86
フォルに戻ってからしばらく。
またもとのようにフォル城を駆け回る生活が始まった。
城下に下ると、以前のような姿はどこにも見当たらず、人がいつでも出歩くようになった。
魔女の時間と呼ばれていた夜も、昼間ほどではないが、人の行き来が時折見える。
――フォルは、確実に活気を取り戻している。
有希は洗濯場で濡れた服を数人の女と踏んでいた。
快復した人達が、城で手伝いをしてくれるようになったのだ。そのお陰で、有希の仕事量も格段に減り、時折暇を渡されるほどになっていた。
「……だけどさぁ、セレナ」
「なぁに?」
洗濯場の縁に腰掛け、有希達がぱしゃぱしゃと水音を立てているのを見ているだけのセレナに、有希は顔も見ずに言う。
「患者さんの数、減っていない気がするんだけど……っていうよりも、増えた気がするんだけど、気のせいかなぁ」
人数が増え、一人頭の仕事量は減ったが、仕事の総量は増えたような気がしてならないのだ。
「そうねぇ、確かにフォル自体に人が増えているわねぇ」
「フォル自体に? それは、フォルから逃げた人たちが帰ってきてるって事?」
それなら良い事だね。そう言った有希に、セレナは複雑そうな顔を浮かべる。
「それもまぁ一理あるかもしれないけど、大きな理由は違うと思うわ」
はたと有希は足を止める。
「どういうこと?」
セレナが困ったようにため息をついた。
「どういうこともこういうことも、ユーキちゃん気付かないの? 最近ここに入ってくる人たちのけ・い・こ・う・に」
スタッカートを聞かせて主張するセレナに、有希は思いつかないと首をひねる。
セレナはそんな有希を見て、ハァとため息を吐く。
「そこがユーキちゃんの良いところでもあるんだけどねぇ……勘ぐることをしないっていうか、ありのままを受け止めちゃうっていうか……――いーい? 最近ここに入ってくる人たちは、貴族が多いの! 最近一人部屋が良いなんて贅沢言う人間増えたでしょ! あれ全部貴族なのよ」
「貴族?」
「そう! ユーキちゃんは知らないのかも知れないけど、王宮に居る人間とか、政務に関わってる人間とか、まぁもろもろと地位のある人たちのお家のことよ」
「そうなんだ……」
どこの世界も、貴族のポジションというものは、あらかた変わらないのかと内心で思う。
「きっと、どこかからの噂で、フォル城に居座っている医者の腕が良いとか聞きつけて、貴族の十日熱患者が来てるんでしょうよ」
「へぇ、そうなんだ? そんなに噂って簡単に広まるものなの?」
わかってないわね。そう言ってびしりと有希を指差す。
「貴族なんてのはね、暇なのよヒ・マ! 民みたいに食事で困る事もないし寝床で困る事もない。ただ毎日お勉強をして、噂話を肴にお茶会開いてるんだから!」
すっぱりと言い切るセレナに、へぇと間の抜けた声が出る。
「まぁ、お陰様で? 貴族たちからの食物の寄付で大分潤ってるけど? ――それでもやっぱり、おかしいわ。こんな突然……」
眉をひそめるセレナを見て、有希は布で足を拭いて、セレナの横に座る。
「おかしいって何が?」
セレナは黙っている。
「セレナ?」
覗きこむように見つめると、セレナが視線だけを宙に動かし、そしてぱっと有希に向き直り、ニッコリと笑った。
「こんな所でできる会話でもないわね。ユーキちゃんこのあと予定ある? お茶でもしましょっか。ユーキちゃん疲れてるみたいで顔色悪いわよ」
まだまだ仕事あるんでしょう、ちょっと休憩。と言って、セレナは優雅に立ち上がった。
「え、あ、うん」
セレナに腕を引かれ、有希は洗濯場を後にした。
「どういうことなのか説明してもらおうかしら」
ラッドの私室の一つ――もっとも、ヴィーゴとセレナの控え室兼茶のみ場になっている場所で、セレナ、ヴィーゴ、有希、そしてラッドが紅茶を前に椅子に座っている。
ヴィーゴの隣に座ったラッドは、しれっとした顔で向かいのセレナに答える。
「突然呼び出されて突然どういうことかと問われても、オレにはさっぱり」
肩をすくめて見せるラッドに、セレナは言う。
