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紫の瞳  作者: yohna
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 今まで回ってきた集落は、老人や女性、そして子供が多かった。

 けれど、案内されて訪れた場所には、屈強そうな男達ばかりだった。

 そして驚いたのは、そこに居た人々の殆どが、ヴィーゴとセレナの事を知っていた。

 何故と問い掛ければ、皆ヴィーゴとセレナの部下達だと言った。

「まさか、あの逃げ足トウタがねぇ」

「あれから何年経ったと思ってるんです? 今は皆を導いている立場です。逃げてなんていられませんよ」

 トウタは「もうその話題はよしてください、示しがつかなくなるじゃないですか」と苦笑している。

 集落の十日熱患者を診て回った。いずれも皆軽症で、もうすぐ治るだろうとヴィーゴは告げた。

 有希たちは大きな小屋に通され、食事をしていた。

 セレナ達は思い出話に花を咲かせてるようで、とても楽しそうだった。

 有希も楽しそうな皆の姿をニコニコと笑いながら見ていたが、心のどこかは後悔でいっぱいだった。

「――でも本当、噂の人たちがヴィーゴさん達だとは思いませんでした。この後は、どちらへ? 内陸の方に行くんですか」

「いや、そっちは回ってきた。これからアドルンドに向かう」

 アドルンド。その言葉に反応したのか、辺りの空気がぴりりと張り詰めたものになったような気がした。

「アドルンドに、ですか?」

 トウタに至ってはこれみよがしに顔をしかめている。

「このお嬢さんをな、アドルンドに連れて行く約束をしているんだ」

 ヴィーゴがそう告げると、一気に皆の視線が有希に集まったので、おどおどしてしまう。

「……彼女は?」

「リフェノーティスのお姫様だ」

(お姫様って、また冗談を……)

 ため息をつくと、トウタの顔がもう一度歪んだ。

「あら。トウタまだリフェノーティスの事嫌いなの?」

「まだ生きていらしたんですね。――尊敬はしていますけど、苦手です」

 苦手という部分を強調させて、吐き捨てるようにトウタは言う。

「そんな事はどうでもいいんです。ご存知ないんですか? 今内陸で」

「あぁ、知っている」

 トウタの言葉を消すように、ヴィーゴは言った。

「大分前に会った。お前達も行くんだろう?」

 トウタは驚いたように目を見開き、そしてどこか嬉しそうに微笑んだ。

「えぇ。ヴィーゴさんも、ご存知ということは賛同してくださってるんですよね?」

「まぁな」

「また二人と一緒に戦える日が来るなんて、思ってもみなかったので嬉しいです」

「?」

(何の、話をしているんだろう)

 二人の会話は完全に主語が抜け落ちている。一体、何の話をしているのだろうか。

「俺がアドルンドに行くのも、あの人たちのご意向さ」

 肩をすくめるヴィーゴと、更に喜びを露にするトウタ。

「リビドムの再建を夢見てやって来て良かったです」

「え?」

(リビドムの、再建?)

 有希の発した声は、有希が思っていたよりも大きかったようで、また視線が有希に集まる。

「どうしたの? ユーキちゃん」

「リビドムの再建って……どうして?」

 この世界に来て日が浅い有希でも、今世界が混乱しているということはわかっている。

 そんなときに何故、リビドムの再建を目論むのだろうか。

「再建っていうことは、マルキーから取り戻すんだよね?」

「もちろん。それ以外はないだろう」

「っていうことは、マルキーに戦いをしかけるの? リビドムの人はとっても少なくなっちゃってるのに?」

 何故、どうして。そんな疑問が次々に浮かぶ。

(リビドムは今、マルキーの属国になっている)

「っていうことは、独立戦争?」

 トウタは困ったように、少しむっとしたように有希の問いに答える。

「そうなる」

「…………なんで?」

(戦争なんてまた起こせば、また戦いが起きるのに)

 先ほどの惨状が、あちらこちらで起きる。

 旅の途中に幾人も見た。大切な人を喪って悲しみに暮れる人たち。

「どうして? どうしてまだリビドムを再建させたいの?」

「ユーキ」

「だって! だってまた戦いになるんだよ? 戦争になるんだよ?」

「ユーキちゃん」

「また悲しむ人たちが沢山出てくる。沢山の人が死んじゃうばっかりで、何も生まないんだよ! 戦争なんて絶対に無いほうがいい! なのになんでまた戦争を起こそうとするの?」

「ユーキちゃん!」

「日本も……あたしの居た国にもずっと前戦争があった。侵略もしたし報復も受けた。でもそれは何も生まなかったんだよ! リビドムはマルキーになった。それでいいじゃん! マルキーになったからこそ成長したり発展するかもしれないじゃん。どうしてだめなの? そんな戦争、悲しみしか生まないよ! 意味なんてな」

 その続きの言葉は、セレナの平手が飛んできたので紡がれることは無かった。

(――なに?)

