。メロンクリームのパンを食べ終えたから、次は彼が食べていたチョコチップを頂くことにしよう。次のパンに手を伸ばすと、隣でホワイトチョコのかかっているパンを二つに割っていた静流が口を開いた。

「こうやって、二人で食べるのは、楽しいですね」

 ぽつりと、静流がそう呟く。自分はひとりでいるのが好きだ。けれど、何故か彼女と共にいるのは苦痛では無かった。そして静流も、同じように考えている。それは恐らく、お互いが上手く距離を取れているから、それを心地良く感じるからだろう。だがそれ以上踏み込まれるのは、どうにも苦手だった。

「そうだな」

 きっと彼女はこちらの考えには気付いていない。けれど静流は自分との関係を良く思ってくれている。そう思ってくれているなら、それに同意しておくべきだろう。徹也はそう考えながら、にこにこと笑う静流を眺めていたのだった。

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