「聞きたい事はいくつかあるの。――まず、最近は貴族達の寄付で食物が潤ったけれど、その前までどうしていたの?」
「それは、ウチから援助してましたよ」
聞けば、メンデ家はアドルンドでも大きな権力を貴族らしく、メンデ家の備蓄を割いたと言った。
有希は驚いて斜向かいに座っているラッドを凝視してしまう。セレナとヴィーゴは知っていたのだろうか、特に驚いているような感じがしなかった。
セレナは紅茶を一口飲んで、カップをソーサーに置いてたっぷり時間を置いて顔を上げる。
「……最近、アドルンド貴族の患者がかなり多いわ。フォルはまだ不安定でそんなに貴族なんて居ないはず。なら、何故?」
「さぁ。どこかで噂でも聞きつけたんじゃないですか?」
「噂ねぇ。噂だとしたら、誰が発信源かわかるかしら?」
「さぁ。人の口を塞ぐことはできないから、どこかのお喋りな貴族なんじゃないかな?」
セレナは大げさにため息を吐く。
「……質問を変えるわ。貴方、先日アドルンド王都に行った時、一体何をしたの? 私の記憶が正しければ、その後から貴族が増えたわ」
「先日は、家に行って備蓄を割いてもらえるよう交渉に行きましたよ」
部屋中に芳しい匂いが広がる。
紅茶はもう湯気を立てておらず、ただその場に香りだけ振りまいている。
「――貴方、私達をフォルに足止めさせたいの?」
ラッドは黙ったまま微笑みを称えている。
「何か言ったらどう?」
ひやりとしたものが右側から感じる。セレナが何かを発しているのだろうか。底冷えのするような薄ら寒い空気に、有希は何もできない。
「答える義務はオレにはありませんよ」
セレナの視線の先に居るラッドが、更にセレナを逆撫でするような言葉を発する。
「貴方達は、望み通りにこの城に入って十日熱の治療をしている」
困ったものだと肩をすくめる仕草をする。
「亡国リビドムの狂犬に、その飼い主……そもそも、このアドルンドに何をしに来たんだか。それを聞かないで居てやっているというのに、よく言えたものだなぁ」
独り言のように呟かれる言葉に、ヴィーゴの目が見開かれる。
「お前……」
「知ってますよ。一応貴族で王子の側杖ですからね。歴代の軍人や有名人は一通り押さえてある」
「知っていたのか……。なら何故黙っていた」
「何故? 逆に聞きたいね。何をしに来たのか知らないが、この城の十日熱の者を無償で治療してくれるというのを、どうしてそのように野暮なことを聞いて反故になったらどうしてくれる」
ラッドはちらりと有希を見る。視線に気付いた有希と目が合う。そして、ラッドが少しだけ微笑んだように見えた。
「貴方達に事情があるように、こちらにだって事情がある。――そうだろう?」
(事情……)
それは、言外にルカのことを言っているのだろうか。問うようにラッドを見ても、ラッドは微笑んだまま相好を崩さない。
「事情……な。ならばこちらにアドルンドの貴族が流れ込んでいるのも、そちらの事情の都合でなんだな?」
「………………」
ヴィーゴが顎を撫ぜる。何かを考えているのだろう。視線がテーブルの中心から動かない。
ラッドが飄々とテーブルの中央にある砂糖入れに手を伸ばす。そこから角砂糖を二つ紅茶に落とす。カチャカチャとスプーンとカップがぶつかる音が響く。
冷気を放っていたセレナも大人しく紅茶をすすり、ちらちらヴィーゴを見ている。ヴィーゴは顎を撫でていた手を放し、口を開く。
「事情ってのは、ルカート王子だろう」
「え!?」
思わず有希の口からこぼれる。
(どうしてルカの事を言うの? だって二人はルカが王子だって知らないはずだし)
「そうだとしたらどうだというんです?」
「フォルの事もこの件も、全てお前さんの一存で動いているように見える。ではそれは何故か。ルカート王子の指示を仰げないからだろう。ということは、お前さんもルカート王子には接触できていないという事だ」
「え? 何? どうして? どういうこと?」
ヴィーゴの言っている言葉が有希には意味がわからない。
