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「どういう事か、説明してもらおうか」
「……ごめんなさい」
ラッドに見送られ、コロナの宿屋に音を立てないで滑るように入ると、目の前には仁王立ちしたヴィーゴが立っていた。
ヴィーゴは険しい顔のまま、有希の説明を待っている。どうやら言わないと、玄関を通してもらえそうにない。
そして、うまく誤魔化す算段を考えていなかった有希は、先ほど起きた事を、洗いざらい言った。
騎士が笑い合いながら歩いていた事、憤って後をつけたら酒場に入っていった事、さらに憤慨して乗り込んだら、実は騎士ではなく民兵で、士気をなんとか維持させるために、酒で誤魔化していたんだということ。そして、フォルは何も救援措置を取られていないという事。
話をしている間、始終ヴィーゴは眉間にシワを寄せ、話し終えると、はぁと大きく息を吐いた。
「お前さんの言いたい事はわかった。――だが、俺は正直とても怒っている」
灰色の瞳に射竦められて、有希は直立不動で固まる。
「ご、ごめんなさい!」
「お前さんがフォルの人間への慈悲心でもってそういう事をしたということも分かっているつもりだ。だがな、何も言われずに消えられると、こっちがどうなるかくらいの想像はつくだろう」
有希が居なくなった事に気付いた後、どれほど慌てたかという事をとうとうと教えられ、肩身が狭い思いをした。
せめて一言声を掛けろ、お前さんは思っていることをためているとロクなことにならないからきちんと言え、セレナに八つ当たりをされて疲れた。など、時間にすると十分ほど小言を言われた。
「ハァ、これでお前さんが戻ってこなくて、野垂れ死にでもされたらなぁ、俺は処刑モンなんだぞ」
「――え? どうして?」
愚痴のように零された言葉の意味がわからず、きょとんとしていると、ヴィーゴは有希の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「あー、まぁ、アレだ。リフェノーティスに処刑されるって事だ」
そう言うと、ヴィーゴは休むと言って、階段を登っていった。
自分の愚行を思い返して、自己嫌悪の気持ちでいっぱいのまま部屋の扉を開ける。
現実逃避だとわかっていたが、誰にも会わずにベッドに潜り込んで、なにも考えずに眠ってしまいたかった。
扉を開けた有希を出迎えたのは、両腕を広げたセレナだった。
「おかえりなさい、ユーキちゃん! ヴィーゴに怒られてきた!?」
その言葉とともに、有希を捕らえたとばかりに抱きしめる。
「せ、セレナ!?」
「浮かない顔のユーキちゃんも可愛いぞぉ」
「うん……」
「あら。本当に元気ないわね。――誰かに何か言われた?」
有希は小さくかぶりを振る。
「そうじゃないの、ただ、あたしがあんまりにも馬鹿だから」
あんまりにも馬鹿だから、また人を傷つけてしまった。馬鹿なことをしてしまった。どう詫びたら良いのだろうか、そのことばかり考えてしまう。
「……ねぇユーキちゃん、顔色が悪いわ」
やさしい声が降ってくる。有希を心配して労わってくれるやさしい声。
けれど、今その優しさに甘えてしまうのはいけないような気がした。
「なにか、失敗しちゃった?」
俯いているために顔は見えないが、ひどく甘やかすような声だ。
黙りこんでいると、有希の態度に肯定とみなしたのかセレナが言う。
「若いんだもの。失敗なんて数え切れないくらいにするわ。失敗するのはちっとも悪い事なんかじゃない。後悔するのも大切な事よ」
それでも黙っていると、背中に回された手が有希を撫でる。
「――ねぇユーキちゃん。その中でも、一番大切な事は何だと思う?」
(一番大切な事?)
謝ることだろうか、それとも、相手に許してもらう事だろうか。色々考えても、しっくりとくる答えが出てこない。
おずおずと顔を上げると、セレナがニッコリと笑って「やっと私を見たわね」と言った。
「一番大切なことはね、それからどうするかって事。失敗してしまった前に時間は戻らないんだから、その後どうやって動く事が最善なのかを考えるの」
有希の髪の毛を撫でて、まっすぐにセレナの瞳は有希をとらえる。
「失敗は成功を生む種なの。――まぁ、一度失敗したら二度と同じ間違いをするなっていう戒めでもあるんだけどね」
真面目な顔でそう言った瞬間、セレナは破顔した。
「あぁ! それにしてもユーキちゃんったら可愛い! 顔色悪くてふらふらしてる所も可愛い! 罪悪感でいっぱいです。っていう顔にそそられる! そして私は自分で言ってて耳が痛いわ!」
「え、えぇ!?」
言うと、セレナは有希を抱きしめ、そのまま持ち上げた。突然足元が不安定になって、思わずセレナに抱きつく。
「ユーキちゃんは今日はもう寝なさい! どーせ色々考えちゃって眠れないだろうから、あとでヴィーゴに薬貰ってくるわね」
有希に何も考えさせる暇を作らないようにという魂胆なのか、セレナは次々に言葉を投げる。
「いーい? 今日はゆっくり寝なさい。いーっぱい寝て、二度寝もして、身体をすっきりさせて、それから考えなさい。いっぱいいっぱいの時の人間が考える事なんてロクでもないんだから」
そう言うと、問答無用でベッドに下ろされる。
「いっぱいいっぱいの時の行動なんて、本当にロクでもないんだから」
諭すように言われる。
まるで親サルにくっ付いた子サル状態の有希は、顔を上げてセレナを見る。
「……それは、経験論?」
「ま! そんなひねくれた事言うのはこの口!? お願いだからリフェノーティスみたいに極悪非道な道は歩まないでちょうだい!」
「え、いやだって今自分で耳が痛いって」
「そんなのユーキちゃんの幻聴よ! 疲れてるのよ!」
片手で有希の腰を抱き上げて、空いている手で毛布をめくる。そしてそこに有希を押し込むと、満足げに布団を掛けた。
そして盛り上がった布団をぽんぽんと叩きながら、宥めるようにセレナは微笑む。
「ユーキちゃんは今、人のこと考えていられる状況でもないでしょ? 寝・な・さ・い。――冗談抜きにして、本当に顔色悪いわ」
ずーっと働き詰めだったものね。そう言って有希の額の髪をのける。
「うん……」
貧血だろうか、それとも睡眠不足からだろうか。手足がすうっと冷えて、体が睡眠を求めているのが分かる。
セレナが苦笑して、有希の目元に手の平を翳す。
「ほーら、目を閉じて」
言われるままに甘え、そして目を閉じる。
「おやすみなさい、ユーキちゃん」
「おやすみ、セレナ」
そして溶けるように、有希の意識は落ちていった。