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紫の瞳  作者: yohna
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 ガリアン・マノタント。その名前は、軍人で知らない人間は居ないと言うほどに有名だ。

 前リビドム王ロイコ・カーン・リビドムの騎士であり、かの戦争では、ガリアンが居たからこそマルキーはリビドムにてこずったと言われている。

 そして、彼はヴィーゴ等の師だった。

 ガリアンがケーレから逃げたと言われ、酷く驚いた。逃げたという事は、まだ諦めていないという意思の現れなのだろう。

 まだ、カーン王を。リビドムを諦めていないという。

(そういうことか、リフェノーティス)

 リフェノーティスは自分で準備があると言った。それは、ガリアンを支援するためのということで間違いは無いだろう。

 ヴィーゴは落としそうになった取ってを握り、ベッドに歩み寄る。

「患者は、その子ですか?」

 かつて師として敬った人間が居る手前、おのずと口調が丁寧になる。

 ベッドにはまだ幼い。十六程の少女が眠っている。その寝顔は苦悶の表情を浮かべている。

(ユーキと同じくらいか)

 ベッドサイドに行き、ざっと診察する。身体のあちこちに疱瘡が出ている。熱も高く、まともに食事も取れていないのだろう、酷く衰弱している。

「な、なぁセンセ、ティータは治るか?」

 少女の足元のベッドサイドでうな垂れていたナゼットが、ヴィーゴの裾を引っ張った。その手には、ティータと同じ指輪が嵌っている。

(……亭主か? またえらい衰弱してるな)

「あぁ、大丈夫だ。――この子、意識はありますか?」

 問い掛けると、ダンテが口を開いた。

「今朝方まではありました」

「それから寝つづけているんですね。わかりました――薬を飲ませますので、白湯をいただけますか?」

「お、おう。今持ってくる!」

 ナゼットがバタバタと部屋を出て行く。しんとした部屋に、重苦しい少女の息遣いだけが広がる。

「……この子は、彼の夫人ですか?」

「いえ、二人とも私の子供です」

 ダンテがそう言い、ついで柔らかに苦笑する。

「誤解をさせてすみません。まだ妹離れできぬ兄でして」

「いや、こちらこそ失礼」

 ずっと椅子に座ったままのガリアンをちらりと見て、もう一度ティータに視線を戻す。

「……必ず治ります。この子は魔女ではなく女神の祝福を受けてるのですから」

(そう、ユーキの祝福がある)

 バタバタと音を立てて、白湯を持ってきたナゼットに苦笑した。

 

 白湯に薬を入れ、薬を溶かしてから、ティータを起こす。

「……ん」

「起こして済まないな」

 ナゼットの手を借り、ゆっくりと上体を起こしたティータは、ぼんやりとヴィーゴを見る。

「とりあえず、これを飲めるか?」

 高熱で意識が朦朧としているのだろう。ヴィーゴの言葉がよく分からないのか、ナゼットを見上げる。

「ティータ、薬だ。飲めるか?」

 ナゼットに言われて理解したのか、ヴィーゴに手を伸ばす。その手をナゼットが添えて、ティータはゆっくりと薬を飲んだ。

(……変化はあるか)

 有希がチルカに祈ったときは、その直後に変異が起きた。

 しかし、見る限りティータはどこも変わらない。

(直接ではないから駄目か)