「つまり、ユーキちゃんの探しているルカート王子は、側杖である彼すらも接触できないような状態に居る……そういう事でしょ? たとえ眠りっぱなしだとしても、顔を見る事くらいはできると思うんだけど、そういう風でもない」
睨むようにセレナがラッドを見ている。
「それで。彼が私達を危険分子だと見て此処に足止めさせようとしているのか、それとも違う事を考えているのか……それを聞きたいのよ」
そう有希に言うと、またラッドに視線を戻す。つられて有希もラッドを見る。
三人からの視線にうんざりしたかのように、ラッドは肩をすくめた。
「なんなんだよアンタら。そっちにはそっちの考えがある。オレにもオレの考えがある。オレの考えがそっちに不利益だとしたら何だっていうんだ? どうしようもないだろ。イチイチそんなにつっかかってたら、心配のしすぎでハゲるよ?」
「そうだな」
そんなラッドの言葉に、ヴィーゴがぴしゃりと反論する。
「しかしそれは、どちらかに不利益が生じる場合だな。――もしこちらとそちらの意見が合致するのであれば協力したほうが良いと、俺はそう言いたいんだ」
「はぁ? オレのやりたいこととアンタらの」
「俺達……否、まずこのお嬢ちゃんを、ルカート王子に面会させたい。その為に、何とかしてルカート王子を目覚めさせたい」
その言葉に、ラッドの目がきらりと光る。
(あたしを……ルカに?)
何故、知っているのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。唐突のことで驚いて、穴が空くほどにヴィーゴを見つめていると、それに気付いたのかセレナが有希の肩を抱いてぼそりと耳打ちする。
「ユーキちゃんの騎士がルカート王子だっていうのは、リフェノーティスに聞いたのよ」
「え、リフェが?」
「あなたを預かるときに、少しだけ事情を聞かせてもらったの」
「そうなんだ」
自分の知らないところでそんな会話が行われているなんて思っていなかったので、納得させるように何度か頷く。
(そっか、そうだよね。普通、そうだよね)
そんなこと微塵も気付かなかったとヴィーゴ達を見遣ると、ラッドが有希を見ていた。
「え、な、何?」
「……聞きたいんだけど、この人たちは何?」
「え? 何って言われても……」
そもそも、ラッドの真意がつかめない。
「セレナとヴィーゴさんは、あたしをリビドムからアドルンドに連れてきてくれた人……」
「何のために?」
「え、それは、リビドムを回って十日熱を治して歩いて、アドルンドにも……」
「アドルンドにも? 治して歩いているという割には、フォルから出ていないじゃないか」
ふと、考えて有希の思考は停止する。言われてみればそうである。
そもそも、ヴィーゴはフォルで治療することにも積極的ではなかった。
「それなら、リビドムにずっといた方が良かっただろう。二人ともリビドムなんだから」
アドルンドに行く事情があると言っていたが、有希はその内容を聞いた覚えが無い。
ただ自分の我儘ばかり重ねていただけだった。
改めて、自分は何も知らないのだと恥じ入りたい気分を噛み締めつつ、セレナとヴィーゴを見る。
ヴィーゴは顎をひと撫でして、そしてため息をついた。
「年を取ると、ただの話し合いも胎の探りあいで一行に進まなくなるな」
「それは、同感です」
嫌味の笑顔を浮かべ、ラッドは肩をすくめる。
「なら、手っ取り早く結論を言おう。リビドムはルカート王子の力を必要としている。彼に面会したい」
そしてちらりと有希を見る。
「彼女は――ルカート王子の契約主だ」
ラッドは無表情で有希を見た。
「えぇ、知ってます」
「あらやっぱり」
さらりと言うセレナを見遣ったラッドは、もう一度有希に視線を戻す。
「ご存知でしたか?」
「え?」
「この者達が、ルカート王子との面会を求めていた事を、知ってらっしゃいましたか?」
「し、知らなかった」
ぶるぶると首を振る。
何故、なんのために。そんな疑問がふつふつと湧く。
(ヴィーゴさんとセレナって、ルカと何か関係があるの?)
