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紫の瞳  作者: yohna
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 眠る事もできないまま、ずっしりと重たい瞼を落とす事もできず、いつまでもぼんやりとしていた。

 考える事を拒否して、いつまでも心は晴れない。

 どれだけ悲しくても、苦しくても、身体は正直に生きている事を伝える。

(……トイレ)

 もぞもぞと起き上がり、夜も更けた中ひたひたと歩き、ひっそりと扉を開けた。


 トイレから出て部屋へ戻ろうとしていた所で、玄関が開かれる音が聞こえて思わず振り返る。

「ユーキちゃん……?」

「セレナ?」

 そこには、夜着のセレナが立っていた。薄紫の髪が、暗闇からくっきりと浮いている。

「どうしたの?」

「ん、ちょっと星を見ていたの。今夜はとっても綺麗よ」

 にっこりと微笑んだ顔はとてもやさしい。

「ユーキちゃんも寝れないの?」

 やさしい笑顔で問われて、こくりと頷く。セレナはそう、とだけ呟くと、有希の元までやってきて、ふわりとケープを被せた。

「なら、星でも見に行く? 少しはすっきりするかもしれないわよ」

 有希は無言で頷いた。


 繋いだ手から伝わるぬくもりは、とても暖かくて、やっぱり優しかった。

 セレナに連れられて、木々の隙間をするすると縫うように歩いた。歩いている最中は二人とも無言で、聞こえるのは虫の鳴き声と葉のざわめきだけだった。

「ごめんなさいね」

 突然発された言葉の意味がわからず、セレナを見上げる。

 セレナは正面を向いたまま、言葉を続ける。

「沢山混乱させちゃってるわ」

「それは違うよ!」

 ぶんぶんと首を振って立ち止まる。有希が立ち止まったので、セレナも歩みを止めた。

「あたしが勝手に、色々考えているだけで」

「でもそれの原因は私だわ。ユーキちゃんは知らなくて良かったことなのに」

「それも違う。あたしは知れてよかった。リビドムの人たちがとても苦しんでるって事に気付けてよかった」

(ただ、だからってリビドムの人たちがやろうとしていることに賛成ができないだけだよ……)

 その言葉を飲み込み、更に首を振る。

(リビドムの人たちだけじゃない。マルキーも、アドルンドも、やってることに賛成できない)

 どうして人が傷つく方向へと歩んできてしまったのだろう。それを有希が嘆いてもどうしようもない事はわかっているのに、もどかしくて仕方が無い。

 セレナが有希をじっと見下ろしている。何か言わなければと思うが喉に詰まってなにも出てこない。

「……ただ、あたし、なんにもできないなぁって。不甲斐ないだけ」

 結局のところそうなのだ。どれだけ考えても、想っても、有希の気持ちなんて知らないで何もかも動いてゆく。有希にはそれらを止める手立てすらないのだから。

「戦争なんて、できることならしてほしくない。そうするしかないってわかってるけど、リビドムの人にもできるなら戦って欲しくない。でも、いくらあたしが考えても、どうにもならないの、わかってる」

 ぽつりぽつりと、零すように言葉が出てくる。少しずつ、ぐちゃぐちゃしたものが整頓されてゆく気がする。

「あたし、どうしたらいいのかなぁ」

 呟いた言葉は独り言だった。

 長い間リビドムを旅して、本当に色々思う事があった。いろんな人に出会った。いろんなものに触れた。

 だからこそ、何もわからなくなってしまった。

「――戦争って、いろんな人の思惑が絡むものなのよ」

 しんとした中、セレナがやさしく告げる。

「国は敗戦国に金を求めたり、貴族は戦争に乗じて敵対してる貴族を殺そうとしたり、武器や兵器を作って儲けようと算段する人間もいる。私達だけで止められるなら、私も止めてた。だけど、私達は結局国や偉い人たちに踊らされることしかできないのよ」

(そんな)

 そんなことで戦争を起こすのかと絶句する有希に、更に追い討ちをかける。

「そんなものなのよ、戦争なんて。だから、私達には抗って抗って、戦うしかできないの」

 ニッコリと笑うと、ぎゅっと有希を抱きしめた。

「ねぇ、ユーキちゃん。ユーキちゃんがリビドムの事を想ってくれたの、私凄く嬉しかったわ。私の代わりに怒ってくれて、反対してくれて」

「せ、セレナ?」

「だけど、ユーキちゃんにはやる事があるでしょ?」

「やること?」

 何だろうと逡巡する。少なくなってきた薬を作る事。それは明日ヴィーゴと一緒に作ると約束した。トウタへの謝罪。それは明日の朝一番にやろうと思ってる。やること、やること。

 有希が答えを出すより早く、セレナが告げた。

「ユーキちゃんは、何のためにアドルンドに行くの?」

「!」

「これからまた、危険な事があるかもしれない。そんなときにどうしようもない事考えちゃ駄目よ? 私達のこと心配しても――嬉しいけどダメ。ユーキちゃんは自分と騎士の事だけ考えてて?」

 セレナのその優しさが、ささくれた心にやさしすぎて、壊れた涙腺からまた涙が涌き出る。

(ルカ)

 心の中で呼びかけた彼は、今の有希を見て何と言うだろうか。

(ルカ、ルカ)

 あぁもう可愛いなぁ。頭上からのんきな声が振ってくる。その優しさがまた痛くて、涙が出る。

(あたし、頑張るよ。もうルカに迷惑かけないように、ガキって言われないように)

 彼は今、元気だろうか。

 最後に彼の居場所を知ったのはどのくらい前だろうか。今もあの時と同じように、冷たい牢に入れられているのだろうか。

(早く会いに行くから――だからどうか)

 だからどうか忘れていないで、だからどうか元気でいて、だからどうか無事でいて、だからどうか――。

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