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紫の瞳  作者: yohna
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 気が付くと、有希はセレナと同じベッドで眠っていた。

 二人で暮らすのに丁度いい大きさの家に、五人も寝泊りしている為に、寝床がないからだ。

(また早く目が覚めちゃったなぁ)

 朝日が少しだけ出ているのだろう。まだ暗い中、窓の下辺りが白んでいる。

 もぞもぞと動いて、ベッドから出る。

 大きなあくびを一つして、リフェノーティスの部屋を出る。

 暗い扉を開けると、居間とは反対の戸口がうっすらと明るい――リフェノーティスの小部屋だ。

「リフェ、起きてる?」

 ノックをすると返事が返って来る。扉を開けると、むわっと草の匂いがたちこめる。

 そこでリフェノーティスは、例の十日熱の薬を作っていた。

「リフェ!?」

「あぁユーキ、おはよう」

 作業をしながらちらりと視線が有希に来る。リフェノーティスの綺麗な顔に、隈がしっかり出来ている。

「何やってるの……?」

 見ればわかる事だ。薬を作っている。それでも、聞かずにはいられない。

「ホラ、セレナが今日出発するって言ってたじゃない? 少しでも多く作っておこうと思って」

 有希の親指の爪ほどの大きさの薬が、有希が手伝っていた時の数倍の量になっている。

(すごい……)

「これ、どうやって飲むの?」

「水かお湯で戻して、それを飲むの。デロデロになるから見た目が結構えぐいんだけど、まぁ治ればえぐいも何もないわよね」

 リフェノーティスが指先で丸い薬をもてあそぶ。深緑と青緑が混ざったような薬が、水に戻された姿を想像するだけで口がすっぱくなった。

「これってさ、とっても凄い発見なんじゃないのかなぁ」

 昔この世界の人口の過半数を減らした病の特効薬を作った。それは、もしかしなくてもとてもとても凄いことなのではないだろうか。

「どうかしら。これで致死率が下がったらまずは成功でしょうね。でも、必ず治るっていうわけじゃないから変に期待は持たせられないわ」

「? どうして?」

「飲めば必ず治るってものじゃないもの。たとえ薬を売って、患者さんが治らずに亡くなっても責任は持てないわ」

「そっか……」

(薬一つ作るのにも、大変なんだなぁ)

「それに、十日熱の薬はもう何十年も前から研究されているわ」

「そうなの?」

「えぇ。それに更に別の物を加えたのがコレよ」

 有希は手伝いで材料を見たが、色々な緑が混ざったこの薬を、疑わずにはいられないだろう。

「そういえば、ヴィーゴさんが持ってきたものも加えたんだよね。どんな薬草だったの?」

「ん?」

 リフェノーティスはニッコリ笑って、どこかから紫色の鉱石を取り出した。

「これよ」

(い、いし?)

「びっくりした? 私も驚いたわ。ヴィーゴの考える事はやっぱり吹っ飛んでるわねぇ」

(ほ、ほら、地球の医学も、確かカビとかから発見したとか言うしね……)

 きらきらした紫色の鉱石を眺めて頷いた。


 そらからしばらくして、皆が起きてエストの作った朝食を食べ、荷物を詰めて出立の準備をした。

 有希はヴィヴィから渡された麻袋に、エストのお下がりの着替え数着と、十日熱の薬、そして乾物とドライフルーツを入れた。

 エストがあれもこれもと用意してくれて、有希は少しほっとした。

 日も昇り、あまり遅い時間になってはいけないということで、昼食を食べてすぐに出立となった。

 ヴィーゴは「またやられた」と二日酔いで辛そうだったが、やけに明るいセレナに急き立てられて、すごすごと馬に乗った。

 有希もセレナに呼ばれ、荷物を肩に掛ける。

 リフェノーティスとエストがそれを見守っている。有希は肩から麻袋をかけなおして、頭を下げる。

「数日間、本当にお世話になりました。右も左もわかんないあたしに良くしてくれて、本当にありがとう」

 ニッコリと笑うと、リフェノーティスは笑み返し、エストがぷいとそっぽを向く。エストのそれが照れ隠しだとわかってしまうほど、仲良くなれたと思う。

「リフェも。沢山話をしてくれてありがとう。お陰でやりたいことがわかった気がする」

「そう? なら良かったわ」

 あぁそうだ。そう言って、リフェノーティスは後ろ手から黒い麻袋を差し出す。

「餞別」

「え、ありがとう。見てもいい?」

 頷くリフェノーティスを見て、細身の麻袋を開ける。

「――え」

 そこには、弓と矢。そして皮手袋が入っていた。

「どうして……?」

「手を握ったときにね、指の皮が厚かったから」

 その笑顔は、雨の中で会った時と何も変わらない。

(……リフェは面の皮が厚いと思う)

