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紫の瞳  作者: yohna
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 有希が朝食を食べ終える頃に、リフェノーティスはすっきりとした面持ちで戻ってきた。

 そして大仰に礼を有希に告げると、一緒に来るように言われた。

 言われるままにリフェノーティスの後に付いて歩くと、昨晩訪れた奥の部屋に通される。

 リフェノーティスが有希の分の椅子も出し、そこに腰掛けるように言って、自身も椅子に座る。

 椅子にすわると、リフェノーティスと向かい合うようになった。

「仲直りできたんだね」

 ニッコリと笑うと、極上の笑みが返って来る。

「えぇ、ありがとうねユーキ」

 そう言うと振り返り、台に乗った水晶を台ごと間の机に移動させる。

「さてと。お礼にユーキの人探しでもしましょうか」

 不思議な色合いの水晶だ。まるで水晶の中が液体のようにうねうねと動いている気がする。正確には、その光が。

「……不思議な水晶だね。綺麗」

「ありがとう。母さまからのもらい物なの」

 へぇと息をついて見入る。

「人探しするのに、とても使い勝手がいいの」

 身体を移動させてあらゆる方向から覗き見ると、リフェノーティスが面白そうに笑う。

「ユーキ、手を」

「え?」

 斜め下から天を仰ぐように見ていると、リフェノーティスが左手を差し出している。

「私の手を取って」

 身体を戻して佇まいを直し、右手でリフェノーティスの手の平に手を重ねる。

「目を閉じて」

「うん……」

 ろくろく説明もされずに、言われるままに目を伏せる。

「探し人のこと、思い浮かべて」

 そうねぇ、と、耳に優しい中低音が聞こえる。

 閉じた目は、部屋のどこかの証明の光でちかちかとまぶしい。

「思い浮かべてってアバウトだなぁ。具体的にはどうしたらいい?」

「何でもいいわよ。一緒に過ごした日々を思い返したり、顔を思い浮かべてみたり」

(顔……)

 閉じた目に、恐ろしく綺麗なルカの顔が浮かぶ。

 次いで、一緒に見上げた夜空。馬に乗った時の暖かな背中。頼もしい背中。

 騎士の正装をしている姿が浮かぶ。灰銀色の甲冑を纏って、有希の足元に跪いた。

 泉に入った為にびしょ濡れになった姿。面倒くさそうに、とても不敵に笑う仕草。

 ――あそこから、全てが始まった。

「……もういいわ。目を開けて」

 やわらかなのにどこか従わせる声色に従って目を開く。

「この水晶はね、人の願いを聞いてくれるの」

「願い?」

「そう、願い。限度もあるし、魔女のものだから機嫌が悪いときもあるの」

(機嫌って、人間みたいだなぁ)

「願いだから、直接見ると願望も混ざっちゃって、情報がごちゃごちゃしちゃうのよ。だから、ユーキの願いは私を通してこの水晶に映るの」

「でも、願いでしょ? あたしはルカが居る場所わからないよ」

 リフェノーティスが綺麗な笑みを浮かべ言った。

「あら、私魔術士よ? ユーキは魔術士の能力は知ってる?」

「あ」

 水晶を通して、いろんな人とコンタクトが取れる。

(なんて便利な……)

 ある意味電話よりも便利。むしろ発信機並ではないかと内心で突っ込みを入れる。

 水晶の中には、ルカの姿があった。ふわふわと揺れていて、ルカを知らない人にはきっとルカには見えないだろう。

 不安定に揺れて、ずっと眺めていると酔いそうだと思った。

「ルカート王子は、アドルンド城にいるわね」

 名前を言い当てたリフェノーティスを見ると、ふふ、と意味ありげな笑みを返される。

 リフェノーティスはまた水晶をじっと見ている。

「アドルンド城だろうけど……自室じゃないわね。――牢かしら。暗くて冷たい場所だわ」

(牢。やっぱり幽閉されてるんだ)

「アドルンド城の牢は地下にあるの」

 それは、見ているものではなくリフェノーティスの知識だろう。

(――ルカ)

 水晶の中でゆらゆらと揺れる人影。

 居てもたってもいられなくなって、有希は立ち上がる。

「――行く」

「行ってどうするの」

「わかんないけど、行かなきゃ!」

「正直、ユーキが行ったところでどうにかなると思えないんだけど」

 繋がれた手はほどかれていない。ぎゅっとリフェノーティスが掴んだままだ。

「ユーキはルカート王子とどんな関係なの?」

(どんな?)

