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紫の瞳  作者: yohna
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 十日熱は、ニ、三日の潜伏期間を経て、発症する。

 最初は高熱が出て、それがしばらく続くと発疹する。

 十日熱に掛かって治る人は大体、発疹する前に熱が引くという。

 発疹して、それから治る人は殆どいないという。

 ヴィーゴからそう聞かされたが、それでも希望は捨てられないでいた。


――チルカが発疹して、三日が経った。

 チルカが発疹したということは、風邪ではなく十日熱だということが確信付けられた。

 子供達はチルカの居る部屋に立ち寄る事すら出来なくなってしまった。

 孤児院の最年長で、皆のまとめ役だったチルカが居なくなった事で、皆不安そうにしていた。

 どれだけ有希やセレナが子供達と遊んでいても、最初に会った日のような笑顔は、見られなかった。

 ヴィーゴはチルカの傍にずっと居るから、子供達と関わってしまったら感染させてしまうかもしれないからということで、ヴィーゴにも会っていない。食事や雑務は全てセレナがやってくれた。

「なんか申し訳ないわ。本当はもっと早くココを出るつもりだったんだけど」

 洗濯物を畳みながらセレナがぽそりと言う。子供達は遊びつかれて昼寝をしていた。

 有希は首を振る。

「ううん。早くアドルンドに行かなきゃって思うんだけど……たぶん、あたしは何も出来ないから」

(今も、こんなにも何も出来ていない)

「それに、こうやって普通の生活っていうのも勉強になるし!」

 有希の知らないこの世界の歴史、常識、秩序。そのどれもが新鮮で、そのたびに自分の無知を呪いたくなる。

(でも、無知は言い訳にならない。だから、知ろうとしなきゃ)

 セレナはぽかんと有希を見つめる。

「なんか、今まで普通の生活してなかったー。みたいな口ぶりね」

「え? あ、えぇっと、あたし、ずっと外国に居たの」

「え、海の向こうから!?」

 こくんと頷くと、セレナが感歎の声をあげる。

「時々流れ着く人が居るって聞くけど、ユーキちゃんもそうなのねぇ」

「そうなの。それで、流れ着いた時にお世話になった人が今アドルンドに居るの」

(嘘は、言ってないよね)

「なぁんだ。てっきり別れ別れになった愛する人に会いに行くのかと思ったのにぃ」

 拗ねたように唇を尖らせる仕草が可愛らしい。ふふっと笑って、次の洗濯物を取る。

「愛する人、かぁ。向こうはあたしの事どう思ってんだか」

 セレナの目がキラリと光ったような気がした。

「なになになに? その人ってやっぱり男なの?」

 詰め寄るようにもぞもぞとセレナが近寄ってくる。畳んだ洗濯物が倒れそうになって、慌てて手で押さえる。

「やっぱりって……まぁ、そうだけど」

「きゃー! で、どんな人なの?」

「ど、どんなって……そ、それよりセレナはどうなの?」

「私のことはどうでもいいのよ」

「っそれずるい!」

 ばれたか、とぺろっと舌を突き出す。

「じゃぁ、ユーキちゃんが話すなら、私も話すわぁ」

 そう言って、セレナは淡々と洗濯物を畳む。

 決して有希を強制させない物言いをするセレナに、思わず微笑む。

(大人だなぁ)

 可愛らしい発言をするけれども、決して有希の中にずけずけと踏み込んでくる事はしない。その気遣いが、どこか嬉しい。

(あたしが話すなら……)

「特に、話すことなんてないよ」

 セレナの視線がちらりと有希を捕らえる。それに気付いて、微笑みかける。

「たまたまあたしが落ちた所に居て、気まぐれに保護してくれて」

(気まぐれに契約までして)

 右手中指を撫ぜる。

「どこか行くっていうと連れてってくれたり、あたしが付いて行くってワガママ言って迷惑かけたり。それで逆上しちゃって飛び出して、離れ離れになって……ホント、それだけ」

(言葉に出すと、薄っぺらい関係だなぁ)

「沢山迷惑かけたの。探しにきてくれた人も居たのに、やっぱりはぐれちゃって。あたし、本当に何も知らなくて、ただ与えられるままになってて、甘えて、それなのにワガママばっかり言ってた」

(もし次会ったとき、契約破棄。とか言われちゃったらどうしようかな)

 思わず自嘲の笑みがこぼれる。右手を掴む手に力が入る。

「それで、謝りに行くの?」

「……うん」

「そう。ならいいじゃない! 謝るのって勇気いるもんねぇ。許してもらえないんじゃないかとか、酷いこと言われるんじゃないかとか。考えただけで怖いわぁ」

 ぶるぶると震えて見せるセレナに、思わず笑みが浮かぶ。

「ユーキちゃんはいい子ね」

「そうかなぁ」

(今散々ワガママ言い放題だったって言ったばっかりなのに)

 セレナが何を考えているのかわからないと見ると、エヘヘと苦笑するセレナが居る。

「私は強情っぱりだからなかなか謝るっていう事できないのよねー」

 ヴィーゴにも謝った事なんてないわ。ときっぱりという様がすがすがしい。

「そういえば、セレナとヴィーゴさんってどんな関係なの?」

 二人と一緒に行動しているとき、もし恋人同士だったら邪魔かもしれないと心配したのだが、そういう空気を今のところ一切見ていない。もし有希に気を遣っているのなら申し訳ないと思った。