「ユーキ。私たちと彼等はまぁ、一応信頼が置けると思うわ」

 そう前置きをして、有希の目線に屈む。

「そんな私が言うと説得力ないかもしれないけど、あんまり初対面の人を信じない方がいいわ。ユーキは無防備すぎるわ」

 これから危険な所に行くんだから。そう告げられる。

(それは、そうかもしれないけど)

 自分が今までどれだけ出会う人に恵まれてきたか。いろんなものを見て、沢山知った。

「リフェの言う事は正しいと思う」

 そう、リフェノーティスの言うことはいつでも正しかった。

(でも)

「あたしみたいなちょっと変わってる人間は、先に人を疑っちゃいけないの。信じてあげなきゃいけないの。だってあたしから先に疑ってかかったら、相手はあたしのことをもっと疑っちゃう。信じてもらえなくなっちゃうよ。――『自分が信じるから、相手は自分を信じてくれる』」

 セレナが有希を呼ぶ声が聞こえる。

「それが、パ……お父さんの教育方針なの! あたしはどんな人でも、信じる事をやめないよ」

 言ってて恥ずかしくなって笑ってごまかす。どうにか話を逸らそうと考えていると、水晶に映った人影を思い出した。

「そ、そういえば、前リフェの水晶でチラッとみた人、お父さんに似てるかも」

 笑いかけると、リフェノーティスの目がどこか真剣だった。

「その……お父さんは今、どこにいるの?」

「え」

 心に、あの日が蘇る。憎らしいほどに晴れ渡った空。くるりと反転した世界。

「……遠いとこ」

 セレナの声が響く。

「ユーキちゃん! 行くわよ!」

「あ、はぁい! じゃぁ、行くね。弓と矢、ありがとう!」

 手を振って、小走りに駆けて行く。

「ユーキ!」

 振り返る。そこには、新しい義足をつけたリフェノーティスが跪いている。

「……どうか、健やかに……」

「うん、ありがとう!」

 大きく頷いて、再び手を振る。

 そして、セレナの長い腕にしがみついて乗馬した。

 馬は手綱を引かれて、くるりと反転する。

 有希は振り替えずに、しっかりと前を見据えた。

「まずはここから一番近い場所にある孤児院に行くわ」

「わかった」

「舌を噛むから、喋らないようにね」

 こくりと頷くと、セレナが馬の腹を蹴った。


 あの少女と君主が似ていると、数度思った。

 こんなにも天真爛漫な人間が、あの人以外にも居たのかという驚きと、あの人だけでもかまわないのにという虚脱と、そして、懐かしい温かな気持ちがあった。

『自分が信じるから、相手は自分を信じてくれる』

 常に自身に言い含めて、誰にでも献身的に尽くしていた君主。感謝されることよりも、唆される事の方が圧倒的に多かったのに、それでも家臣を、民を信じ続けた。

――そんな人だからこそ、全力で守りたいと思った。

「カーン様……」

 守ることの出来なかった、たからもの。

『……遠いとこ』

 きっと彼女の言う場所に、リフェノーティスは行けないのだろう。否、行こうと思えば行ける場所だが、会えるとは限らない。

「――それ、リフェの探してる人?」

 はっと我に返ると、どのくらい立ち尽くしていたのだろうか。蹴爪の音すら聞こえなくなっていた。

(ずっと、そこにいたの?)

 口を開いても、何と声を掛けていいのかわからない。

 エストは、ずっと彼を嫌っていた。見たこともない彼を。自分がずっと探していることを心配して。

(心配……)

 灰色の目が、まるで反応を見るかのようにじっと見つめている。

(心配、してくれてるの?)

 困惑していると、わざとらしいほどの溜息が聞こえた。

「もぉいいよ。別にソイツの事探してるのを怒ってるんじゃないから。む、むしろ今まで手伝わなくて悪かったな。今度からオレも一緒に手伝うよ」

 きゅうっと心臓が痛む。わかっていた君主の喪失よりも、小さかった少年が大きくなっていること、あまつさえ心配してくれていることが、沁みるほどに痛い。

(こんなに、長い間)

 いつから気付いていたのだろう。いつからこうやって、見守っていてくれていたのだろう。あの小さな体で。

 そうしようと思う前に、体が動く。

「で? ソイツの名前、なんていうんだ?」

 両手がエストの肩に回る。自分よりもふた周りも小さなその体を抱きしめる。

「え、あ、リフェ……?」

「もういいの」

「もういって」

「いいの。――あの人は、もう居ないから」

 そんなの、もうずっとずっと前から知っていた。

 ただ認めるのが嫌だと意固地になっていた。

 それがどれだけこの子を苦しめたのだろう。

(ごめんね、ありがとう)

 力を入れたら折れてしまいそうで、それでも、リフェノーティスを必死に支えようとしてくれた。いつもいつも傍らに居てくれた。

(あの人は、もういない。でも、私にはこの子がいる)

 今度こそ、全力で守らなければならないと、思った。

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