「ただ、ユーキが王子を好きなだけ? それとも、恋人なの?」

「違う」

 エストにも聞かれた。家族、恋人。ルカはどっちでもない。

(どっちでもない。どっちでもないけど)

 全てはあの日、あの場所で出会ったことから始まった。

「あたしも、拾われたから」

 リフェノーティスが黙ったまま有希を見上げている。

「右も左もわからない場所で、ルカがあたしを拾って居場所を作ってくれた。ここに居ても良いって言ってくれた。一緒に来いって、言ってくれた! だから今度はあたしが助けたいの。それじゃぁダメ?」

 じんと目頭に熱が篭るのがわかる。

(泣いちゃ、だめ)

 ぶるぶると震えながら泣くのを堪えていると、強い力で手をぐいと引かれる。そのままバランスを崩し、有希はリフェノーティスの胸元に納まっていた。驚きで涙が引っ込んだ。

「嫌な事言わせちゃったわね……。ごめんね、意地悪言って」

 宥めるように、頭を撫でられる。ふわりといい匂いがする。

 ぐずぐずと鼻をすすると、背中をトントンと叩かれる。

「ユーキをいじめようと思って言ったんじゃないの。ただ、ルカート王子はあの美貌でしょ? 公に出ない分、ファンの子達が無茶するのよ」

 だからちょっと試してみたの。至近距離で聞こえるやわらかな声が、とても心地良い。

「でもまさか、ユーキがねぇ……」

 どこか含みのある声が聞こえるが、有希からは顔が見えない。

 ややもすると、どちらからともなく離れる。リフェノーティスは幼子にでも言うように有希の両手を取ると、こう告げる。

「私の知人がね――医者なんだけど。薬草と新しい義足を持って来てくれる手はずなの。彼等はこの後あちこち歩きながらアドルンドまで行くそうなのよ。――ユーキ、彼等と一緒に行ったらどう?」

「え?」

 突然の提案に目をぱちくりとさせてしまう。

「ちょっと遠回りしてしまうかもしれないけど、一人で行くよりも断然良いと思うわ」

(え、それは)

「行っても、いいの?」

「元々私の許可なんて関係ないじゃない。――でも、女の子の一人歩きは関心できないからね」

「っありがとう!」

 嬉しくてぎゅっとリフェノーティスに抱きつくと、これみよがしにため息が聞こえた。

「……信じてくれるのは嬉しいけど、あんまり簡単に人を信用しちゃだめよ?」

 身体を離して、リフェノーティスを見下ろす。困ったようなリフェノーティスが、どこかおかしい。

(それを、リフェが言う?)

 見ず知らずの人間を拾って、家にあげてろくろく事情も聞かずに家人は家を空ける。それも数度。あまりの無用心さに面食らったのは有希の方だ。

(最初っから、疑う余裕すら与えてくれなかったくせに)

 それは、有希の事を最初から信じていたからだとわかる。――そう、信じたい。

 くつくつと笑えてくる。リフェノーティスが気付いていない手前、笑ったら失礼だとも思ったけれども、堪えようと思えば思うほどに笑えてくる。

「いい? 年寄りのぼやきにはちゃんと耳を貸しなさいよ?」

 ますます墓穴を掘るリフェノーティスに、有希は堪えきれずに噴きだした。

 リフェノーティスは複雑そうな顔をしていた。

「なによ、私の顔、そんなに面白い?」


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