 叩かれた場所は熱を持ち、じんじんと痺れたような痛みを与えた。

「それ以上は言わないほうがいいわ。ユーキちゃんが後悔する」

 ひどく哀しそうな顔をしたセレナが、有希を見ている。

「……なんで?」

「ユーキちゃんの国では、戦争で侵略したりする事がよくあったのかもしれない」

 有希は一つ頷いた。

「アリドルははじまった頃から三つの国があった。ずっとよ。史実によると戦争があったり侵略計画もあったみたい。でもね、やっぱり国は三つのままだった」

 哀しそうにぽつりぽつりと言うセレナに、有希は頷く事しか出来なかった。

「私達はリビドムに生まれ、リビドムで育った。リビドムだということに誇りを持ってる」

 そこまで言ってセレナは黙った。一度唇を噛んで、そして口を開いた。

「十年前、リビドムはなくなったわ。戦争の原因はわからないわ。リビドムの研究が欲しかったのか、リビドムに居る魔女を撲滅したかったのか、わからないわ。ある日突然攻め込んできた」

 辺りはしんと静まり返っている。

「リビドムにはね、王が不在だったの。王が不在ってことは、王を殺す事ができない。王がいないのに、リビドムを明渡す事なんてできないでしょう? 皆頑張って対抗したわ。でも、小さなリビドムに五年は、長かったわ」

 リビドム王が行方不明になったと、いつかルカに教えられた。

「リビドムはいつのまにか、マルキーのものになってた……アリドルから、リビドムという国がなくなってしまった」

 そこまで言うと、伏せていた瞼を上げて、まっすぐに有希を見詰めた。

「ユーキちゃん、戦争に負けた国の民が、どうなったかわかる?」

「え…………」

 答えるまもなく、セレナは言った。

「マルキーはリビドムの人間を、犬以下に扱ったわ。商売女にさせたり、奴隷にしたり、時には人体実験の実験体にもさせられたわ」

「え」

 その言葉の強烈さに、有希の目が見開かれる。

「ユーキちゃん。本当にこのままでいいのかしら。マルキーは私達から国も生活も、矜持も取り上げて踏み潰したわ。それなのに、そんな私達に未来や希望なんて見えるかしら。成長や発展なんて、あるかしら」

「そんな……ひどい」

「でもそれが現状なのよ」

 言葉が、でなかった。

 敗戦国がそんな扱いを受けるだなんて、微塵も考えていなかった。考えもつかなかった。

(でも、それが現状)

 セレナが有希の頬を撫でて、ぎゅっと抱きしめた。

「ユーキちゃんがそんなこと知らないってわかってる。むしろそんなの教えたくなくて黙ってた。知らなくていいことだもの。でもね、全部本当のことなの」

「っごめんなさい」

(リビドムの人のこと、考えてなかった。リビドムの人は、平和を取り戻すために戦うんだって、考えもつかなかった)

 それなのに自分は何と言っただろうか。思い出しただけでかぁっと赤くなって、消え入りたくなる。大変な事を言ってしまったと、縋るようにセレナにしがみつく。

「今の俺達には、リビドムを求める事しかできないんだ。生まれた時からリビドムで、リビドム以外の人間になるなんて考えもつかない」

 ぽつりと落とされた言葉に顔をあげると、何か堪えるように、トウタが有希を見ている。

「リビドムにな、姫様が居たんだ。カーン様の王女が」

「……え?」

「今まで隠れて時期を待って下さっていたのだろう。リビドムの為に、俺達の為に、決起しようとしてくださっていたんだ。――けれど、お亡くなりになった。マルキーに唆されて」

 わなわなと拳が震えている。眉間に皺を寄せて、必死に怒りをやり過ごそうとしている。

「決起なんて考えず、安穏と暮らしていてくだされば、死ぬことなんて無かった! なのに、リビドムの為に死んでしまった」

 悲痛に叫ぶと、一気に力が抜けたように、だらりと微笑んだ。

「姫様が命を掛けて再建させようとした国だ。――だから、再建させたいじゃないか」

 その笑顔は、簡単に有希の心を締め付けた。


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