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紫の瞳  作者: yohna
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 足の長さの違いなのか、運動能力の違いなのか、わかってはいたが有希はパーシーに追いつけなかった。

 有希がパーシーに追いついた時、パーシーはドアノブに手をかけていた。

「開けちゃダメ!」

 そう叫んだのが先か、パーシーが扉を開いたのが先か。

 パーシーは扉を開けて中に飛び込んだ。

「パーシー!」

 有希も次いで中に飛び込む。

 ベッドに寝ているチルカに馬乗りになり、心臓マッサージしているヴィーゴの姿があった。

「逝くな! 戻って来い!」

 入ってきた有希たちに目もくれず、叫んでいる。

 チルカは、一番初めに会った時の面影はどこへ行ったのだろうか。疱瘡が全身に回っているのだろう。体が真っ赤に見える。

(――そんな)

 まさか、こんなにもひどい状況だったなんて。

「チルカ!」

 パーシーがベッドサイドでチルカの手を握っている。その手もぼこぼこと疱瘡で真っ赤になっている。

(だめだよ)

 まるで、ドラマのワンシーンのようだ。どこか現実味がなくて、どこかフィクションのようで。

「だめだよ、チルカ……」

 ふらふらとベッドサイドに寄る。ヴィーゴに押された反応で跳ねる腕をゆっくりと掴んで、祈るように額を寄せる。

「チルカ、死んだらだめだよ」

(みんなみんな、チルカが治るのを待ってる。チルカが元気になるの待ってるんだから)

 皆が叫んでいる。大きな声でチルカの名前を呼んでいる。それがどこか非現実的で、夢の中にいるようだ。

(チルカ、早く戻っておいで。元の元気な姿を見せて)

 何度も何度も話し掛ける。ヴィーゴの力で跳ねていた腕はそのうち動かなくなった。

 目を開けると、ヴィーゴがチルカの胸元に耳を当てている。

「――よしっ」

 噛み締めるように言った顔はどこか嬉しそうで、チルカが戻ってきたことはすぐにわかった。

「チルカ、チルカ」

 有希とは反対側の手を握っていたパーシーが、何度も話し掛ける。

 すると、チルカの目がうっすらと開く。

「チルカ!」

 破顔したパーシーはチルカの頭を撫でた。

「良く頑張ったな、チルカ」

「……シー……」

「喋らなくていい。ゆっくり休むんだ。な?」

 慈しむように話掛ける。チルカはそれに頷くと、すうっと寝入った。

「もう大丈夫そうだな」

 ほっとしたように息をついたヴィーゴにお疲れ様と声を掛ける。ヴィーゴは汗だくで、目の下に黒々と隈ができていた。

「それは、チルカは治るって事?」

「まだ予断はならんがな」

 途端に嬉しくなる。顔がどんどんと綻んでくる。

「――んで、なんでお前さんはここに居るんだ?」

「え?」

 にやけた顔でヴィーゴを見ると、険しい顔をしていた。

「感染する可能性があるから入るなと言ったのは覚えてるよな?」

「……はい」

「そこの兄ちゃんもだ。何故入ってきた」

「ヴィーゴさんが、チルカに逝くなって言ってるのを聞いたら、なんだかいてもたっても居られなくなって」

「それでお前さん等も応援しにきたって訳か」

 頷く。

「馬鹿か! それで感染したらどうなる!」

「まぁまぁいーじゃない! ヴィーゴ、疲れてるからってユーキちゃんに当たらないで」

 ベッドの傍らに立っていたセレナが、ヴィーゴの肩を叩く。

「ユーキちゃんだって、いけないことだってわかってたわよきっと。でも心配で心配で仕方なかったんだから。――それに、チルカちゃんだって、二人が呼んでくれたから戻ってきてくれのかもしれないでしょ?」

 労わるようにヴィーゴの両肩を揉みしだきながら、視線を有希に移す。

「二人とも、後で薬飲んでおいてね。少しは予防にもなると思うから」

 そう言ってウインクをする。

 ヴィーゴは何かを諦めたようにため息を吐いた。

「――わかったなら、早く出て行け。オラ、そこの兄ちゃんもだ」

 パーシーはいつまでもチルカの頭を撫でていた。ヴィーゴに言われて、しゃんと立ち上がる。

「彼女を救ってくれて、感謝する」

「お前さんに礼を言われるほどじゃない。俺は俺の仕事をしたまでだ」

「それでも、ありがとう」

 そう言って、頭を下げた。

 ニカッと笑ったヴィーゴは、パーシーの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「そう思うなら、この後もこの孤児院に良くしてやってくれ」

「――あぁ」

「オラ、出た出た」

 しっしと手を払って、ヴィーゴは有希とパーシーを追い払った。

 有希たちはすごすごと部屋を出て、冷めやらぬ興奮と、嬉しさを噛み締めた。


 扉が閉まるのを見届けて、ヴィーゴはベッドに歩み寄る。

 その寝顔はとても安らかで、数分前まで心肺停止していた人間には見えない。

「……奇跡としか言いようがないな」

「あら、二人の愛の雄叫びの力かもしれないわよ?」

 茶々を入れるセレナも、どこか真面目だ。

 チルカの頬に手を添えて、首もとの体温を測る。すると、赤黒く変色したかさぶたが、ポロポロと取れた。

「っ!?」

 驚いて思わず手が引っ込む。

 かさぶたの取れた下からは、きれいな肌が見える。

「まさか、ありえない」

 頬を数度撫ぜると、やはりかさぶたは簡単に剥がれてゆく。

「もう治ってるだと?」

 普通、疱瘡は数日かけてゆっくりとかさぶたに変わり、取れるものだ。

「どうしたの?」

 覗き込んでくるセレナに見せるように、もう一度チルカの頬を撫ぜた。セレナも絶句している。

 額に手を当てる――やはり、先ほどまでの高熱は無く、じつに健康体だ。

「愛の力ってこんなに威力凄いものなのかしら。あの少年かしら」

「さぁ。愛っていうヤツが病気の全てを治しているなら、大抵の人間は死なんさ」

 ベッドから外して、窓の外を見遣る。青白い月が、近隣の雲を藍色に染めている。

「だが、奇跡は人間を生かしてくれるらしいな」

 太陽の光でもないのに、目の奥に沁みる。

 その青白い月を眺めて、目を細めた。

「セレナ……お前は見たか?」

「嬉しそうなヴィーゴの姿は久しぶりに見たわ」

「そうじゃない。あの子だ」

「あの子?」

(見ていない、か)

 白い肌に黒い髪、黒い瞳の、まだ幼い面影の残る少女。

 ヴィーゴは視界の端で見てしまった。

 祈るようにチルカの手を握っていた有希の身体が、淡く発光していたのを。

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