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紫の瞳  作者: yohna
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 どのくらい時間が経っただろう。

  目を覚ましたルカは、視線を合わせた瞬間に、十五歳程の姿から十歳の姿に変化した有希に驚いた。

  有希はルカに問われるがまま、今までの経緯を話した。

  処刑されそうになった夏の始まり。秋も半ばに来ている今まで。

  魔女に拾われ、リビドムでリフェノーティスに会い、セレナとヴィーゴとアドルンドに向かった事。

  戦争が起きている事、リビドムが独立しようとしていること。

  けれど、有希の胸元の傷と、王妃がルカを贄として使おうとしていることはどうしても言えなかった。

  話し終わる頃には、橙に染まり始めていた空はとっぷりと暮れて濃紺色になっていた。


「……本当に、長いこと寝ていたんだな、俺は」

「うん。でもどうして……」

  どうしてこんなことになっていたのか。有希の疑問的確に把握したルカは、どこか遠い目で答える。

「兄様と一悶着あって地下牢に繋がれてな……。母上はどうやら俺を何かの呪いの贄に使いたかったみたいだな」

「――っ!!」

「……知っていたのか」

  こくりと頷く。そしてはっと、言い忘れていた事を思い出した。

『――もしあの子が起きたら、お前の思うようにしなさいと言ってくれるかい?』

  何故か丁度いい大きさの服のポケットに手を突っ込む。そして、紫銀の騎士証を取り出す。

「……コレ、オルガから」

「――兄様から?」

「うん。それから、お前の思うようにしなさいって。……伝言」

  ルカは差し出された騎士証をしばらく見つめ、そして有希の小さな手から受け取った。

「………………そうか」

  その顔は無表情で、ルカが何を考えているのか、有希には分からない。

「……ルカ」

「行くか」

「行くって、どこに?」

「リビドムだ」

  そう言うと、もぞもぞと動いてベッドから降りる。動くと同時にかさぶたがポロポロと剥がれ落ち、腕から肌色がまだらに露出する。

「え、え!?」

  ベッドの上にぽつんと取り残されたまま、ルカは迷い無くまっすぐ歩く。

「なんで?」

「ガリアン殿と約束した」

  ガリアンとの約束。それは、リビドムの独立の支援。

「――っルカ!」

  滑り落ちるようにベッドから降り、ルカの服を背後から思い切り掴む。

「どうして……っどうして!? マルキーとアドルンドは戦争してて、リビドムは独立するために戦いを起こすっていうの。ねぇ、どうして? どうして争わないといけないの?」

  どうして傷付け合うのか。どうして血を流さないと解決できないのか。力がなければいけないのだろうか。

  ルカは振り向かないまま答える。

「さぁ。――そう、せざるを得ないからじゃないか?」

「なに、それ」

「それぞれが抱く信念や正義。誇りとも言うのかもしれない――それらを守るために、かもな」

  そう言って振り向く。未だ血が乾いていない服を握り締める有希を見下ろす。

「皆平穏を、繁栄を求めている。――それらを追うためには邪魔だから、戦争をするんだろう」

「なにそれ……イミ、わかんないよ……。平和に暮らすために、誰かの平和を侵すだなんて、自ら戦火を起こすなんておかしい、おかしいよ!」

「……そうだな。だからこそ」

  大きな手が、有希の手を掴む。顔を上げると、かさぶたにまみれた美しい顔があった。心なしか口角が上がっているような気がする。

「リビドムに行く。まずはこの戦乱をなんとかしなければならないからな」

  ほっと、体の中のどこかの――ずっと張りっぱなしだった緊張感が、ゆるゆるとほどける。

(あたしだけじゃない)

  戦争を何とかしようとしているのは、自分ひとりだけじゃない。その安堵感。

  リビドムの民は皆ぎらぎらとして、マルキーに対する復讐心で滾っていた。怖かった。だからずっと言えなかった。戦争を起こすことに否定的でいることに。

(よかった)

  ぎゅっと握られた手に力を込める。

  これからどこに向うのか、全く先が見えないけれど。

  それでも、確信の無い安心感で満ち溢れていた。


 

  ルカはあらかたかさぶたを払い落とすと、部屋を出て階段を降り始めた。それに連れられて有希も。出入口に居た門兵に一言二言告げると、大慌てで兵士は走って王宮に向っていった。

