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紫の瞳  作者: yohna
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 有希が思っているよりも自分自身が子供で、リフェノーティスは大人なんだということを思い知った。

 それは、ものの考え方、見方もそうだが、狡さや狡猾さも言える。

「でも、その人たち、あたしが一緒に行っても良いって言うかなぁ」

 と、昼食時にぼやいた時だった。

「実はもう、先方には話を通してあるのよね。本人に会って決めるって言われたけど、まぁユーキなら大丈夫よ」

 リフェノーティスはにっこりと笑う。何を考えているのだろう。心の中が全く持ってわからない。

「え、何が?」

 すっかり機嫌が直ったのか、エストは上機嫌だ。

「ヴィーゴ達よ」

「え、何? お前アイツらと一緒に行くんだ?」

 聞きなれない名前に戸惑うが、きっとリフェノーティスの言う人たちなんだろうと頷く。

「へぇ……。会って決める、ねぇ」

「エストも思うでしょ? 大丈夫だって」

「あぁ……猫っ可愛がられそうだ」

 どこか嬉しそうにリフェノーティスはニコニコと笑っている。

「で、いつ来るんだ?」

「三日以内には着くって昨晩言ってたわよ」

「じゃぁ、明後日くらいか」

(昨晩……?)

 ふと、違和感を感じる。

 リフェノーティスが有希に一緒に行くように言ったのは、今朝だ。

(っていうことはもしかして)

「ねぇリフェ、もしかして判ってたの?」

 リフェノーティスはやわらかで綺麗な笑みを浮かべ。

「何が?」

 と、有無を言わさぬように笑った。

(ヴィヴィといい、リフェといい。本当に何考えてるかわかんないわ。恐るべし……魔女と息子)

 昼食は、野菜たっぷりのふわふわのオムレツとパンだった。


 有希はそれから、二人。――ヴィーゴとセレナという二人が来るまで、エストの手伝いやリフェノーティスの手伝いをしながら過ごした。

 エストは毎日昼過ぎになると、剣を持ってどこかへ行ってしまった。リフェノーティスに聞くと「エストは騎士になりたいみたいよ?」と、くすぐったそうに答えた。

 なんの為に。口を開きかけてやめた。リフェノーティスの足がちらりと視界に入ったからだ。エストがもし誰かの騎士になりたいと思うなら、その人を尋ねるだなんて愚問だと思った。

 リフェノーティスは気ままな生活をしていた。読書をしたり、薬を調合したり。時には火気を使うからと台所に立ち入って、台所をごちゃごちゃにしてエストに怒られていた。

「この近くにね、まぁ近くって言ってもそんなに近くないんだけど。――とにかくそこに孤児院があって、よくそこには薬を渡してるのよ」

 そう言って、リフェノーティスは大量の薬を作っていた。

 有希が見ている限り、リフェノーティスはずっと同じ薬を作り続けていた。

 その日は二人が来るだろうと言われていた三日目で、昼を過ぎても彼らがやってくる気配はなかった。

 エストは稽古から戻り、外で薪を割っている。

 有希は薬を作っているリフェノーティスの手伝いをしていた。

「……ずーっとおんなじ薬作ってるけど、これは何の薬?」

「十日熱のよ」

「え?」

(十日熱!? でも確か)

「十日熱には対処のしようがないって……」

 それは、目の前に居るリフェノーティスが言っていたことだ。

「えぇ。でもヴィーゴが、これから来る医者が薬を作るのに成功したみたいなのよ。まぁ、特効薬っていう訳じゃないけど、死亡する確率は減らせるみたい」

 さらりとリフェノーティスは言ってのける。けれどもそれは。

(凄く、すごいことなんじゃないの……?)

「これに更に必要なものがあって、それをヴィーゴが持ってきてくれるの。それまでにできるだけ作っておこうと思って」

「その、ヴィーゴさんて、どんな人なの? リフェとどんな関係なの?」

「ヴィーゴは医者であり研究者ね。昔リビドムに居た頃の知り合いよ。今はセレナと一緒に世界中放浪しながら薬になりそうなものを探してるわ」

「へぇー。それで、十日熱の薬も研究したんだ。凄いね!

