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客人二人がリフェノーティスの家にやってくると、ヴィーゴは奥にあるリフェノーティスの部屋へ行き、セレナは長旅だったということで湯を使った。
その間にエストと有希は夕食を作り、あっと言う間に晩餐の時間になった。
リフェノーティスは初対面の有希の為に二人を紹介してくれた。
ヴィーゴ・コロとセレナ・ビューテント。二人はリフェノーティスと同じくリビドムに仕えていたらしい。
セレナは黒の騎士で、ヴィーゴと契約しているらしい。右手には黒い指輪がはまっていた。
(あぁ、色号と同じ色の指輪なんだ……)
有希の指輪は紫で、ティータ達の指輪は茶色だったと思い返すと、心臓の辺りがきゅっと痛んだ。
「それで、早速なんだけどユーキを連れてってくれるわよね?」
五人で小さなテーブルを囲みながら食事を終え、エストが食後のお茶を入れているとリフェノーティスが言った。
食事をしながら、かいつまんで有希の話も済んでいた。
「んなこと言っても、どうせ連れて行かせるんだろ?」
そう言ってヴィーゴはコップをあおる。一人だけ酒を飲んでいるので、吐き出した息に酒気が混ざる。
「まぁね」
そう言って笑うリフェノーティスはどこか砕けていて、あぁ、仲良しなんだなぁと見ていて思う。
「私は大賛成よ! 愛する人の為に危険を顧みずに行くだなんて、どうしようもなく無謀だけど良い話じゃない」
(愛する人って言うわけじゃないんだけど……しかもさらっと無謀って)
セレナの左手はずっと有希の頭の上に乗せられている。常に有希の頭を撫で続けている。
「セレナ、あなたほんっとうに人の話聞かないわね」
「あら、私ちゃんと聞いてたけど?」
リフェノーティスが溜息をつく。タイミング良くエストがリフェノーティスの前に紅茶を置く。湯気と共に馨しい匂いが立ち込める。
「とにかく、私は賛成。ヴィーゴは?」
セレナに睨まれたヴィーゴは、のんびりと酒を飲んで、有希を見た。
「俺達は今から、リビドムを回って薬を配る。だから遠回りをすることになる」
「うん、わかってる」
間髪入れずに返事をする有希に、ヴィーゴの片眉が上がる。
「いい返事だ。――だがな、わかってるか? それは十日熱の蔓延しているところに行くって事だ」
(十日熱……そうだよね。リフェが薬作ってたもん。それを配るのが、この人たちの目的だもんね)
「それも、わかってる」
きゅっと唇を結ぶ。
「わかってねぇな。お前さんが十日熱に掛かるかもしれねぇっつってんだ」
(あ、そうか)
死に至るかも知れない病が蔓延しているところに、のこのこと赴く。そういうことだ。
「セレナは騎士だから掛からん。まぁ掛かってもそんなにたいした事じゃない。ちなみに俺は昔掛かって生還したタチだ。二度と掛からん。だから俺たちはそういう死地に向かう事ができる。――お前さん、十日熱に掛かった事は?」
(おたふくと水疱瘡と麻疹は……って、関係ないか)
「……ない」
はぁ、とため息が聞こえる。同時に酒のにおいがぷんと鼻につく。
「ない。……けど!」
皆の視線が有希に集まる。
「死ぬ気もない! だからついて行きます!」
思い切り机を叩くと、紅茶を置こうとしてくれていたエストがびくっと反応する。
「あ、ごめん」
「あぁいや。まぁ……飲めよ」
こくんと頷いて紅茶に手を伸ばす。その手はカップを掴む前に、セレナの腕にからめとられる。
気が付けば、有希は隣に座っていたセレナの膝の上に居た。そしてまたぎゅうぎゅうと抱かれている。
「あぁもう、なんて短気で健気なの! 可愛い! 可愛いわヴィーゴ!」
(短気って、褒めてる?)
背中に当たるやわらかい感触と、ふわりと香るいい匂いが心地良い。そういえば、両親も有希を抱きしめる癖があったなぁと思うと、抱擁が久しぶりで懐かしい。
「こまっしゃくれたガキだなぁ……リフェノーティス。また変なの拾ったなぁ」
「あら、ユーキはいい子よ? 気は利くし、よく手伝ってくれるし。整頓がとっても上手だったわ」
「そりゃお前がド下手なだけだろ」
「あら、違うわよ。みんなが上手なだ・け」
「そうかよ」
そう言って、コップの酒を全て飲み干す。
「おうマセガキ。お前の度胸に免じて、連れてってやっても良い」
「ほんと?」
その言葉を発したのは、有希ではなくセレナだった。
「やったわね、ユーキちゃん。リフェノーティスに感謝しなきゃね!」
「え、え?」
(何でリフェ?)
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕に、もごもごと反抗して身体を反転させる。すると今度は背中から羽交い絞めにされたが、リフェノーティスの顔が見えた。
「だって、ヴィーゴったら最初っから反対してたもの。あなたにもそうだったんでしょ? リフェノーティス」
「そうなの!?」
驚いてヴィーゴを見ると、机に突っ伏して寝ていた。盛大ないびきをかいている。
リフェノーティスは何も言わずにただ微笑んでいる。
「ユーキちゃんも、よっぽどリフェノーティスに気に入られたのねぇ」
まぁ、私も気に入っちゃったけどね。そう言ってまたぎゅうっと抱きしめられる。
「ぎゃっ」
腕が喉に掛かって首が絞まる。あぁごめんなさいとセレナが腕を緩める。
「……リフェ、大丈夫だって言ってなかった?」
話が違う。と口を尖らせて言うと、リフェノーティスはあら。と笑った。
「大丈夫だったじゃない」
「でも、ヴィーゴさんは反対してたって……」
「でも賛成したわよ」
それはここに居るみんなが証人よ。と、微笑んでいる。
(そりゃぁ、結果的にはそうなったのかもしれないけど……)
もし上手くいかなかったらどうしていたんだろう。
「ヴィーゴがお酒に弱いからいけないのよ。付け込まれるっていうことを考えもしないんだから」
「え?」
(それは……)
背中で「あぁ、こわっ」という呟きが聞こえた。
「元々、酔いに任せてゴリ押しするつもりだったの……?」
返事はなく、ただニッコリと美しい笑みだけだった。
「そもそも、私に歯向かおうっていうのが気に食わないのよ」
そう言って、リフェノーティスは紅茶を飲み干した。
(…………これが大人っていうことなのかなぁ)
どこまで計算し尽くされているのか。考えるだけで感歎の息が出る。
「あぁ、だからリフェノーティスは敵にまわしたくないのよ! エスト! エストはこんな大人になっちゃダメだからね! あぁ、ユーキちゃんもこんな狡賢い大人になっちゃイヤッ」
また力一杯抱きしめられる。
(う、で、出る)
「せ、セレナさんっ」
「そんな他人行儀な呼び方イヤッセレナって呼んで!」
更に腕に力がこもる。
「せ、せせれなぁああの、腕、うで。ごはん出る……」
「リフェ、紅茶も一杯飲むか?」
「お願い。――セレナ、あなた年甲斐もなく可愛い子ぶるのやめたら」
「あなたがその口調直したら考えるわぁ~」
「せ、せれな……」
そして聞こえるのはヴィーゴのいびき。
そうして、夜は更けていった。