「どこに行くの?」

「俺の屋敷だ」

  そう言うと、ルカはつかつかと歩き出す。時折伸びた前髪を邪魔そうにかき上げている。

「屋敷って……ルカの家はこの王宮じゃないの?」

  ルカはちらりと有希を見て、そして少し面倒くさそうに説明をしてくれた。

  どうやらアドルンドの王家の王位継承者には、それぞれ屋敷が与えられるらしい。もし王位を継承したら王宮に入る。継承しなければ、そのままその屋敷に住み続ける。ということらしい。

  それではいつか城の領地がなくなってしまうのではと聞くと、それは大丈夫だと答えられた。詳しくはよくわからなかったが、そのときの王から、一定の血縁から離れると、与えられていた領土に屋敷を建て、そこに住むようになるらしい。それに、王位継承者争いや度重なる戦争で、今までそのような事で困った事は無いといわれた。

  それでもよくわからないと唸っていると、説明で長い時間歩いていたのか。ルカが立ち止まる。つられて有希も立ち止まる。

「……ラッドの屋敷も大きいと思ったけど」

  比べるのが間違えている。と思うほどに大きい。一体部屋の数はどのくらいあるのだろうか。一つ一つの部屋がどれほど大きいのだろうか。考えるのもばからしくなるくらいに大きな屋敷だった。

「使用人とか、百人くらい居そう……」

「その五分の一程度だ」

「二十人!? 二十人で足りるんだ……」

  改めて見上げる。有希が通っていた高等学校の施設全てと同じほどの大きさの屋敷を見上げる。

「主要の部屋といくつかの客間以外は普段掃除しないからな」

「そうなんだ……そういうものなのかぁ」

「もっとも、兄様や弟妹は百人単位で使用人を雇っているそうだからどうかは知らんがな」

  考えてみれば、屋敷の入り口に見張りも居ない。それに、灯りが点いている部屋がとても少ない。

  ルカは入り口を通り抜け、玄関の扉に手を掛け、引く――すると、ガチッという音が聞こえた。施錠されているのだ。

  小さく舌打ちする音が聞こえる。

  しんとした空気が流れる。夜は少しずつ深みを増し、秋風が肌をひやりと撫でる。

「……ルカ」

「待っていろ」

  その言葉と共に、ガサリと音が聞こえた。

  玄関脇の茂みから、武装した兵士が数人。二人を囲むように現れた。振り返ると、屋敷の入り口にもいつの間にか人が立っている。

「誰だ」

  宵闇から硬い声が聞こえる。暗くて誰が声を出したのかわからない。

  きゅっとルカのマントを掴む。濃い色のそれは宵闇に同化しているようで、ルカ自身も宵闇に溶けているように見える。

  どこか懐かしいため息が聞こえた。

「――屋敷を守るその精神には感心するが、主人を見誤るのはどうかと思うぞ」

  言うと、ルカが懐から騎士称を出す。途端にあたりがざわめく。

「ルカ様!」

「ルカ様、ご無事で!」

  兵士達が次々にその場で跪いて頭を垂れる。

「挨拶は今はいらん。それより早く屋敷に入りたいのだが」

  言うと、一人の兵士が返事をし、扉に向って声を掛ける。

「アニー、私だ。ルカ―ト様がお戻りになられた。開けてくれ」

『何ですって!?』

  ガチャリと鍵が外れる音が聞こえて、観音開きの扉が開く。勢い良く扉が開いたため、扉近くにいた兵士が数歩後ずさる。

  扉が開くと同時に、にょっと腕が伸びる。メイドの格好をした年配の女性が現れた。

  その腕は的確にルカを捉えると、ルカの両頬に添えられた。

「ルカ様? あぁルカ様だわ! あまりにも長い間お顔を拝見しませんでしたので、すっかりこの婆はお顔を忘れてしまったかと思いましたが、どうやらこのお綺麗な顔を忘れていなかったようですわ」

「そう嫌味を言うな、アニー」

「ふふ、あまりにもお顔を見せてくださいませんと、惚けてしまいますからね」

  そう言ってルカに笑いかけると、手をぱっと外して有希の前までやってきて膝を折る。

「こちらのお嬢様……前に一度お会いいたしました」

「ユーキだ。部屋を与えてやってくれ。俺は湯を使う」

  そう言うと、ルカはつかつかと屋敷の中に入ってしまった。その後を数人のメイドが追って走っていく音が聞こえた。

「ユーキ様。ようこそいらっしゃいまし。――さ、どうぞお入りくださいませ」

「あ、ハイ……」

  言われるがまま、屋敷に足を踏み入れる。

(ここが、ルカの家……)

  豪奢なのに少ない使用人。掃除など大変なのだろう。きらびやかなのにそこはかとなく機能的なその屋敷は、なんだかルカらしくて面白いと思ってしまった。


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