 セレナはあっけらかんと言った。

「私とヴィーゴ? そうねぇ、言うなればキョウダイかしら」

「え!?」

 目の前のセレナを凝視する。薄紫の髪にオレンジ色の瞳。全体的に色素が薄く、儚げに見えるセレナと、粗野という言葉がとても似合う、あの無精ひげの男が。

「え、えーと、どっちが上なの?」

 有希の考えている事がわかったのか、ぎょっとしたようなセレナが言う。

「ちょっと嫌だ、どんな想像してるの? 実の兄妹じゃないわよ。義兄妹ってヤツ! 私の旦那がヴィーゴの弟なのよ」

「え?」

 旦那。その言葉に有希は面食らう。

「セレナって結婚してるの!?」

 思ったより大きくなってしまった声にはっとして、口に両手を当てる。

 辺りを確認したが、子供達が起きる気配は無い。ほっとして手を外す。

 セレナはにやにやと笑っている。

「まぁねん。前は旦那の騎士だったのよ私。地元じゃ有名な夫婦だったんだから」

 男女逆転のね。と付け加えて笑う。有希もつられて笑う。

「へぇ~、そうなんだ。――でも、じゃぁどうしてヴィーゴさんと契約したの?」

 どういういきさつで、旦那ではなく、旦那の兄と契約し直したのだろう。

 よくわからないと首を傾げると、逆にセレナが首をかしげた。

 お互いに良くわからないという顔をしていると、突然セレナが何かを察したように言った。

「あぁそうか、ユーキちゃん外国から来たんだもんね、知らなくて当然かぁ」

「何が?」

「旦那ね、死んだのよ。それで遺言が『兄をよろしく』っていうもんだったから、あの放蕩者の兄を守ってるっていう訳」

(死ん……)

 また地雷を踏んでしまったかと悲壮な顔になると、慌てて気にしないでとフォローが入った。

「まぁ元々私とも仲良かったから、まぁこれから一生付き合うことになってもいいかなーって思ってねぇ」

(……一生?)

 一生付き合う。それはヴィーゴとだろうか。

「一生って、どうして?」

「あら、だって契約したら騎士か主人が死ぬまで契約は放棄できないもの」

(死ぬまで、契約を放棄できない?)

「ユーキちゃんは知らないかもしれないけどね、ここじゃ男女の契約はプロポーズみたいなモンなのよ。――あぁ、稀に兄弟で契約している人とかも居るけど」

「プロ……ポーズ?」

「そう。だから騎士が女の子を主人にするっていうのはそう言う意味なのよ。乙女の憧れよ! 目の前で騎士が跪いて一生守るって誓約するの」

 中指を撫ぜていた手がかちんと固まる。

「……まぁ私も、お陰でよくヴィーゴとは夫婦だって勘違いされるのよねぇ。だから自由に恋愛もできないの。ほんっと、あのヒゲ男が憎たらしいわぁ」

(乙女の、憧れ)

 あのだだっ広い広間で、沢山の軍人と、オルガの前で跪いたルカ。

 契約したという事に、アインは酷く怒って、ナゼットもティータも、酷く驚いていた。

 それがどういうことかわかっているかと問うたオルガ。

 契約した人が、国の王子だったからみんな驚いているのだと思っていた。それと有希が異邦人であること。

 なにか不備があれば契約を破棄するのだろうと思っていた。

 なのに。

「……軽はずみでしたこと」

 あの恐ろしく綺麗な男は、間違いなくそう言った。

 星が降ってきそうな程に綺麗な夜空だった。

(一生ものの契約を、軽はずみで……)

 プロポーズ。乙女の憧れ。どちらかが死なないと契約は終わらない。

 そんな言葉が頭をぐるぐると駆け巡る。

 今なら、にやにやと笑っていたヴィヴィの笑顔の意味がわかるかもしれない。

「……ユーキちゃん? どうしたの?」

 ぼっと顔が赤くなるのがわかる。

「なに? どういう意味? 軽はずみでしたけど後悔はしてないってどういうこと? え、なに? そういうことなの? そういうことって何?」

 あわあわと混乱してしまう。躍動した鼓動は止まる事を知らず、有希の顔を真っ赤に染める。

「もしかしてユーキちゃん、騎士と契約してるの?」

(契約)

 イコール、プロポーズ。その言葉が有希を支配する。

「うわぁあぁっ」

 恥ずかしさに、洗濯物の山に顔を埋める。

 一生に一回あるかないかのプロポーズ。いつか大人になって、好きな人が出来て、恋をして、そしていつか。どきどきしながら迎えるものだと思っていた。

 なのに、知らないうちにされていた。しかも、周りの皆は知っていて、有希だけその意味を知らなかった。

(どうして皆、教えてくれなかったの!)

「~~っバカルカ! バカルカ! ルカのバカァ! そういう大事なことは、もっとちゃんと説明してよぉおお!」

 どれだけ罵っても、なかなか平静は取り戻せない。

 もう一度叫ぶと、その声に子供達が目を覚ましてしまった。

 起きた子供達は、真っ赤になった有希と「超可愛い」と叫んで有希を抱きしめているセレナを見て、きょとんとしていた。

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