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フォルという町を目の前にして、有希は目の前の男の言ったファンタジー極まりない言葉に愕然とした。
「……魔女ってなによ?」
有希にファンタジー発言をした金髪の美青年――ルカは、悠々と椅子にすわり、仏頂面で何を考えているのかわからない顔で有希を見つめている。
今までずっと淡色のワンピースばかり着ていた有希にあつらえられた服は、極彩色のワンピースと、原色をつぎはいだみすぼらしいマントである。
「ねぇ、何とか言いなさいよ。こんなキテレツな服まで着せてさぁ。どういうこと?」
「魔女は、好んでそういう類の服を着る。何になるにも形からというだろう」
「そもそも魔女って何? そこから教えるべきじゃないの?」
ルカが面倒くさそうにため息を吐く。有希の隣に立っていたアインが慌てて説明する。
「ユーキは魔女も知らないんですね。――いいですか? 魔女は、主にマルキーに棲んでいる種族です。魔女は寿命が長く、色を好み、女性しかいないといわれています」
「はぁ」
「そして魔女は――まじないとすると言われています」
またファンタジー発言か。と、有希は呆れ顔で返す。
「まじない……って、何? また魔法みたいなの?」
「まぁ、そう思って頂いて間違いはないでしょう。魔女によって出来るまじないも違うみたいですけど」
「飛んだり、ヘンな薬作ったりするの?」
「そういう魔女が多いらしいですよ」
史実によると。と、アインは付け加える。
どうにもアインのくちぶりが、魔女の実物を見たことのあるようなものとは思えない。
「アインさんは見たことないの?」
「僕ですか? まぁ、詳しくは知りませんね。昔、大規模な魔女狩りがあって魔女人口が減ったのと、元々魔女は自分をひけらかさないですからね。会っても魔女だと気づかないことが多いんですよ」
へぇ、と感心して、ふと思う。
「魔女が女性しかいないって、それって繁栄していかないんじゃないの?」
ルカが「聡いな」と言って、有希のつぎはぎマントをいじっている。
「魔女は、一般男性との間に、子を成します。その子が男なら普通の人間。女なら――魔女となります」
そして魔女は、いつしかその娘魔女と共に姿を消すんです。アインは当然。というばかりに言う。
有希は感心して、そんな人種もいるのね。と呟いた。そして逡巡して、ふと思う。
「それでどうして、あたしがその、『魔女』の格好をしなきゃいけないの?」
一番聞きたいところはそこなの。と、ルカがつまんでいたマントをルカの手から引っ張る。
アインも真相を詳しくは知らないらしく、「えぇと」と言ってルカを見やる。
「今フォルに篭城している武将殿がな」
ルカがにやりと笑う。
「実は幼女趣味があるという噂があってな。――昔、とある幼女に手をだした」
少女趣味。ということは、そういうことなのだろうか。うぇ、と有希は眉間にシワを寄せる。
「そしてその幼女が実は魔女だったらしくてな……酷い返り討ちにあったらしい」
「そう……気持ち悪い武将さんなのね。でもそれが何? 一体この格好と何の接点があるの?」
ルカの前のテーブルを叩く。目の前の男はぴくりとも動かずに、有希を一瞥する。
「お前は知らぬかもしれんが、この世界にはな、『伝説の魔女』と呼ばれる存在があってな。彼女の風貌が、十歳前後の容貌で、そして紫の瞳をしているということで有名なんだ」
嫌な予感がした。もしかして、この男は自分をダシに使おうというのだろうか。
「……もしかして、あたしにその魔女になれっていうの?」
「イシス将軍がその伝説の魔女に手を出したとしても、出していまいが、トラウマの刺激にはなるだろう」
ルカが有希を正面から見据える。仏頂面は相変わらずだが、真摯な瞳をしていると思った。
「俺と共に、行ってくれるか?」
そんな綺麗な顔で、真面目に言われたら、断るに断れないじゃない。と、内心毒づいた。
とりあえず強気で居ればいい。ルカはそう言って、有希の手を引いた。
