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星霜のイヴ ~希望の詩と絶望の永遠~  作者: 二神 秀
CHAPTER.2 イヴ・ヨッドギメル A計画途中報告
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§ 2―5 修羅場



 2030年6月。



 大学から近くの路地裏にある喫茶『蜂符ホープ』がアキトと涼のバイト先だ。マスターの井上さんは、会社を定年退職後、趣味が講じて喫茶店を開店させたらしい。美味しいコーヒーを飲んでほしいということで、多少、値が張るものの、マスターがいたコーヒーがすぐ飲める。よく、大学生や教授などが店に足を運んでいて、経営は順調そうだ。


「はぁ……」


 片付けものをしている最中、溜め息をつくのは何度目だろう。マスターにもにらまれている気がする。奥のテーブルに座っているメルは、なぜだか楽しそうに見える。なぜだ。メルを誘ったときもなぜか笑顔で快諾してくれた。そして、今日バイトがない、あの男が余計なことを言い出さなければ、こんなことにはならなかったのに……。うらむぞ、涼。



 それは2日前のことである。


 おれと涼がゼミの後、キャンパスのベンチに座ってどうしようもない、いつもの掛け合いをしているときに、薫先輩が通りがかり、3人で話すことになった。そこで涼が、TPOを考えずに言い出した。


「そういえば、アキトさぁ。お前なんか隠し事してるだろ? この間も、レポートやろうと部屋に行ったのに、居なかったし。電話しても出ないしで、怪しいんだけど」


 こいつの洞察力はどんだけすごいんだよ。完璧に誤魔化せたと思ってたのに。薫先輩がいるこのタイミングで、この話をするとは……。


「なんもないよ。そのときはコンビニに行ってたって言っただろ?」


 嘘は言ってない。強気で乗り越えるしかない。


「でもさ、なんでスマホにでなかったんだよ」


「だから、部屋に置き忘れて出かけたって言っただろ」


 大丈夫だ。鼻の頭を掻きながら言う。


「はい、うそー。お前、照れたり嘘つくときに、鼻の頭を掻く癖、直したほうがいいぞ」


「そういえば、アキトくん。よく鼻の頭を掻くなって思ってたけど、そういうことだったのね」


 はっとする。身体は正直だ。さすがに諦めるしかなさそうだ。


「いや、その……」


 どんな答えが飛び出るか、2人とも楽しそうにこっちを見ている。


「お隣さんが来てたんですよ……」


「お隣さん? 何しにきてたの?」


「ご飯のおすそわけってことで、カレーを渡しに来てくれたんですよ」


「ご飯のおすそわけってことは、料理をするのね、お隣さん」


「えぇ……」


 冷や汗が流れる。どのタイミングで、とりあえず土下座するべきかと機を見計みはからっていた。ふと、横を見ると、我関せずと、涼はそっぽを向いている。あのやろう……。


「隣りの女の人を部屋に入れて、隠してたってわけね」


 もうだめだ。ここで謝るしかない。


「本当にすいませんでした。先輩。確かに隠してましたし、隣りのメルを部屋に入れました。でも、決してやましいことはしてないですし、カレーのおすそわけをもらっただけです。ついつい、涼が来るのが見えて、薫先輩に妙な誤解をされたくなくて……」


 頭を下げたままだったので、薫先輩の顔が見えない。どんな顔をしているのか、考えるだけで冷や汗がさらに倍出てくる。


 彼女からの言葉が出るまで、金縛りにあっているように動けない。


「メルさんっていうんだー」


 余計なことを言った! あせり過ぎて、言わなくてもいいことを言ってしまった。


「ねぇ、アキトくん」


「はい……」


 まだ。顔が見れない。


「私、明後日は早めに仕事も終わって、予定もないのよね」


「はい……」


「だから、飲みに行きましょうか。そのメルさんって人も連れてきてね。どんな人か興味あるわ」


「えっ?」


 意外な言葉に、真意が分からず彼女を見つめる。


「ふふ、そういうことだから、明後日、あなたのバイトしてる喫茶店に行くから、そこで待ち合わせね」


 続けて言う。


「アキトくんはその日バイトだったわよね。何時に終わるの?」


「えっと、19時30分までのシフトです」


「じゃぁ、19時30分に行くから、メルさんも呼んでおいてね」


 と言って、軽く手を振って彼女は歩いていった。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 という顛末てんまつで、この後、薫先輩とメルと3人で飲みにいかなければならないのだ。待ち合わせ時間までもう5分前。ただただ、気が重い。