問うように二人の顔を見ていると、有希の気持ちを代弁するかのようにラッドが口を開いた。
「彼女も知らなかったということなので、理由を」
言外に、言えと強い口調で言う。ラッドが纏っている空気は、先ほどまでの軽やかで華やかなものではなく、どこか重くて硬い雰囲気になっている。
「言えば、俺達に協力してくれるか?」
「内容にもよる」
「取り付く島もないな」
「それが仕事ですから」
ヴィーゴが大きくため息をついた。
「まぁいい、もし協力してもらう事になったらお前さんも味方になってくれるかもしれんからな」
「まるで協力してもらうのが当然とでも言うような口ぶりですね」
疲れたとでも言うように肩をぐるぐると回し、そしてヴィーゴは言った。
「マルキーとアドルンドの戦争はもうすぐ激化する。――そこに乗じて、リビドムは独立をする。そして、ルカート王子には後援をしてもらう。これは、彼がガリアン・マノタント殿を救出した時に、ガリアン殿がルカート王子から直接聞いている」
「書類は?」
「ない。口約束の域を出ないが、面会した際にもう一度伺う」
「確実性があまりにもないね」
「あぁ」
ラッドは黙り込む。そしてヴィーゴも、セレナも黙り込む。
その場の空気に疎外感を感じている有希は、一人うんうんと考え込んでいた。
(ルカが、リビドムの独立を後援する……)
それはつまり、リビドムが戦争を起こす事を肯定しているということだ。
(なんで)
争いに争いが重なることは、悲劇以外のなにものでもないだろうに。
(何が、どうなってるの?)
「今、こうしてフォル城で治療をしているが、それも時が来たら止める」
「……上の人間を引き摺り出すためですか。それともオレを脅してるんですか?」
「どちらも否定はせん」
そのヴィーゴの言葉に、ラッドは笑い出した。
「ははは――なんだ。考える事は同じじゃないか」
ぷつんと切れたように明るくなったラッドは、リラックスするように足を組む。
「いや、オレ達臣下もね、ルカ様に会いたいんですよ。けれど殿下……もとい王妃サマが何故か面会を断るんだ。『ルカートは私達の手伝いをしております』なんてそんな言葉、信じられるはずないだろう」
ラッドの眉がひそめられる。
「それに最近、ルカ様の容態が芳しくないって聞いてね」
その言葉に反応して、有希は椅子を後方に倒してしまう勢いで立ち上がる。椅子の倒れる音が部屋に響く。
ラッドは有希をちらりと見て、そしてふと微笑む。
「そこに彼女が現れた。話は半信半疑だったが、アンタ達は確実にフォルの人間を救ってくれた。そしてオレは考えた」
「……フォル城での事が有名になれば、王宮が手を伸ばす、と?」
ヴィーゴの言葉に、ラッドは笑む。
「その通り」
ラッドは有希を見て、微笑む。綺麗な顔が甘やかすように微笑んでいる。その笑みに、有希は何故だか泣きそうになる。
「ユーキ様、貴方の活躍はもう、貴族間は勿論、王宮にも届いています」
「……ぇ?」
「どうやら考える事は似たようなものだな。結果的にはフォル城に逗留することになったが、かえって好都合だったな」
「え、何? もしかしてヴィーゴ、そのためにユーキちゃんばっかり働かせてた訳ぇ!?」
信じられない。そう叫ぶセレナを傍目に、ヴィーゴは聞こえないフリを決め込んでいるようで、すっかり冷めてしまった紅茶をすすっている。
「ねぇ! 聞こえてるの? ヴィーゴ!」