頭から灰色のマントをすっぽりと被った有希は、手に引かれるまま歩いた。
――武将――イシス武将が篭城しているフォル城には、アドルンドの捕虜もいると聞いた。イシスは戦場だったフォルに入るや否や、圧倒的な戦力で制圧し、そしてフォル城でルカ様を待ってるんですよ
アインの言った言葉が頭で反響する。武将というのだから、恐い人なのだろうか。
城を兵で囲んでいると、ルカの計画どおり、ルカとその主人のみが城に招待された。何故主人を連れて行かねばならないのかと問うと、アインが「いざとなれば人質にしたり、まぁ使えるからでしょう。卑しい人なんですよ、イシス将軍は」と答えてくれた。
(あの人はそこまで考えて、あぁ言ったのかな……)
もしその招待を断ればそのまま争いが始まっただろう。ルカは、招待を受けた。
――いいか?開城できれば御の字だが、まず捕虜の奪還をしたい。
そのために招待を受けたんだとルカは言った。
(そうは言ったけど)
そもそも、自分に何が出来るのかもわからないのに、この場にきてしまった。いざとなれば魔女のフリをして逃げるくらいのことは出来るだろうが、それ以上に何も役に立てるとは思えない。
肩に掛けたアーチェリーケースがカタカタと音を立てている。
(この人、理解ができないんだもん)
隣で自分の手を引く美青年。考えてみれば、年齢も知らない。今有希にわかるのは、有希よりも体温が低いということだ。繋いだ手が、冷たい。
マントの隙間からちらりと顔を見上げれば、前を向けと怒られた。
(悪い人じゃないんだっていうのは、なんとなくわかるけど)
ある程度、一定の距離をおいてくれる。戸惑う有希にフォローの言葉もある。
(だけど、酷い二重人格よね)
しばらく一緒にいてわかったのは、彼はひどく愛想がいいということだ。
立ち寄る町々の人々の前では、明るく朗らかに笑っているが、有希やアインの前になると、途端に仏頂面になって笑顔というものは意地悪いニヒルな笑顔以外なくなる。
(まぁ、あの愛想の悪いほうが素なんだろうけど)
よくまぁあんなにもコロコロと変われるものだ。と、感心すらしてしまう。
「ぼんやりするな」
手をぎゅっと握られて、はっとする。
驚いて見上げれば、ルカは少しも緊張していないような面持ちで、まっすぐ前を見据えている。
(本当は、もっと緊張してていいはずなんだけどな……)
どれだけ鉄面皮なんだろうと思ったが、もしかしたら相好を崩すようなことは許されなかったのだろうか。
(なんてったって、王子様だもんなぁ)
金髪碧眼に眉目秀麗、おまけに剣術も達者となると、女の子に困ったことはないだろうなぁと、感心してしまう。これほどまでに完璧な人間がいていいのだろうかと疑いたくもなる。
(ああ、二重人格っていうところでもう、完璧じゃないか)
ふふっと笑っていると、更ににらまれてしまった。
そのままルカは苦渋を顔に浮かべている。
「本来ならば連れるべきではないのだが――」
マントが邪魔で顔が見えないが、とてもすまなさそうな声が聞こえる。
そんなルカの声を聞くのは初めてで、どきんと胸が慌てる。
「どういうわけか、お前と契約したことがイシスにも伝わっていてな――代わりを立てる事が難しかった」
おかげでこちらが不利だ。と続ける。
「えぇと、あたし、邪魔にならないように頑張る。捕虜の人たちが助かるように協力するよ!」
繋いだ手をぎゅっと握って見上げる。マントの隙間から見えた顔は、ひどく驚いていた。
そして目が合うと、いつものように意地悪く笑って「すまんな」と告げた。
(そっか)
妙に納得してしまった。
魔女の格好をさせられたことも、こうやってずっと手を握っていてくれていることも。
(あたしが危険に、不安にならないようにしてくれているんだ)
遠まわしな配慮に気が付いてしまった。完璧人間のように見えるルカの不器用なやさしさにくすぐったい気持ちになる。
「一応、お前を主人にしてしまったのは俺の短慮だ。出来るだけ守ってやる」
お互いにぎゅっと手を握り合うと、目の前の大きな扉がゆっくりと開いた。