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紫の瞳  作者: yohna
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  ラッドの家――メンデ家の屋敷で待機することになったセレナは、書き物をしているヴィーゴを横目に紅茶をすする。

「……ねぇヴィーゴ」

「なんだ」

「ここ最近のユーキちゃんなんだけど、何かおかしくなぁい?」

 筆を持った手がぴたりと止まる。ヴィーゴが顔を上げてセレナを見る。その顔は何を言いたいんだと問うている。

「ヴィーゴ、あんなにも露骨におかしいユーキちゃん見て何も思わないの!? 鈍すぎるにも程があるわ!」

 ここのところの有希はおかしい。体調が悪化したのもそうだが、どこかセレナによそよそしい。

「……なぁんか変なのよ。隠し事があるみたいだし」

 何か有希に悪い事でもしただろうかと考えるが、特に思い当たる事もない。強いて言えば、セレナはラッドを信頼していない。もしかしたらそれが有希になんらかの困惑をもたらせているのかもしれない。

「家を間借りしておいて言うのもあれだけど、やっぱり嘘くさいのよねぇ。有希ちゃんに対しての態度も。気に入らないわぁ」

「それはお前のただの独占欲だろう……それよりも俺は、嬢ちゃんが自分の能力に気づいたんじゃないかって思うんだが」

 その言葉にセレナはどきりとする。――思い当たる節があった。

「あの男は気付いてる――私もあの男が言ったんじゃないかって思うのよ」

 有希が部屋に篭るようになって、悪化していた体調は休む事でいくらか回復しているように見えた。しかし、ある時から唐突に体調が悪くなった。

「それと同時期に、私達によそよそしくなった……」

「それから、患者の回復も早まったな」

「なにそれ、聞いてないわ」

「その所為か、嬢ちゃんの体調も悪くなった」

「……これ以上、ユーキちゃんを使うのは良くないと思うんだけど」

「あぁ、王妃を機にやめさせようと思っている」

「……ヴィーゴは、それでいいの?」

 それは、他の患者を見殺しにするという事だ。有希の力で治るものを、見捨てるということだ。

「勘違いするな。俺は世界中のすべての人間を救いたいと思うほど、おめでたい頭は持っていない」

「ユーキちゃんは持っていそうだけどね」

「そうだな」

 ヴィーゴが軽く笑う。髭の生えた顎を撫でて、ひとつ大きな呼吸をする。

「……しかし、カーン様以上の消耗だな」

「ユーキちゃんがまだ幼いから?」

「いや、カーン様があのくらいの時期でも、あそこまで酷くはなかった」

「そう」

 有希が自分の能力を知った。そしてそれにはきっとあの男、ラッドが絡んでいる。――そうなると、有希は一体何を考えるのだろうか。

「ねぇヴィーゴ、さっきから何を書いているの?」

 また筆を取って、紙にあれこれ書いているヴィーゴを見る。

「……嬢ちゃんの能力がどんなものなのか、知りたくてな」

 見ると、メモには歴代のリビドム王達の名前、それから力の内容と、それらの関連性などのメモが書かれている。

 いつから書き始めたのか、膨大な量が置かれている。

「これは?」

「覚えてる限りの王を書き出してみたんだ。――歴代の王には、生命を削ってまで使う能力なんて存在しない。なのに嬢ちゃんのあの消耗具合を見ると、疑うしかないだろう」

 一体何代前までの王がそこには書かれているのだろう。幾枚にも及ぶ文字列と、ヴィーゴの記憶力にめまいを覚える。

「自身の生命力を与えているんだとしたら、嬢ちゃんはもうとっくに死んでいる。ならば、体内時間に干渉できると考えたほうが良い。だがそれだと治らない病なら死んでいる。――それならば、本来俺達が持っている治癒力に干渉しているのだといきつく。それならば、カーン様のものとも関連が付けられる」

「結構強引ね」

「そうとしか考えられないだろう。――リビドムの治癒能力を持つ奴らは、外傷を無理矢理くっ付ける術しか持たん。なのに嬢ちゃんは内臓だろうと外側だろうと関係がない」

「そう考えるとカーン様と一緒ね」

「だが、やはりあの消耗はおかしいだろう」

 考え込むヴィーゴに、セレナも一緒に考え込む。

 カーンと有希の相違はなんだろう。能力の相違、年齢の相違。

「……魔女に能力を制限されていると考えるのは?」

 ヴィーゴが目を瞬かせる。

「ありうるな」

 そう呟いて、ヴィーゴは更に紙になにか書き足す。そして紙面に向かい、顎を撫でながらペンで色々とメモをしている。

(優しいわね)

 有希の力を利用して、それで有希が命を落とす事になったとしてもかまわないと言った男は、有希の力がどういう作用をするのか、どういう副作用を持つのか一生懸命悩んでいる。

(ユーキちゃんの身体に影響があったら、どのくらい苦しむかしら)

 きっとヴィーゴは、カーンと同じ要領だと見誤っていた自分を責めるだろう。悔いるだろう。

(ばかな男)

