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紫の瞳  作者: yohna
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 あまりにもセレナが有希を笑うので、猫のように威嚇して、フーフー呼吸をしていると、大笑いしたセレナが手を放す。

「あはは、冗談よ。半分いかないくらい」

「それって冗談じゃないよ!」

 きょとんとした子供達は、何か楽しそうな事をしているのだと勘違いをし、わらわらと駆け寄ってくる。

「うんでも、契約するっていうことは、ユーキちゃんのこと、悪くは思ってないんじゃない?」

 セレナは立ち上がると、子供達の布団を畳む。

「普通は嫌いな人と契約なんてしないわよ? たとえどれだけお金を積まれたとしてもね」

 有希はセレナの分まで畳む。

「じゃぁ、セレナもヴィーゴさんの事好きなんだね」

「えっ」

 突然動きを止めたセレナに、子供が激突する。泣き出す直前の子供を抱きしめて、セレナは有希を凝視する。

「え、なに? 違うの」

「いや! 違くないわよ!」

 慌てふためくセレナが、有希にはイマイチ理解できない。

「えぇ――好きよ。大好きよ!」

 有希は破顔して、次の洗濯物を引っ張る。

「よかった、あたしもねぇ、好きだよ。ヴィーゴさん。口調はキツイけど面倒見がいいところとか。あ、セレナも好きだからね」

 そう告げると、あからさまに落胆した様なセレナが、布団にぱたんと倒れる。

「……ユーキちゃん、それは酷いわ。卑怯よ」

「え? 何が?」

 布団に倒れ込んだセレナが面白いのか、次々に子供達がセレナの上にのしかかる。人間布団のようになった子供達は、楽しそうにはしゃいでいる。

 セレナも笑って、子供達と格闘をはじめる。

 洗濯物を片付け終えた有希は、全て重ねて立ち上がる。

「リタも手伝う」

 声に振り返ると、有希の服の裾を引っ張っている小さな女の子。リタが居る。

 リタは大人しい性格だが、よく気が付くいい子だ。

「ありがとうリタ、じゃぁ、これだけ持ってくれる?」

 両手を差し出す小さな手に、数枚のタオルを載せる。

「リタ、あたし、この服をどこに置くのかわすれちゃったんだけど、どこか案内してもらえるかな?」

 聞くと、リタは嬉しそうに頷いて「こっち」と先導する。

 その小さな身体を見ながら、ゆっくりと着いて行く。

(ここの子達は、本当にいい子だなぁ)

 頬がゆるむのを自覚して、へらへらと笑う。

 廊下を歩いて、ある部屋の前でリタが振り返る。

「おねえちゃん、ここだよ」

「あぁ、そうだっけ! ありがとうリタ」

 お礼を言って、扉を開ける。

 その部屋に居た人物を見て、有希は絶句した。

(――マルキー王子)

 ずきりと、見えない胸の火傷跡が痛む。

 そこには、院長と、あの塔で顔を突き合わせていた、マルキー第二王子が居た。

「パーシーちゃん!」

 第二王子――パーシーに気付いたリタは、満面の笑みを浮かべてパーシーに駆け寄る。

「リタ!」

「これリタ、そのように呼んではといつも……」

「あぁいいんだ、気にしないでくれ。リタ、何してたんだ?」

「せんたくものかたづけに来たの」

 パーシーは「偉いな」と言って、リタの頭を撫でる。そして立ち尽くしている有希に気付いたのか、顔を上げる。

 見覚えのある群青色の瞳が有希をとらえる。思わず、ふいと目をそらしてしまう。

「お前――」

(やばっ)

 あからさまに顔をそむけ過ぎただろうかと後悔する。

(でも、あたし今姿違うし、だ、大丈夫だよね)

 顔を上げて、ニッコリと笑う。パーシーが面食らったように目を瞠る。

「彼女は、今ここに滞在してらっしゃるお医者様のお手伝いさんです。子供達の面倒など見てくださって、とてもよくしてくれているんですよ」

 院長が注釈を入れてくれる。それにパーシーはおざなりに返事をする。

「そ、そうか」

 パーシーは何か言いたげに、ちらちらと有希を見る。

(やっぱり、面影あるもんなぁ)

 ヴィヴィは有希を全くの別人につくらなかったようで、瞳の色と身長以外、特にあまり変わっていない。

「……お前、妹はいるか?」

「いえ、居ません」

「そうか失礼した」

(別人みたい)

 あの塔で会った時の、あの剥き出しの悪意はどこにも見られない。

「ユーキさん、こちらのお方は……」

「パーシーだ。時折こうして世話になっている。今日からも数日間世話になる。その間はよろしく頼む」

(世話になる? 一国の王子様が?)