「ユーキ様、もう少しでルカ様に会えますから、もうしばしお待ちくださいね」
「えっあ、は、はい」
唐突に口調が変わっているラッドに、有希は戸惑いながら返事を返す。
「さて、ユーキ様の活躍はもう民衆には知れ渡った。もうユーキ様を雑務で使うのは止めていただく。ユーキ様は患者の看病をして引き続きその力を発揮して頂く。それ以外は休んでもらいます。――異論は?」
ラッドがヴィーゴに問う。
「あぁ、それがいいだろう」
「ちょっとヴィーゴ、聞こえてるんじゃない!」
「ということで、ユーキ様にはきちんとした部屋を用意させますので、しばしお待ちくださいね」
ニッコリと笑うラッドに、戸惑いつつ笑顔を返す。
「え、あ……」
「それよりもアンタ!」
ヴィーゴの頭を掴んでいたセレナは、ぐるんとラッドに視線を戻し、息巻く。
「なんで仕事速いのよ。だってユーキちゃんがルカ―ト王子の主人だって知ったのこの間でしょ? それからアドルンド行った様子も無いし、どうやって貴族達に吹き込んだのよ」
ラッドはため息をつく。その答えはナンセンスだとでも言うように、吐くように言葉を紡ぐ。
「まぁ、それはイロイロとね。それよりいいんですか? 主人の頭締め付けて。アナタ、ヴィーゴさんの剣であり、盾であり、犬なんでしょ?」
「?」
意味がわからずきょとんとしていると、セレナの顔が真赤に燃える。
「ちょっ――! あぁアンタ! 聞いてたの!?」
「聞かれるような危険を孕んでいるところで、そんな話をするのが悪いんじゃないですか?」
「……チョット待って。なら、アンタ最初からほっとんど全部知ってたって事ぉ?」
「さて。どこから聞いていたかなんて野暮な事、黙っておくのが紳士ってものだろう」
「せ、セレナ?」
セレナは頭を抱えて叫んだ。
「あんたのドコが紳士なのよ! あぁもう! 食えない男ね!」
「食えない男で結構。ユーキ様、もう間もなくルカ様に会えますから。焦らず、気落ちしないでください。会ったらあの顔にビンタするくらいの意気込みで居るんですよ」
「う、うん……」
頷くと、ラッドは満足気に笑んで、部屋を出て行った。
濃霧の中にずっと居た気がする。
何度も会いたいと思っていても、会う方法すら見当もつかない。
飛び交っている情報も何が本当で嘘だかわからなかった。
ずっとずっと、出口のない暗闇を歩いているような、砂場の中で、小さな砂金粒を探すような。
途方も無いような事だと思っていた。
――なのに突然、目の前が明るく開けてしまった。
(あたしの知らないところで、みんな動いている)
置いてけぼりな気分になるが、それだけ有希は何も知らないということなのだろう。
(でも、そのお陰であたしはこうやって……)
「ルカに会える」
呟いた途端、考えないようにしていたルカの姿が脳裏に浮かぶ。
見上げつづけていると首が痛くなりそうに高い身長。
皮肉を言いたいくらいに綺麗な髪と瞳。作り物のように整った顔。
そして、繋いだときにいつでもひんやりと冷たい、てのひら。
(ルカ、ルカ)
ぎゅっと手を握り締める。
大きな手と繋いだ自分の手。契約の証――自分がこの世界に居てもいいんだと思えた唯一の証の指輪。
我儘ばかり言って、勝手なことばかりしたから、指輪を失い、ルカとも離れ離れになってしまった。
胸がきゅうと痛み、じわりと涙が浮かぶ。
頭の奥で、誰かがくすくすと笑っているような気がした。