 そしてそんな男に胸をときめかせている自分も、途方も無い馬鹿なんだろうと自嘲した。

 そんなセレナの笑みは、ばたばたと慌てたような足音で掻き消え、開いた扉、そして現れたラッドの言葉によって一変する。

「ユーキ様が倒れました。今、王宮で賜った部屋で寝ています。診療をお願いしたい」



 ごうごうと、何かが燃える音が聞こえる。

 ごうごうと、何かが流れる音が聞こえる。

 心がざわざわと喚きたて、えも言われぬ不安がまとわりつく。

 あまりのうるささに耳をふさいでも、その音は小さくならずに有希の頭に直接響く。

 だんだんと近づいてくる音に、有希はうずくまる。

「……っ!」

 血潮のような、雷鳴のような、地響きのような轟音が、有希のすべての感覚を奪う。

 喉が引きつる。呼吸ができない。ああ、叫んでいるんだと頭のどこかが冷静に分析しているのに、自分の声すら聞こえない。

「ッユーキちゃん!」

 頬の衝撃から始まって、すべての感覚が戻ってくる。ひりひりとする頬の痛み、荒い自分の呼吸の音、汗でじっとりと重い体。

「……せれな?」

 目の前で半泣きになって覗き込んでいる、セレナ。

「大丈夫? 酷くうなされていたわ」

 セレナは優しく微笑むと、有希の下瞼を親指でなぞる。そこで涙を流していた事に気付く。

 王宮の部屋だろう。酷くやわらかいベッドに座る有希のすぐ隣にセレナ。そして反対側にヴィーゴが立っている。

「あ……」

 ヴィーゴが無言で有希の額に手をあてる。

「頭痛や、吐き気はあるか?」

「ううん」

 胸がちりりと痛むが、その原因の傷は今は見ることができない。

「――過労と、心労だな」

 心労。その言葉が刺さる。

「焦りや不安で不安定になってるんだろう。――緊張疲れが一気に来たか?」

 そう言って有希の頭を撫でる。

「――――っ」

 二人は知らない。有希とオルガの間になにがあったか。話すとなると、何を、どこから話したらいいのかわからない。

 胸がじくじくと痛む。もう随分昔のことなのに、未だに頭にこびりついて離れない。

 有希に焼き鏝を押し付けた時のあの冷酷な笑顔。肉の焦げる匂い。自分の絶叫。

 胃が圧迫されたような不快感が広がる。せり上がってくる何かに顔をしかめる。

「……薬の検証が終わったそうです。ユーキ様、行けますか?」

 ラッドが腕を組んで壁にもたれかかっている。

「ッユーキちゃんこんな状態なのに連れてくっていうの!?」

 ぎゅっとセレナに抱き寄せられる。甲冑を纏っていないセレナからはとてもいい匂いがする。

「時間がないのです。王妃様の病状は刻一刻と悪化しています」

「それでも! 今この状態じゃ――」

「だいじょうぶ」

「ッユーキちゃん」

「大丈夫だよセレナ。あたしは大丈夫」

 セレナの服をぎゅっと掴んで、顔を上げ、にっこりと笑ってみせる。困惑顔のセレナをよそに、ラッドに声をかける。

「今、すぐ?」

「いえ、今王妃様に来客が来ているそうなので、少しなら余裕があります。――休まれますか?」

 有希は首を振る。

「ううん、まだ時間あるならお風呂に行きたいな。――汗だくなんだ」

 へらっと笑う。ラッドは畏まりましたと言って部屋に居たメイドに声を掛ける。メイドが一礼して部屋を出ていく。

「ユーキちゃん……」

「二人とも、心配してくれてありがとう。でもあたし、本当に大丈夫だから」

 言って、ベッドから出る。床に足を着けゆっくりと――貧血を起こさないように立ち上がる。

(……口ではああ言ったけど)

 膝が笑っている。力を入れていないと今にも膝が崩れ落ちそうだった。

(あたし、本当に死んじゃうのかなぁ)

 身体が砂袋でも抱えているかのように重い。

 口の中がカラカラと乾くのに、胃はなにも受け付けそうにない。

 鼻の頭、首筋から汗が思い出したように流れる。身体中が寒くて仕方なかった。

 自分の中に限界があるのだとしたら、そのリミッターの針はとうに振り切れている。

『――結果として、あたしが死ぬ事になったとしても、本望よ』

 自分が放った言葉が響く。いざそれが現実味を帯びてきても、心のどこかが冷静に捉えている。

 視界がぼんやりと霞む。目を何度か瞬かせる。メイドが何かを持って戻ってきた。ラッドと一言二言会話をし、ラッドは有希を見る。そしていくつか隣接している部屋への扉を開く。メイドがするりと中に入る。そしてラッドは有希を見る――入るように促しているのだ。

 おぼつかない足に心の中で激励し、開かれた扉の中に入った。

 頭の奥で誰かが、けたけたと笑っている。 

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