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世話になる。そう言われた通り、有希達はパーシーの世話もするようになった。
といっても、特にやることはなく、むしろパーシーが子供達と一緒に手伝いをしてくれる程である。
この孤児院にはよくやってくるらしく、子供達はとてもパーシーに懐いていた。
「コラ、勿体無ぇから残すなよ」
「ヤダ! もったいないならパーシーちゃんが食べればいいじゃん」
「こっのヤロォ」
いーだ。と、口を広げる男の子の頭をゲンコツで殴るくらい馴染んでいる。
口は悪いが面倒見がとてもよく、その光景は、どこか塔の最上階での出来事を彷彿とさせた。
(面倒見がよかったのは、ココに来ていたからなのかな)
パーシーが孤児院に来てからと言うもの、彼の事ばかり目で追ってしまう。
「なぁにユーキちゃん。彼の事気になるのぉ?」
そんな有希に気付いたのか、目ざとくセレナがからかう。
「ち、ちがうよ」
(違うけど)
そう、違うから驚いている。彼は紛れもなく、有希に国の為に死ねと言い放った人物そのものだ。
(意味がわからない)
一体何故、何のために彼がこの孤児院で世話になっているのか。
(王子っていう身分も隠しているみたいだし)
きっと知っているのは院長だけなんだろう。でなければ子供達がパーシーちゃんなどとは呼べないだろう。
「まぁ、彼、見た目クールなのにお兄ちゃんみたいに面倒見いいわねぇ。ここのパトロンのお子さんなんだってね」
「へぇ、そうなんだ……」
「ユーキちゃん、狙ってみたらどう? あ、でもユーキちゃんには騎士様がいるもんねぇ」
「っセレナ!」
どうしてそういうこと言うのと睨むと、からからと笑ったセレナに頭を撫でられる。
むうと頬を膨らましていると、ふと視線を感じた。ちらりと見ると、パーシーが有希をじっと見つめている。目が合うと、ふいと視線をそらされる。
「……彼もまんざらでもないのかしら」
セレナをもう一度睨んだ。
チルカの症状が悪化したとヴィーゴから告げられたのは、子供達が寝入った頃だった。
皆と時間をずらしているヴィーゴはどこか疲れたような顔で食事を取っていた。チルカの部屋にはセレナが行っている。
「子供達は?」
「大丈夫。感染しているような子は多分いないと思う。……潜伏期間なのかもしれないけど」
二人人しかいない食堂はがらんとしていて、つい数時間前まで、声を張り上げなければ会話が成り立たなかっただなんて想像もつかない。
「……危険だな。彼女が発病してから六日。そろそろ子供達にも影響が出てくるだろう」
大きくため息をついたその姿を、有希は見つめる事しかできない。
「一番感染を気をつけなきゃならんのは院長だ。彼は老齢だから治るにしたって体力がもたん」
ヴィーゴは表情を歪めた。
「子供達はまだいい。子供の頃に感染すれば、それこそ症状は重くなくて済む」
(子供の頃は症状が軽いって、おたふく風邪みたい)
もしかして、似たようなものなのではないかと思ってしまう。
「彼女は、今夜が戦い時だ」
(今夜)
それは、今夜が峠だということなのか。絶句していると、ヴィーゴは有希を見る。
「悪いな、早いとこアドルンドに行ってやりたいんだが、俺は病人を見捨てないんでな」
慌てて首を振る。
「ううん、あたしもチルカには早く良くなってもらいたいし、気にしないで」
本当は一刻も早く行きたいが、チルカを心配しているのもまた、事実だ。
穏やかに笑ったヴィーゴは、有希の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「リフェノーティスの言う通りだな」
「え?」
「一生懸命でいい子って事だ」
そう言うと、ヴィーゴは立ち上がる。
「ヴィーゴさん」
出口に向かって歩いていたヴィーゴが振り返る。
「ヴィーゴさんも疲れてるでしょ? あんまり無理しないでね」
ヴィーゴは苦笑して、そして礼を告げると出て行ってしまった。
片付けを終え、戸締りのために部屋を回る。
子供達は安らかな顔で寝ている。
部屋の窓を閉めて歩いていると、外に誰かが立っている。
孤児院の前にある大きな木の、すぐそばに。
(パーシー王子)
月明かりに照らされた孤児院の庭に、ぽつんとパーシーが立っている。初夏とはいえ夜はまだ冷えるのに、薄着だ。
(何、してるんだろう)
その後姿がどこか切ない。
一体彼が何を思っているのか、わからない。
何故、有希に死ねとほのめかしたのか、皆に嫌われても孤児院に通いつめたのか。
(教えてくれるかな)
聞きたいと願えば、彼は答えてくれるだろうか。
有希はブランケットを持って、玄関に向かった。