「そうみたいねぇ。まぁ、お仕事が貰えればそれでいいんだけど」

「……ぇ?」

(仕事が貰えれば?)

 思わず手が止まる。リフェノーティスを見ると、調合されたものを飲みやすいようにと丸めている。有希の視線に気付いたようで顔を上げると、微笑みを浮かべる。美しい微笑みを。

「ホラ、生活できなくなっちゃうじゃない?」

「あぁ、そっか、そうだよね」

(生活するためには、ちゃんとお仕事しないといけないもんね)

 どこか違和感は消えないままだったが、また作業に戻る。

 覚えた違和感は有希をぎこちなくさせ、すこしだけ居心地悪く感じた。


 夕方になると、有希は外に出て洗濯物を取り込む。

 この三日間で有希の仕事になりつつある。

 棒を引っ掛けて、物干し竿を外す。そして掛けてある洗濯物を回収する。

 日光を浴びてほのかに暖かくなった洗濯物の匂いがとても好きで、思わず顔がゆるむ。

 後方では、鍛錬から戻ってきたエストが薪を割っている。時折綺麗に割れる小気味良い音が聞こえると、何故か有希まで嬉しくなる。

 洗濯カゴに次々に乾いた物を放り込む。手際よくできたときの達成感はちょっと誇らしいものがある。

 木々の間から漏れる茜色の西日を追うように東の空は藍色だ。

 突然、ふわりと強い風が吹いた。びゅうっとかすめた風は、カゴに放った白いシャツを巻き上げる。

「あ!」

 舞い上がったシャツを仰ぎ見る。ひらひらと風に攫われて飛んでいる。

 気が付いた時には追いかけていて、手に持っていた物干し竿が落ちる音が聞こえた。

(早く、取らないと)

 蝶のように不安定にひらひらと舞うシャツは、空の色に紛れて紫色になっていた。

 突然、追いかけていたシャツに誰かの手が寄る。寄ったと思ったらその手はシャツを掴んでいた。

 驚いて立ち止まると、そこには二頭の馬が居た。

「……いつからあっこは託児所になったんだ?」

 馬に乗馬しているのは、甲冑を纏った女性と、そしてシャツを掴んでいる男性。もっさりと髭が生えていて、どこか疲れたような顔をしている。

「ユーキ、大丈夫か……っヴィーゴ! セレナ! 遅かったじゃん!」

 振り返ると、エストが走って来ていた。手を大きく振っている。

「おぉ、チビ、でっかくなったなぁ」

 矛盾した物言いだが、どこか楽しそうだ。

(この人達なんだ)

 見上げると、西日を受けて顔が赤くなっている。

 甲冑を纏った女性と目が合う。慌ててお辞儀をすると、にっこりと笑われる。

(挨拶しなきゃ)

「あ、あの! これからお世話になるかもしれません! よろしくお願いします! あ、あと洗濯物も捕まえてくれてありがとうございました」

 いっぺんに言うと、頭を下げる。

 しんと空気が止まる。

(あ、れ?)

 返事も何もない。いぶかしげに顔を上げると、丁度甲冑の女性――セレナが馬から飛び降りて有希の正面に立った。

「!」

 あまりの近さに驚いて一歩後ずさると、セレナの腕が有希に回る。次の瞬間には、物凄い勢いで抱きしめられていた。

「え、え? えぇ?」

「あぁもう、なんて可愛いの!」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕も、胸元も、冷たい甲冑が当たって痛い。おまけに力も強く、肋骨がきしむような気がした。

「あぁ、やっぱりな」

 その声はエストのもので、有希はその言葉の理由を思い出す。

『あぁ……猫っ可愛がられそうだ』

(……こういうこと?)

「ヴィーゴ、この子、連れて行くわよ! 旅の癒しにする! もう毎日毎日同じ顔ばっかり。見飽きたもの!」

「そりゃ悪かったな。――エスト、とりあえず家まであの馬引いてくれ」

「わかった」

「ヴィーゴ、ちゃんと聞いてよ! だってこの子いじらしいじゃない! 見た? さっきの! あぁもう可愛いわ!」

 更に力を込められる。

(あぁ……)

 なんだか大変な人に会ってしまった。

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