 薬を飲み干すのを見届けて、もう一度寝かせる。絞ったタオルを額に乗せると、ティータは気持ちよさそうに瞳を閉じた。

 その場の人間の視線が、ヴィーゴに刺さる。病人の居る部屋とは思えないほどに殺伐と、そしてピリピリとしている。

「……明日までに病状が回復していれば、確実に治る」

 そう告げると、少しだけ空気が柔らかくなる。だが柔和な顔をしたのはナゼットのみで、残りの二人は険しい顔をしている。

 その理由に、うっすらとヴィーゴは気付いていた。

「ここに人が居るというのを知られたのが、そんなに不味いですか?」

 出来るだけ穏やかな声を出す。二人からギロリと睨まれる。

「病人の居る部屋で、そんな殺気を露にさせないで下さい。少しお話をしたいのですが、どこか場所はありますか?」

「では、隣の部屋を案内しよう」

 そうダンテが言うと、先ほどナゼットが出て行った部屋へ促す。

「ナゼット、お前はティータを見ていなさい」

「あ、おう」

 異様な雰囲気に気付き、少し驚ているナゼットを一瞥し、ヴィーゴは鞄を持って隣室に入る。次いでガリアンが入ってくる。

 そこには、簡素なキッチンとテーブルと椅子がある。座るように促され、言われるままに座る。向かい側には、ダンテとガリアンが座った。

「まず、お久しぶりです。と言わせてください」

 膝に手を置き、丁寧に頭を下げる。顔を上げると、二人とも厳しい顔をしたままだった。

「私……俺を思い出せませんか? ガリアン様」

 ガリアンの眉がぴくりと動いたが、顔つきは変わらない。

 その懐かしい顔に、思わず笑みがこぼれる。

「相変わらず怖い顔だ。まぁ、この通り髭面なんで仕方ないですかね。俺影薄かったし。ヴィーゴ・コロですよ。リディー・コロの兄です」

 とたんに、ガリアンの目の色が変わる。

「あの、突拍子も無い研究ばかりしていたヴィーゴ・コロか?」

 思い出してくれたかと破顔する。

「そうです。いつもカーン様とリフェノーティス達で遊んでいた、あのヴィーゴです」

 ガリアンの頬も少しだけ緩む。そして隣に座っているダンテに、教え子だと説明する。すると今度は、事の顛末をヴィーゴに説明し始めた。

 ティータが高熱を出して倒れ、昨日疱瘡が現れた。十日熱だとわかるのはとても早かった。そして気が動転したナゼットが、見よう見まねで水晶を使ったのだと言った。

 その前の、何故ここに来たのか、ここの人間達は何者なのか、一切触れずに。

(つまりは、彼が信号を出さなければ、そのままこの場所で。薬も何も無いこの場所で彼女を寝かせ続けるつもりだったのか)

 それならば、彼女の命はなかったろう。少しだけ憤りを感じ、きゅっと拳を握った。

「……彼女を、見殺しにするつもりだったんですか?」

「そんなつもりはない。ただ、十日熱にはどうすることもできない。彼女が自力で打ち勝つのを見届ける以外に、我々に何が出来ると言うんだ?」

 そう告げたのは、ダンテだった。苦渋に満ちた顔で、何もできなかった自分を羞じている。

「……失礼しました。確かに貴方の仰る通りです」

「いや、こちらこそ。娘を救って頂いたというのに、申し訳ない」

 お互いに頭を下げ、しんとした空気が戻る。

「して、ヴィーゴ。不躾な質問だが、何故このような所に?」

 探るような瞳に、おどけてみせる。

「ご覧の通り、十日熱の治療薬をこうやって配り歩いてるんですよ」

 十日熱の治療薬。その言葉に二人が驚いた表情を見せる。

「昔、くだらない研究ばかりしていた男は、今は亡き国の意思を継いでいたんです」

 リビドムが大切だった。あの国を愛していた。

 その気持ちが、この言葉で伝われば良いと思った。

 ガリアンとダンテはお互いを見合い、目で会話をしている。ややもすると、ガリアンが口を開いた。

「ヴィーゴ、お前は私がこの場に居る事にそれほど驚いていないように見えるのだが」

「えぇ、貴方がケーレから逃げたのは聞いていました」

「誰に。と、聞いても良いか?」

「リフェノーティスです。覚えていらっしゃいますか? 百合の魔女の息子です」

 ガリアンは目を細め、あぁと呟いた。

「アイツはあの後から、この近隣で情報屋をやってるんです。だから聞いていますよ。――アドルンド、マルキー両国の前線で戦っていたリビドム兵を連れ去ったのは、ガリアン様だという事も」

 ダンテが驚いてヴィーゴを見る。ガリアンは、穏やかにそうかと呟いた。

「ならば話は早い。ヴィーゴ・コロ。単刀直入に問おう。――私はリビドムの再建をしようと思う。協力してくれるか?」

リビドムの再建。その言葉に、目がくらみそうになる。

(やはり、そうか)

 ガリアンが脱走したということはつまり、リビドムを諦めていないという事だ。

 そして、リフェノーティスは準備があると告げた。その言葉が指す事を、ヴィーゴは経験から知っている。

「……ガリアン様。俺はね、つるんでた奴等の中じゃ一番存在が薄かったんですよ。――何故だかわかりますか?」

 ガリアンの眉がぴくりと動く。

「俺にはね、拒否権なんてないんですよ。今も、昔も。アイツ等のいいようにされている。そして俺も、それを悪くは思っていないんですよ」

 ガリアンの隣のダンテは、探るような視線をヴィーゴに送る。

「つまりね、俺が何を言いたいかって言うと、リフェノーティスはもう、あなた達に協力すると俺に言いました」

 そう告げると、二人の雰囲気が一気に和らぐ。その空気を感じて、ヴィーゴも微笑む。

「ということは、俺はもう既に、あなた方の味方なんですよ」

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