 しかも、今の言い方は明らかに自分の身分を隠そうとしている。

(なんで、マルキーの王子がリビドムの孤児院に?)

 疑問が幾つも浮かんだが、こちらこそよろしくお願いしますと頭を下げる事以外できなかった。

「パーシーちゃん、あそぼ」

 いつのまにかタオルを仕舞ったリタが、パーシーの手を引っ張っている。

「おぉ。いいぞ。皆は今広間か?」

「うん」

 言うと、リタが両手を広げて抱っこをねだる。パーシーはねだられるままにリタを抱き上げる。

「じゃぁ院長、そういうことで頼む」

「はい、畏まりました」

 リタを抱いたパーシーは、院長と有希に一瞥すると、部屋を出て行った。

 途端に、部屋が広く感じた。

(思ってたけど、存在感のある人だなぁ)

 早いところ洗濯物を片付けなければと、棚を開いた。

「ユーキさん。少しお話が」

 間違いなく、パーシーの事だと気付いた。

「なんでしょうか」

 立ち上がって、姿勢を正す。

「ユーキさんは、マルキーが憎いですか?」

「え?」

 思いも寄らぬ質問に、素っ頓狂な声が出る。

「あ、ご、ごめんなさい。憎い――」

 マルキーに居た頃を思い出す。塔に侵入して、牢を破って、ダンテとガリアンを救出して。捕まって、パティに会って。

(そして処刑された)

 処刑場の光景を思い出すと、今でも恐怖で身体が震え、胸の刻印が痛む。

「憎い、とは思えません」

「それは、どうして?」

(どうして? だって、マルキーがあたしを処刑したのだって、元はと言えばあのクソ兄様が)

 そこまで考えて、違うと気付く。

(リビドムは、マルキーと戦争したんだ。そして、民間の人を徴兵して、戦争に送り出している)

 家族や友人や恋人を失った人が沢山いる。悲しみを抱えきれない人々が、今もこの国で絶望している。

(あたしは)

 とても、申し訳ない気持ちになる。

「あたしは、マルキーとリビドムの戦争を経験していないからだと思います」

 院長が意外そうな顔をする。

「あたし、遠いところから最近来たんです。だから、この世界のこともよくわからなくて、勉強がてらヴィーゴさんたちに着いて来ているんです」

(嘘じゃないよね)

 じっと見つめると、院長は穏やかに笑む。

「そうですか。――パース……パーシー様は、マルキーに統合されたリビドムの知事を行ってる方なのです」

(へぇ)

 年のころは有希と同じくらいなのに、そんなに偉い地位なのかと驚く。

(でも、パティもケーレの知事って言ってたっけ)

 あの水色の長い髪と、何もかもを透かしそうな水色の瞳を思い出す。

「やはり戦争の傷痕というものは、根強く残り、はじめは皆、パーシー様を快く思わなかったのです」

「それは、そうでしょうね……」

 日本だって、終戦から何十年たっても、未だ確執の残っているところが沢山ある。

「それでも、パーシー様はリビドムの民を憐れんで下さり、沢山の施しをしてくださいました。この孤児院もそうです。食料も衣類もなにもないこの孤児院に援助してくださったのは、パーシー様なのです」

「そう、なんですか」

 あまりにも意外すぎて、言葉に詰まる。

「勿論、パーシー様をよく思わない者もおりました。……というか、皆がパーシー様を憎んでいました。平和だったリビドムを侵略しておいて、今度は施しを与える。これ以上リビドムの民を侮辱するのか、と」

 苦いものを噛み潰すかのように、院長は続ける。

「けれども、どれだけ罵倒されても、あのように姿をお見せになり、そのたびに食料や衣類を分けてくださった。すまないと何度も頭を下げられて――」

(そうなんだ)

 想像もなにも出来ない。院長の声は少し震えている。

「考えてみれば、リビドムが戦争で敗れた際、パーシー様はまだ七つにもなっていなかったんですよ。それなのに、何度も、何度も――いつのまにか、私共はパーシー様を受け入れるようになりました。私共だけではありません。リビドムの民は皆、もうパーシー様を支持しているのです。ですからどうか、パーシー様を厭うのは……」

 やめてくれ。と目が訴えかけている。

「はい……」

 なんとか返事はしたが、正直、混乱している。有希に何度も死ねと言った彼が、リビドムを助けている。

「それはよかった。では、私も失礼します」

 そう言うと、院長は会釈をして出てゆく。

 ぽつんと取り残された有希は、その場に立ち尽くしてしまった。

「…………なんで?」

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