 そんなときドアが開き、カランカランと鐘が鳴る。


「……いらっしゃいませ」


「おつかれさま。来たわよ。アキトくん」


「お疲れ様です、先輩。はい、奥にメルも来てますので」


「じゃぁ、挨拶してこないとね」


 と言って、すたすたとメルのもとへ行く。


「こんばんは、メルさん」


「はい、こんばんは。あなたが飯村薫様ですね。よろしくお願いします」


「綺麗な赤い髪……。メルさんはどこの国から来たのかしら?」


「そうですね……。ここから遥か遠い場所からです」


「ふーん、そんな遠いところから来たのね。いろいろ大変でしょ?」


「そんなことありません。アキト様がいろいろ教えてくれますので」


「そうなんだ。アキトくん、優しいもんね」



 そんな話をしているとき、アキトがバイトを終えて、2人のいるテーブルに駆け付けた。


「すいません、お待たせしました」


「大丈夫よ、アキトくん、さぁ、行きましょ」



 3人で店を出て、薫先輩が知っている店に行くことになった。そこはチェーン店の居酒屋で、階段を上り店内に入る。テーブルに着くと、生ビールとおつまみを適当に先輩が頼み、準備は整った。


「はい、おつかれさま。かんばーい」


「お疲れ様です」


「お疲れさまでした。アキト様、飯村様」


 とビールに口をつける。正直、味がわからない。


「アキトくん?」


「はい」


「アキトくんは学生時代、何の部活してたの?」


「え。あ、はい。中学・高校と剣道部でしたよ」


「へぇー、なんかすごい。剣道とか柔道って、なんかすごい強そう。何段とかあるの?」


「高校3年のとき、3段を取りました」


「すごーい。なんかあったら助けてもらえるね」


「そんなの当たり前ですよ」


 と、こんな感じで薫先輩は、おれの生い立ちや過去の出来事をひたすら聞いてきた。横で静かにメルは話を聞いていた。



 緊張と寝不足のところにアルコールを入れたもので、気づけば眠りについていた。その向かいに薫先輩とメルは並んで座っていて、ビールを飲みながら、薫先輩がメルに話しかける。


「メルさん。急に来てもらってありがとね」


「大丈夫です。飯村様。今日はご一緒できて嬉しいです」


 と、メルは笑顔で話す。


「あなたって変わってるわね。蜂符ホープで最初に見たときから、悪いことするような人には見えなかったわ」


蜂符ホープ?」


「あの喫茶店のお店の名前よ。英語をもじってて、意味は『希望』って意味ね」


 メルはその言葉に、フラッシュバックさせられる。


(希望の歌をうたうのは、希望ある笑顔の旅人)


「ん? 大丈夫、メルさん? お酒苦手だったかしら?」


「いえ、問題ないです。ご心配いただきありがとうございます」


「そう。無理そうならちゃんと言ってね」


「はい。飯村様」


「『様』はいらないし、薫でいいわよ」


「わかりました。薫様」


「もう『様』はいらないのに」


「諦めてください」


 お互いに目を見て、笑い合う。



「ねぇ、メルさん。アキトくんのこと、好き?」


「それは恋愛感情ということですか? それなら違います。私はアキト様に従うだけです」


「んー、よく分からないけど、信じてるってことかしら?」


「もちろんです」


「そっかぁ。私はアキトくんを好きよ。こんないい人、他にいないって思えるほどにね」


「アキト様と薫様はお似合いです」


「あら。そんな嬉しいこと言ってくれるんだ」


 と笑ったと思ったら、顔がうつむく。


「でもね、まっすぐな彼に、私は答えられなくなるときがくるって思ってるの。私は彼より年上だし、母もずっと入院してて、私は母のそばを離れられないわ。そんな縛りが、彼のまっすぐな翼を鎖でぐるぐる巻きにしてしまうのではないかって心配なのよ」


「そんなことはないと思われます。アキト様はホントに薫様を愛しております」


「なんか照れるな……。うん、それはわかってるの……。彼にね、前に聞いたことがあるの。どうして薬学部に入ったのかって。そしたら『医者になってもよかったけど、医者で治療するより、薬を処方するほうが、多くの人を助けられるから』って言ったのよ。まぶしかったわ。私がウイルスの研究をしてるのは、母を助けたいって思ってるからで、そんな多くの人を助けたいって思いはないのよ」


「薫様のお母様は、どのような病気なんですか」


「C型肝炎って病気なの。効果的な治療薬はいくつかあるのだけど、母の場合、他の肝臓病も併発へいはつしてて、完治は難しいの……」


「そうでしたか」


「そんな母を見捨てることなどできやしない。できれば、私が治してあげたい」


 メルは状況を整理し、1つ嘘をつく。


「お母様のことはわかりませんが、アキト様は本気なんですよ。アキト様が、私が部屋に入ったことを隠していた本当の理由をアキト様は言われないと思うので、私からこっそお伝えします」


「え。どういうこと?」


「アキト様は薫様に指輪をプレゼントしようとしてまして、それをなんとしても薫様に伝わらないようにしたのです」


「そんなことを彼が?」


「はい。きっとすごく喜んでくれるぞって言ってました」


「そうだったんだ。ふふ、かわいいやつなんだから」


 嬉しそうな表情で、寝ているアキトのおでこを人差し指で、軽くつついた。



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